そして、父になった。
頑張った妻、元気に生まれてきた子。
そして、父になった。
出産に立ち会えたことは非常によかったと思う。
この気持ちを ”感動” などと言ってしまうのはちょっと違うような気がしたので文章にまとめてみたくなった。
"出産 " はドラマや映画、漫画などでそういったシーンが描かれていることもあり、なんとなく想像はしていたがそれとは全く別物だった。
人生のイベントとしてこれは良い経験だ。
AM4:00 それは突然だった
1/10日が出産予定日であったが、予定日通りにはいかなかった。
が、そんなことは気にせず夫婦で何事もなく過ごしていた。
遠出はできないが一緒にスーパーに買い物に行ったり、また近くの飲食店でご飯を食べに行ったり。掃除や洗濯なども普段通りだった。
その日の夜(前日)に見ていたTV番組で「デニーズ」と「ロイヤルホスト」の人気商品ベスト10みたいなのがあり、明日のお昼はロイホに行こうか。
そんな話をしていた。
午前四時。
急に部屋の電気が付いて目が覚めた。
妻から一言「破水した」
AM5:00 産婦人科へ
いつでも産婦人科へ行けるよう(入院の)支度はしていたので、着替えて顔を洗ってクルマで送っていく。
夕方だと割と混んでることも多いが午前5時はさすがに空いている。冷静に運転できた。ここは安全運転に限る。
陣痛の痛みはまだないみたいで「ドキドキしてきた」みたいなことを話しながらも病院へ向かっていく妻。
AM6:00~ 眠れない
こっちがソワソワしてきて眠れない。
助産師さん曰く、早くても夜頃になると思うから今のうちに寝ておいた方が良いとのこと。
無理だ。
何もかもが初めてで、しかしまだ何もできることはない。
とくにおなかが空いているわけでもないが、何故かカレーを作った。朝ご飯はカレーになった。この状況がソワソワしているんだろうな。
AM9:00~ 寝た
ような気がする。テレビは付けっぱなしでこたつで寝ていた。
電気はすぐ消す方だが、この日ばかりは仕方ない。
PM1:00~ お昼
キャベツともやしがあったのでお好み焼きに。
朝からカレーを食べていたのでさずがに食は進まないが、夜はたぶんご飯食べれない気がしたので無理して食べた。
17時頃にきて、と連絡があった。妻とLINEで連絡をしていたがつらそうだ。
それまで暇だったので掃除とかやっていた気がするが、ソワソワしすぎてあまり覚えていない。寝ていたかも。
PM17:00 産婦人科へ
初めて産婦人科に入った。
綺麗で明るい、ビジネスホテルの廊下みたいだった。
私自身、あまり病院にお世話になることはないが 病院 = 暗い イメージはもう古いのかもしれないなと思った。
PM17:30~ 陣痛室へ
妻の陣痛はすでに始まっており、すぐ陣痛室へ案内された。
付き合って、一緒に住んで、結婚して、かれこれ5年以上経つと思うが、こんなにつらそうな妻を見たのは初めてだった。これが陣痛というものなのか。
2~3分間隔で陣痛が起きている。
妻の呼吸に合わせて…
呼吸を吸っているときは力をいれず、
(ものすごい痛いを表すような)声をあげている(つまり呼吸を吐いているとき)は腰やお尻をちょっと強く押してあげると楽になるようだ。
陣痛が収まっているときは水を飲ませたり、背中をさすったり。
これを約5時間くらい続けた。
この時間を耐え忍んでいる妻を見るのがつらい。というか、この時間ずっと痛みに耐えている体力も心配になる。
最初のうちは助産師さんがいろいろ指導をしてくれるが、ずっといるわけではなく、妻をサポートできる人(立ち会ってくれる人)は必須だなと思った。妻の友人は先月出産をしたが、アイツの影響で現在は立ち合いできないみたいで1人で出産したとのことだった。これ1人だときつくないかと思わされる。
PM22:00~ 分娩室へ
ついに分娩室へ。
助産師さん2人、先生、院長先生の大人4人体制。
妻の体力は限界そう、見ているこっちが辛い。
みんなで "がんばれー" と声をかけていた。
30分くらいだろうか。
その30分はあっという間だった。
最初の産声を聞いた妻は泣いていた、それを見てもらい泣きしそうだった。
47cm、3048gの元気な男の子。
PM23:30~ ひと段落
母子ともに健康。
妻の体調も落ち着いてきた。
ご飯をちょっと摘んだり、写真や動画を撮った。
気づくと写真を100枚くらい撮っていた。
家族や友人にも連絡してたら日付が変わっていた。
AM2:00 自宅にて。
やっと自宅に帰ってきた。
臨月になって以降、いつでも産婦人科へクルマで送っていけるよう飲むのをちょっと控えていた。
しかし、その必要はなくなった。
この時間から飲むなんていつぶりだろう。たまにはいいかと思う。
うまい。
さて、寝るか。
これから頑張るか!
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