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小さな駅を、わざわざ見に行く。

仕事であれ観光であれ、僕が地方都市を回るときには、ほとんどクルマを利用します。鉄旅にも憧れはありますが、移動の途中に出会う「普通の風景」を見ておくためには、今のところクルマが最適だからです。気に入った風景があれば、自由に停まって眺めることもできるし。
僕にとって初めて見る風景でも、その風景を毎日見ながら暮らしている人がいるはずです。もしかすると、どこか遠くの街から、その風景を懐かしく思い出す人だっているかもしれない。だとすれば、どのようなありふれた風景にも、きちんと向き合っておかなくてはなりません。

そんな移動の途中、行き先表示やカーナビに地元ローカル線の駅をみつけると、たびたび立ち寄ります。なぜなら駅が好きだから。というと元も子もないけれど、駅はその地域の顔だと思うからです。駅は地域の誰もが訪れる場所であり、お年寄りたちが小声で何かを話している場所であり、高校生たちがたむろする場所であり、電車を待つ間に退屈な風景を眺める場所であり、出会いがあったり別れがあったり……。駅にいると、その地域の素のようすがわかります。

駅から読み解く、地域の歴史とか、昔の暮らしとか。

JRの駅であれば、どこかに必ず駅の竣工年月日が書かれたプレートがあるので、これを探すことが重要なポイント。けっこうわかりにくい場所にありますが、これにより、地域の歴史や物語が想像できます。太平洋戦争の頃は、高度経済成長の頃は、この駅にはどんな人たちが行き来していたのか。
ついでにスマホで駅名を検索できれば、その路線の成り立ちや、駅の歴史を大まかに把握することができます。近くの鉱山から鉱石を運ぶために作られた路線であるとか、かつては駅の周りに一大歓楽街があった、などなど。ついでに駅に掲示された名所案内に従えば、名もなく美しい神社仏閣に出会うこともあります。

このような「駅旅」にも少なからずマニアがいるようで、海の見える無人駅を集めた『海駅図鑑』(清水浩史・著 河出書房新社・刊)という素晴らしい本まで出ています。全国から厳選された30の海駅とともに、駅周辺の地理、歴史、自然などの解説を加えた、とても丁寧に作られたガイドブックです。
僕も以前、似たような本を構想したことがありましたが、この本を読んでしまったら、2冊目は必要ないと思って諦めました。

その本に出てくる駅にもいくつか行きました。その中から、とても印象に残った二つの駅を紹介しておきます。

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ここは長崎県、島原鉄道の「大三東(おおみさき)」駅。
長崎県は無人駅の宝庫だと言われており、長崎に行くたびに、いろいろな駅を見に行きます。そして多くの場合、駅とともに有明海や大村湾をしみじみ眺めることになります。
徳川家康が来る前の江戸湾も、こんな感じだったのかな、などと思いながら眺める有明海。この海には、いかにも栄養がありそうです。

たしかに、ホームはほぼ海に接している。と言うか、コンクリートの護岸が、そのまま駅のホームに繋がっています。
ちょうど電灯の工事に来ていた人に聞いてみたところ、この駅は潮の干満によって眺めが全く変わるらしい。そりゃあそうだろうな。有明海の干満差は6mにも達するというから。
この時は、潮がすっかり引いて干潟しか見えなかったけれど、満潮時には海に浮かんでいるように見えるのかもしれない。山側に振り向けば、あの雲仙普賢岳が大きい。
そのまましばらく話をしていると、やがて黄色い島原鉄道諫早行きがやって来ました。海なんて見慣れたはずの工事の人も、その後しばらく干潟を眺めていました。夜に来ると、このベンチに灯りが当たって、とてもきれいなんだそうです。

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もう一駅は山陰線の「馬路(まじ)」駅。
この駅名を見ると誰もが同じことを言うだろうけど、僕も島根県内の国道9号線を走っているときに、カーナビにこの駅をみつけて「マジかよ」と思いました。
ぜひともこの駅の駅名標を撮っておきたくて、近くの駐車場に停めて海沿いを歩きます。
するとこれが白い砂浜の美しい海岸で、鳴き砂で有名な琴ヶ浜海岸なのでした。

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ここは琴ヶ浜の最寄り駅なのでした。夏は賑わいそうです。
駅前はきれいに掃除されており、手入れの行き届いた花壇もありました。
僕は常々、駅前の掃除が行き届いた無人駅の近くには、いい人たちが住んでいるに違いない、と思うのですが、運良く駅前の草刈りをしている人に会えました。

この初老の男性のお住まいは駅の前。草刈りは自発的に行っているのだという。
大阪の新聞社を早期退職して、ここに移り住んだとのこと。庭には何種類かの葉物野菜の畑もある。
「この野菜を漁師さんに届けて、代わりに新鮮な魚をいただくんですよ」
ここには海と山との間に、昔ながらの穏やかな物々交換が生きているとのことでした。

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