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今楽しんでいないユーザーを「捨てる」の意味

 本日2021年8月23日。
 明日から2021年のCEDECが始まる。
 そんなタイミングで、ふと2018年のCEDECで話題になった、ディライトワークスの塩川氏のカンファレンスについて、個人的に思う所があったのでnoteにしてみた。

 ネットで話題になったのは氏の
「今FGOを楽しんでいないユーザーのことは、捨てる」
 という発言。これで、かなり炎上していたと記憶している。

 この発言「楽しんでいない」という部分の解釈が大きいと思うのだけれど、僕は「プレイしていない」という意味合いが大きいのではないかと思うのだ。

 当時のCEDECでは氏のカンファレンスを受講していなかったので、文面を見ただけの解釈なのだが、個人的には「すげー覚悟だな」と思ったのを覚えてる。

 それは決して皮肉ではなく、純粋に凄いと思ったのだ。
 なぜなら、僕は同じようにゲームを運営する立場にあって、そして「捨てる」選択をしなかったことで、結果的に失敗したと感じていたから。


■今プレイしていないプレイヤーを「捨てない」という選択

 今楽しんでいないユーザー……。
 僕の受け止め方だと、今プレイしていないユーザーを「捨てる」という選択をしたFGO。
 では「捨てない」という選択をするとどうなるのか? これは僕の個人的な体験を基に語っていこう。

 FGOがリリースされる2年前にあたる2013年。僕が開発していた運営型ゲームがリリースされた。
 低予算開発で、基本的に広告を打てないというハードルを背負ってスタートした案件だったため、運営半年程で大規模な戦略の見直しと、リニューアルに舵を切ることになってしまった。

 そんな中、僕が運営していたコンテンツは継続施策の大きな一手として、高頻度のシナリオ更新という、運営戦略を選択した。

 どれくらいの更新頻度かというと、基本週に一回。
 ガチャキャラのテコ入れを入れたい時は専用の書き下ろしシナリオを追加して、週二回更新の時もあった。
 一本あたり短編小説程度のボリュームはあったと思う。

 ライティングすると同時に、スクリプトとして生成されるような環境を構築し、外部のシナリオライターに委託する一方で、急遽の販促判断の時は僕自身が執筆するという体制だ。

 これだけシナリオに継続の大きな柱を担わせる上で、大きな課題があった。
 それは「過去に登場したキャラクターを、シナリオに登場させるか?」ということだ。


 広告費が皆無とはいえ、コラボやプラットフォーム側からの流入はゼロではない。
 新規のお客さんがゲームを開始して、シナリオを読んだとする。
 その時に自分の分身である主人公と見知らぬキャラクターが「既に知人」という体裁で、会話をされたら置き去りにされた気分になりはしないか……?

 いや、きっとなるだろう。

 そう考えた僕は、シナリオライターにもお願いした。
 「レギュラーキャラと、各イベントで登場する新キャラのみでシナリオ書いてください」

 そう、これこそが「今遊んでいないユーザーを捨てない」ということ。
 新規に開始するユーザーのことを、常に意識した運営施策だった。

 結果としていえば、シナリオは毎度キャラクターの紹介から始まるので、シナリオ構成の難易度が上がる。
 またキャラクター個々の魅力の深掘りがしづらいので、ガチャの復刻などは性能勝負になってしまい、ある程度インフレが進むと商品価値が著しく落ちることになった。

 このため、僕は常に新商品(新キャラクター)を、高頻度で出し続けていくという、定常コストに負担がかかる運営スタイルを選択せざるを得なくなってしまったのだ。

 これはマズイと感じ、後半から少しずつ過去キャラクターの登場や、過去イベントシナリオの閲覧機能などを実装したのだけれど、タイミングとしては正直……遅きに失した。


■今プレイしていないユーザーを「捨てる」ことを選択したFGO

 さて、そんな僕がFGOをプレイしたのは、リリースから1年後の2016年。
 
 ゲームを遊ぶと早速復刻イベントがやっているではないか。
 そんな僕に「復刻イベントで取れるサーヴァントが強いので、絶対やっておけ」と勧めてくる友人。

 じゃあやってみるかと、イベントを進めて驚いた。
 新規プレイヤーのことなんかまるっと無視して、既にイベントやシナリオを読んでいる体裁で、話が展開していくのだ。

 これこそまさに、僕が運営時点で危惧したことだ。
 自分がその立場になって思った「やはりあの選択は間違っていなかったのではないか」と。

 イベントシナリオはよく分からないまま終わる。
 正直シナリオのために継続しようという気持ちにはなっていなかった。

 しかし辞めるかというと、辞めもしなかった。
 ユーザー人口が膨れ上がったコンテンツは、それだけで共通言語/共通体験となる。
 仕事柄チェックしないとという視点もあったが、共通言語として学んでおかなければという意識も働いたのだ。

 そうして続けていくうちに、何人ものキャラクターが再登場し、シナリオ内で新しい関係性が構築され、どんどんキャラクター性が尖り出していく。
 ここに至って僕は気付いた。

 「FGOはもはやゲームの中だけで、新規キャラクターの創造と、商品価値創出というフローに成功している……」と。

 FGOが取った戦略「今FGOを遊んでいないユーザーを捨てる」を正確に言い表すならば、「新規ユーザーに配慮せず、継続プレイヤーにとっての価値を最大化させる」ということだ。

 書いてあることを読めば分かる通り、この戦略はとてもリスキーだ。
 実際、これで付いていけずに離脱した新規勢も一定数居たんじゃないかと思う。

 しかし、それでも付いてくるコアなファンにとっては、かなり強い訴求力を持つことになり、ここの母数を確保できる算段ができるのであれば、実に理に叶った戦略だと言える。

 ……と、理屈では分かるのだけど、その選択を実際にできるか? と言われたらどうだろう。
 僕は実際に同じく、運営を差配する立場で、それを選べなかった。

 だからその判断と覚悟は凄いなと……純粋にそう思ったのだ。

 もちろん、FateやTYPE-MOONというブランド力があってのことだとは思うが、FGO以前のFateは人気はありつつも、ここまでの認知度や集客力を持ったコンテンツではなかった。

 同じレベルのIPを使ったゲームを任されたとして、果たして同じ選択ができるだろうか?

 これを読んでいるあなたは……できるだろうか? 

 そういう視点でもう一度見てみる
 「今楽しんでいないユーザーのことは、捨てる」
 これは凄い覚悟を持った宣言だと感じないだろうか?


 ……まあ明らかに誤解されやすい言い回しだし、同じ立場になった人間じゃないと全く理解できないと思うので、もうちょっと違う言い方はあったんじゃないかと思いますけどもね。

 あと受講した人から見て「そもそもそういうニュアンスではなかったですよ」ってことだったとしたら、僕が勝手に解釈して、勝手にすげーな! って思ったというだけのお話になります(恥)


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