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何度も岡山に来ているのに、 まだ一度も桃を食べたことがない、という話。

2016年の春から一年間、取材で岡山県の山の中に通っていた。
そこには耕作放棄地になっている広大な棚田を復活させようという移住者たちがいて、彼らのウェブサイトを作り、活動をレポートするという仕事をさせていただいた。
彼らの活動はチームで行われる。たしかにあれほどの大仕事を、個人で行うのは無理だろう。肉体的にはかなりハード。加えて事務仕事が多いにもかかわらず、とても楽しそうなようすに驚いてばかりいた。

流行りの”地域おこし”には議論ばかりしている印象があるけれど、ここでは先にカラダが動く。目の前で次々と変化が起こる。以来、通っているうちに自分まで楽しくなって、取材以外でも遊びに行くようになってしまったのだ。

のどかで過ごしやすい政令指定都市。

それまで岡山には行ったことがなかった。そもそも岡山というとこれ、というイメージが無くて、行く動機が見当たらなかった。
十勝であれば地平線まで続く一本道とか、静岡であれば富士山とか、高知であれば坂本龍馬とか…… それぞれアイコンはあるけれど、岡山っていったい何だろう?
結論から言うと、公式には桃と、自分としては湯豆腐なんですけどね。その話は後ほど改めて。

そんな調子で、初めは何の感慨も無く駅を下りたのだけど、今はもう、この街がすっかり気に入ってしまっている。街はもちろん、郊外も、さらに山の方も。
何度か通ううちに、
『政令指定都市に、これほどのどかで過ごしやすい街があったのか』
と思うようになった。

街の真ん中に旭川(あさひがわ)という、ゆったり流れる川がある。この川沿いで一度日なたぼっこしてみたいという望みは、いずれ実現しなくてはならない。そのままクルマで40分ほど走れば深い山の中に入り、中国山地に特有の雲海を見ることができる。しかも晴れの国だぜ。本当に、いつ行っても天気がいい。

ここは関西ではなく、広島でもない。

この街が醸し出す雰囲気をひと言で表すと、どんな言葉になるだろう?
関西に近いけれど、あまり関西的ではないし、広島にも近いけれど、あれほど気合いは入っていない。何かこう、両者に挟まれた真空地帯というか、だからどこかに、潔く諦めた感じがあるというか、最初から出世など望んでいない空気感というか。だからこの街に来ると、妙にリラックスできるのだ。

などと、関東からたまにしかやって来ないヤツに、岡山のことを好き勝手に語ってほしくない、と思われるといけないので、このくらいにして、一度だけ岡山の人にムッとされた話をしておきます。

それが桃なのですよ。
知っている人はよくご存じの通り、駅の東口を出ると桃太郎の像が建っている。大きな桃のイルミネーションもあるし、岡山城方面に向かうメインストリートは桃太郎通りだし。
何も知らずに目の当たりにすると、間違えた地域おこしによって無理やり作り出されたキャラクターに思えてくる。そもそも、とても多くの岡山の人と話をしてきたけれど、まだ一度も桃の話をしたことがない。本当は、誰も桃のことなど気にしていないのではないだろうか?

などという失礼な質問を、岡山市内在住の友人にしてみた。この人はとても温厚な人柄で、怒ったところなんて見たことがない。だからついズケズケと、余計なことを聞いてしまう。ところがそのときだけは、さすがにムッとされちゃいました。
「そんなことが言えるのは、食べたことがないからですよ」

桃が流通するにあたっての謎。

関東に住んでいると、桃は夏の間ずっと買えるイメージがある。しかし岡山の本当に美味しい桃の旬は短く、ほんの2週間ほどだという。時期は7月。
さらに興味深いことに、それほど桃が好きでありながら、岡山市内に住んでいる人は、桃を買うことがほとんど無いのだという。桃とは「どこからかいただける」ものらしい。これについては、岡山市内在住の多くの人が口を揃えるので本当なのだろう。この時期になると「いつの間にかそこにあるもの」なのだ。すごいな。

だったら各家庭に配られる最初の桃は、いったい誰が買っているんだろう? という疑問がわく。もしかすると、最初は地元の農家さんが配っているのかな。だとしたら、とても優しい話だな。地方都市に来ると、このような物々交換が多く、見ていてとても穏やかな気分になれる。このようなモノのやり取りについても、いずれ深く取材してみたい。

岡山の桃文化は決して形にはできない、心の中に潜むものであることがわかった。常識すぎて語る必要さえ無いほど美味しいものであり、ソウルフードなのだ。失礼なことを言ってしまいました。神奈川県出身の僕としては、神奈川県民のソウルフードである『崎陽軒のシウマイ弁当』をバカにされたら、きっと怒るだろう。それと同じことなのだ。

このように、本にはあまり書かれていないような、その地域だけの常識を聞くと、なぜかとてもうれしくなる。7月になったら、ぜひ食べに行かなくてはならない。

ということで、今回の話はここまで。岡山県には、まだまだ行きたい場所があるので、これから何度でも行くと思います。ぜひまた遊んでください。
あ、それからもうひとつのソウルフード、湯豆腐についても、いずれ改めて。



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