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第35回三島由紀夫賞 候補作予想してみた

 ごきげんよう。あわいゆきです。

 今回は四月中旬に発表される、三島由紀夫賞の候補作を予想していきます。
 予想には私の主観と個人的な趣味嗜好が多分に混ざっています。あくまでも一個人の考えということで、なにとぞご理解いただけると幸いです。
 はじめに予想を記し、その後に作品の簡単な紹介をしていきます。

予想

◎永井みみ『ミシンと金魚』(集英社)
○川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(河出書房新社)
○金子薫『道化むさぼる揚羽の夢の』(新潮社)
○高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)
△中西智佐乃「祈りの痕」(『新潮』2021年8月号)
(◎>○>△の順に候補入りの可能性が高いと踏んでいます)

三島賞の位置づけと傾向の確認

 そもそも三島賞をよく知らない方に向けて、まずは簡単な三島賞の紹介から。

 三島由紀夫賞は、新人作家(例外あり)に送られる代表的な文学賞のひとつです。ジャンルは純文学で、主催は新潮社。「芥川賞」「野間文芸新人賞」とならんで純文学の主要三賞のひとつとされます。

 芥川賞との違いは、候補作の選定方式。芥川賞は文芸誌に掲載された短編~中編のみを選考対象としていますが、三島賞はそれにプラスして出版社から刊行されている単行本も対象。作品自体の長さも問いません。期間も前年4月~本年3月と通年なので、選考対象の範囲が非常に広くなっています
 また、芥川賞を受賞している作家はまず候補に入りません。吉川新人賞⇔山本賞と異なり、三島賞を受賞した作家が野間新人賞を獲ることもある(逆もしかり)のは留意。

 三島賞と芥川賞のつながりも深く、この三島賞で候補入りを果たしたあとに芥川賞を受賞するケースも多々あります。特に直近二年はそれが続いているので(昨年は李琴峰「彼岸花が咲く島」、一昨年は高山羽根子「首里の馬」)、次の芥川賞になりそうな作品は今年も要警戒。
 また、主催が新潮社なのもあって、新潮新人賞を受賞して間もない作家を押し出すケースも目立ちます。直近5年だと佐藤厚志「象の皮膚」三国美千子「いかれころ」古川真人『四時過ぎの船』は、新潮新人賞を受賞してから2作品以内に発表されている作品です。

 直近10年間だと、候補に選ばれているのは一貫して五作品。今年も同様に、五作品が選ばれるのではないでしょうか。
 そのあたりを踏まえて、予想を組み立てていきます。


 自社枠、今年はなにが来る?

 先に書いた通り、三島賞の主催は新潮社です。そのため新潮社の作品が必ず一、二作品は候補に入ります。対象になっているのは文芸誌『新潮』に掲載された単行本未収録作、および新潮社から単行本形式で発売されている書籍。今回は各形態からそれぞれ一作品ずつを選びます。


 まずは『新潮』掲載作から……といっても、「確実にこれ!」と呼べる作品はありません。
 ですが、前回の芥川賞で有力候補筆頭だった乗代雄介「皆のあらばしり」(新潮)が今回は候補外なので、乗代さんの影に隠れてしまっていた作品に陽をあててくるのではないでしょうか。その中でも特に、中西智佐乃「祈りの痕」(新潮2021年8月号掲載)は非常にすぐれた作品でした。

「祈りの痕」で描かれているのは工場で働いている二人の女性です。彼女らはお互いに家庭内の問題に苦しんでおり、抜け出そうとしながらも、現実はなかなかうまくいきません。手を取ろうとする姿勢を見せながら、加害側に転じてしまう恐怖ゆえに踏み込めない、女性二人のディス・コミュニケーションがひたすら綴られていきます。また、家庭内暴力の描写が近年の作品でもずば抜けているので、終始読んでいて息苦しくなるでしょう。その語りには読み手まで祈りたくなるような切実さを孕んでおり、そのぶん、歩み寄ろうとするラストには未来に対する微かな希望を感じさせました。
 テーマ自体は昨今の流行ともいえるものですが、描写力の高さで読み手の胸を胸を突き刺して、他作品よりも一歩先の救いを提示した事実は見逃せません。新潮新人賞受賞第一作というのもあり、ここで売り出していく可能性は高いように思います。

 ほかの有力候補としては、三島賞の候補入り経験があって世評も高い飴屋法水「たんぱく質」(新潮2021年8月号掲載)。また、とある音楽家が名前と音楽を喪失していく半生を高い描写力で描いた、小池水音「アンド・ソングス」(新潮2021年12月号掲載)も、中西さんと同じで新潮新人賞受賞第一作。先が楽しみな新人作家さんです。


 一方、単行本からは二作品が有力候補として抜きんでています。金子薫『道化むさぼる揚羽の蝶の』(新潮社)千葉雅也『オーバーヒート』(新潮社)です。

 金子薫『道化むさぼる揚羽の蝶の』(新潮社)は、新潮2021年5月号に一挙掲載されていた長編です。故事成語「胡蝶の夢」をモチーフに、芋虫が蛹、蝶になる過程を社会構造に当て嵌めて、拙い蝶を延々とつくりながら意味もなく搾取される人間を描いたディストピア小説。
 一般的にディストピア小説といえば、隔離された空間でこの作品では語り手の男が幽閉されている世界から脱出したあとの顛末も描かれています。そのため脱・ディストピア小説としても読むことができ、「ディストピアで生きてきた人間が社会に溶け込めるのか?」という社会実験を再現したモデルとしても成立しています。
 そして、それを描く際に重要なのが「自由意志」の有無です。主人公は社会に受ける暴力から逃れるため、道化を演じる策を思いつきました。工場で単純作業に従事せず自由を獲得するために知恵を巡らせ奮闘するのは、人間らしい人間のすがたです。それを評価されて搾取される側から抜け出した主人公は、一見してしあわせのように思えます。しかしそのときすでに、主人公にとっては道化となることそのものが愉悦であり、存在意義と化していました。ここで語られる「自由意志」は不自由(作業に従事する人格)を前提に成立しているものだったのです。

 ディストピア社会を通して、不自由さから自由を語るのではなく、「自由」のなかに不自由さを求めようとする姿勢は目を見張るものがありました。
 金子薫さんは前作の『壺中に天あり獣あり』(講談社)で三島賞の候補にもなっています。自社から発表した本作で、再び候補となる可能性は高いのではないでしょうか。


 もう一作、有力なのは千葉雅也『オーバーヒート』(新潮社)。芥川賞候補にもなった表題作に、川端康成文学賞を受賞した「マジックミラー」を併録。哲学者として大学に務めている男の生活を描いた私小説です。話に大きな起伏はありませんが、哲学的な問答を絡めながら進んでいく男の私生活は読ませるものがあります。また、ミソジニー(と一言で括ってしまうのも安易ですが)に傾いた語りもかなり明け透けに書かれているので、昨今の作品ではまず読めないような刺激も味わえるはずです。
 西村賢太さんが亡くなられたいま、千葉雅也さんこそが現役の私小説家で最前線を担うべき作家さんでしょう。前作の『デッドライン』も野間文芸新人賞を受賞、三島賞候補にもなっていましたし、今作も期待がかかります。

 この二作品はどちらを候補と予想するか悩んだのですが、他社で候補入り→自社から刊行のパターンであり、また長編である都合上、三島賞でしか抜擢できない金子薫さんを上に取りました。もちろん千葉雅也さんが候補入りしても驚かないです。


 次の芥川賞で候補になりそうな作品といえば

 先にも書いた通り、昨年、一昨年と三島賞の候補になった作品がそのまま芥川賞を受賞しています。
 つまり、次回の芥川賞で有力と目されている作品は、ついでに三島賞にも候補入りする可能性が高いです。そのため次の芥川賞で有力候補となりそうな作品も選んでいく必要があるでしょう。

 それを考えたとき、12月~3月に発表された新人作家の小説のなかだと、高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)が頭ひとつ抜けているのは間違いないように思います。

「おいしいごはんが食べられますように」はもともと、群像の2022年1月号に掲載されていました。高瀬隼子さんは昨年『水たまりで息をする』で芥川賞候補にも選ばれており、それから満を期した次作発表。

 この小説は、これまで多くの人が抱いていたであろう違和感を、鋭く言語化しています。周りがなにかを食べながら「おいしい」と揃って口にするときに抱く疎外感や、きちんとしたごはんを食べることをしあわせの象徴とするような空気、おいしいごはんを振る舞う行為に潜むケア精神。それを体現するかのように存在する、周りから愛されている芦原という女性社員に、ちょっとしたいじわるを試みるのが大まかな筋。
 食への関心を強要されるその背景には、男性が健康的な生活を送り、女性が食事を振る舞うパターナリズムの呪縛が潜んでいます。男性と女性 / 弱者と強者のあいだに横たわる違和感をひとつひとつ言葉にしながら、それらを結びつける「食事」の在り方を本質から問いかけなおす意欲作です。

 すでに単行本化もされており、重版もされるなど売れ行きも好調。かなり講談社が推しているので、ここで一度選ばれる可能性は高いです。もし三島賞と芥川賞をスルーされても、野間文芸新人賞を確実に受賞する作品でしょう。

 そのほか、他社からの有力作

 ここからは、そのほかの有力作品を簡単に紹介。
 

 まずは永井みみ『ミシンと金魚』(集英社)。認知症を患っている老婆カケイが一人称で語る、〈女〉の一生。芥川賞の大本命と目されながらも候補入りを逃したすばる文学賞受賞作は、単行本として刊行されてから売り上げは好調。受賞者のことばがSNS上で拡散されたのもあって、4刷目に突入しています。
 どこの賞でも抜擢されないのはさすがにありえないので、今回の三島賞ではまず候補にしてくるはずです。世評が高かったのに芥川賞でスルーされて、三島賞で候補になったデビュー作は宇佐見りん『かか』や藤原無雨『水と礫』が存在しています。一昨年と昨年に続いて、同様のパターンになる可能性は極めて高いでしょう。


 また、三島賞は長編も対象内。その意味で、川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(河出書房新社)も外せません。川本さんのデビュー作となる本作は、戦後を代表する米文学作家、ジュリアン・バトラーの生涯を近代米文学の歴史とともに綴った回想録の和訳です。膨大な参考文献に裏付けされた米文学の歴史は確かな強度をもっており、丁寧な訳文とともに、ジュリアン・バトラーという小説家の一生を追うことができるのですが――ジュリアン・バトラーは存在しない作家です。
 つまり、この作品は米文学の歴史を忠実に、こと細かく追いながら、ジュリアン・バトラーだけが虚構として存在しています。彼が実は存在しないとは最後の最後になるまで明かされず、参考文献ですら虚構のものを混ぜ込む徹底ぶり。そして現実に虚構を織り交ぜる試みは、米文学の新たな側面を浮かび上がらせると同時に、「物語を語ること」の意義についても問いかけていきます。これを読んで、ジュリアン・バトラーが実在しない作家だと思う人はほとんどいないでしょう。それぐらい、物語は「真実」性を帯びて執筆されているのです。

『ミシンと金魚』とともにデビュー作としては異例の完成度を誇っており、すでに読売文学賞とみんなの呟き文学賞を受賞しています。特に読売文学賞はベテランに授けられることが多い、国内文学賞のなかでも最高峰に近い立ち位置。そちらをすでに受賞していて、三島賞も受賞するパターンはあるのか? という疑問はありますが、読売文学賞を受賞後に三島賞を受賞したパターンは何例か存在しています。
 作品の力量は間違いないので、そのあたりの事情がどこまで勘案されるか、ではないでしょうか。


 ほかにも、候補入りの可能性がある作品は多く思い浮かぶのですが……。あまりにも膨大すぎるので、今回は紹介を割愛します。
 信ぴょう性があるかはわかりませんが……候補作の発表を楽しみに待とうと思います。

 山本周五郎賞の候補作予想も、間に合えば投稿する予定です。

 それでは、ごきげんよう。

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