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第35回三島由紀夫賞 受賞作予想してみた

 ごきげんよう。あわいゆきです。

 今回は5月16日に発表される三島由紀夫賞の受賞作を予想していきます。

 なお、あくまでも予想です。作品の内容評価とは離れた、外的要因も幾分か踏まえて予想をするのでその点はご理解ください。

 まずは候補作の確認から。

『道化むさぼる揚羽の夢の』金子薫(新潮社刊)
『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直(河出書房新社刊)
『Schoolgirl』九段理江(文藝春秋刊)
「ブロッコリー・レボリューション」岡田利規(「新潮」2022年2月号)
『ミシンと金魚』永井みみ(集英社刊)
新潮社のツイートを引用

以前にした候補作予想の的中率は3/5。劇作家の括りなら岡田利規さんよりも飴屋法水さん、「Schoolgirl」を選ぶなら同月の文學界に掲載されていた鴻池さんを抜擢するんじゃないかなーとぼんやり考えていたので、そこは外しています。
とはいえ予想を大きく裏切るものはなく、割と順当な顔ぶれになったな、とは思います。

 今回も簡単にですが一作ずつ紹介をして、受賞作の予想をしていきます。
 なお、作品内容そのものの評価ではなく、「賞を受賞できるか」を観点に書いていくので、ご了承ください。

 作品のネタバレがあるので、未読の方は注意してください。


『道化むさぼる揚羽の夢の』金子薫(新潮社刊)

 広大な地下工場で蛹に拘束され、羽化=自由を夢見る男。異様な労働、模造の蝶、監督官による殴打、地中の街。理不尽な状況から逃れるため、命懸けで道化を演じるが――。不条理な世界で人間に本当に必要なものは何か。そこで人はどう生き延びるのか。注目の新人作家が圧倒的力量で放つ、コロナ禍の現実と響き合う傑作長篇。
https://www.shinchosha.co.jp/book/354171/

 自社枠そのいち。「胡蝶の夢」をモチーフに、地下工場で幽閉されている男が道化を演じることで社会の理不尽さを打破しようとする長編。
 ディストピアものは多く見られる題材ですが、この作品に関してはそこから逃げ出せたはずの男が、再び舞い戻ってくるまでの顛末を丁寧に描いているところに読ませるものがあります。

 自社枠で明らかに三島賞狙いの作品だったので、候補入りは順当なところ。ただ、受賞するかどうかといわれると、作品のインパクトとしては少し弱いような気がします。


『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直(河出書房新社刊)

「ジュリアンは私で、私はジュリアンだった」
作風は優雅にして猥雑、生涯は華麗にしてスキャンダラス。トルーマン・カポーティ、ゴア・ヴィダル、ノーマン・メイラーと並び称された、アメリカ文学史上に燦然と輝く小説家ジュリアン・バトラー。
その生涯は長きにわたって夥しい謎に包まれていた。
しかし、2017年、覆面作家アンソニー・アンダーソンによる回想録『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』が刊行され、遂にその実像が明らかになる――。
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309029832/

 戦後を代表する米文学作家、ジュリアン・バトラーの生涯を近代米文学の歴史とともに綴った回想録の和訳。
 ……という体で語られる、壮大なフィクション。現実の米文学史に「ジュリアン・バトラー」という虚構を混ぜることで文学史の新たな側面を浮かび上がらせて、フィクション(物語)だからこそできる芸当。

 作品の完成度は今回の候補作のなかでも屈指。読売文学賞をすでに受賞していますが、それを差し引いても間違いなく評価はされる作品でしょう。
 後述の『ミシンと金魚』と並んで、受賞候補の筆頭だと思います。

『Schoolgirl』九段理江(文藝春秋刊)

どうして娘っていうのは、こんなにいつでも、お母さんのことを考えてばかりいるんだろう。
社会派YouTuberとしての活動に夢中な14歳の娘は、
私のことを「小説に思考を侵されたかわいそうな女」だと思っている。
そんな娘の最新投稿は、なぜか太宰治の「女生徒」について――?
第126回文學界新人賞受賞作「悪い音楽」を同時収録。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163915081

 芥川賞候補にもなった九段理江さんの二作目。太宰治の「女生徒」を下敷きにして、現代的な母娘を描きながら、「女生徒」で触れられていた少女観のアップデートを施し、100年のあいだで変わったもの・変わらなかったものを見つめなおしていきます。
 作品いちばんの魅力は、現代的な娘と母の、覗いている世界を大小で対比させた人物造形にあるでしょう。古典的な文学少女の在り方を示して、まさに「女生徒」で理想の少女像とされていたような性格の母親は、かつての《若い女の欠点》を微塵も持たない娘の生きざまに翻弄されます。ミクロな視点とマクロな視点で、二人が心を通わせていくさまは胸を打ちます。

 芥川賞では受賞した「ブラックボックス」に次ぐ次点評価。ここでも有力の一角となりそうですが、芥川賞有力筆頭と言われていた「ミシンと金魚」に対抗できるかが鍵のような気がします。


「ブロッコリー・レボリューション」岡田利規(「新潮」2022年2月号)

きみはぼくから逃げ、バンコクへ向かった。嫉妬と解放感がせめぎ合う情念のサスペンス。
https://chelfitsch.net/activity/2022/01/post-33.html

 失踪した恋人が最後に残した言葉、「ブロッコリー・レボリューション」を頼りに、「知ることは決してない」と反復しながら、恋人の行き先を綴った架空の物語(妄想)をこと細かく組み立てていく、ぼくのお話。

 作中の節々から滲み出ているのは、語り手である「ぼく」の暴力です。恋人に日頃から肉体的な暴力をふるっている節を見せながらも反省するそぶりを見せず、語っていく妄想の内側でも上から目線の高説を垂らしていきます。そもそも恋人の行き先を執拗なまでのディテールでくみ上げていくこと自体に、恋人の意思を無視した押しつけがましさを抱かせる構造になっており、細部まで行き渡った描写のうまさが気持ち悪さに直結する仕組みは、なかなか読ませるものがありました。

 今回は自社枠かつ、雑誌掲載枠での抜擢。岡田さんはすでにいくつもの賞を受賞しているベテランの劇作家で、ここで三島賞を授賞する意義はどこまであるのか……と気になるところではあります。良い作品であることは間違いないのですが、他作品が日の目を浴びてもいいのではないでしょうか。


『ミシンと金魚』永井みみ(集英社刊)

認知症を患うカケイは、「みっちゃん」たちから介護を受けて暮らしてきた。ある時、病院の帰りに「今までの人生をふり返って、しあわせでしたか?」と、みっちゃんの一人から尋ねられ、カケイは来し方を語り始める。
父から殴られ続け、カケイを産んですぐに死んだ母。お女郎だった継母からは毎日毎日薪で殴られた。兄の勧めで所帯を持つも、息子の健一郎が生まれてすぐに亭主は蒸発。カケイと健一郎、亭主の連れ子だったみのるは置き去りに。やがて、生活のために必死にミシンを踏み続けるカケイの腹が、だんだん膨らみだす。
そして、ある夜明け。カケイは便所で女の赤ん坊を産み落とす。その子、みっちゃんと過ごす日々は、しあわせそのものだった。それなのに――。
暴力と愛情、幸福と絶望、諦念と悔悟……絡まりあう記憶の中から語られる、凄絶な「女の一生」。
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-771786-0

 認知症によって現在の記憶が濁り始めている老婆、カケイが過去を回想することで浮かび上がってくる女の一生。

 老婆カケイの語りは支離滅裂で、あらゆることを忘れては思い出し、その曖昧さは物語の輪郭すらも壊しかねないものです。しかしこの作品は構成を緻密に練られており、繰り返す夏からの移ろいや「みっちゃん」の存在、息子の妻が来訪するデイ・サービスに、同じ介護施設にいる人たち。それらを適切なタイミングで読者に提示していくことで物語を綺麗に縫い合わせ、先を読ませるための推進力にしています。合間合間に挟まれる現代の社会問題も違和感なく世界観に溶け込んでいて、問題を提起するのではなく、作品のなかに問題を包括させる姿勢は、物語の強度を確かなものにしていました。

 もともと、前回の芥川賞で受賞最有力と目されながら候補入りを逃していた作品。三島賞で抜擢されるのは至極当然の流れであり、なんの賞も受賞しないまま終わる作品ではないので、受賞候補としても最も近いのではないでしょうか。


予想

 過去10年、三島賞と山本賞は一度も同時受賞がありません。そのため今回も単独受賞が濃厚。

 そして今回の候補作だと、完成度の面で永井みみ『ミシンと金魚』川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』が抜けていました。順当にいけばこの二作のどちらかが受賞するはず。そのためどちらを上に取るか……という問題になってくるのですが、ジュリアン・バトラーはすでに複数の文学賞を受賞しています。何らかの賞は獲るだろう、という意味も込めて、永井みみ『ミシンと金魚』を一押しにします。

 三番手には芥川賞でも三人の選考委員から強く推されていた九段理江『Schoolgirl』を。自社枠の二作品、金子薫『道化むさぼる揚羽の夢の』および岡田利規「ブロッコリー・レボリューション」は少し分が悪いのではないかと予想します。

本命 : 『ミシンと金魚』
対抗 : 『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』
単穴 : 『Schoolgirl』

 というわけで、私の予想はこんな感じ。
 基本的には本命と対抗の一騎打ちだと思いますが……意表をつく結果にも期待したいです。

 三島賞の発表は5月16日。いまから楽しみに待ちましょう。

 それでは、ごきげんよう。

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