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越境ECに関わるデザイナーが実際に体験した越境ECの大変さ

BeeCruise株式会社デザイナーの伊東です。

さて、前回のnoteで、昔は本気で音楽を生業としていきたいと考えていたバンドマンだったという話はさせてもらったのですが、バンド活動の話とは別で、音楽を通じて実際に私が体験した越境ECのお話です。

国を超えて買い物をする際の課題

BEENOSのグループ会社、tenso株式会社のサービス「転送コム」「Buyee」は、日本の商品を買いたい海外在住の方と、日本のECサイトを繋ぐサービスです。日本の商品はファッション、フィギュア、バイクパーツから陶器まで、海外の方からとても人気があります。ただ、日本では海外発送対応しているECサイトはまだ少なく、日本にいる知り合いや友人に購入をお願いして、海外発送をしてもらっている場合が多いのです。

前回のnoteで書いたように、デザイナーとしてどれだけ「自分ゴト」と捉えてサービスに関わることができるか、というのはとても大切だと思っていて、それはユーザーの課題に対してどう向き合っていくか、というところにも繋がってきます。海外在住の方に向けてのサービスとなると、なかなかそこの視点は持ちにくくなるのですが、幸いなことに私は立場を逆にして越境ECの大変さを味わった経験があるのです。

世界一難しい打楽器「タブラ」

今から十数年前。私が越境ECサービス転送コムのデザインに関わる数年前の話で、私は「民族音楽」をバンドの楽曲に取り入れることにハマっていました。もちろん民族音楽と言えど、世界中には一言では括ることのできない様々な民族音楽が存在します。その中でも世界の色々な打楽器を調べていて、究極の打楽器を探している中で、「タブラ」という北インドの代表的な打楽器に辿り着きました。

こちらは日本を代表するタブラ奏者U-zhaan氏の動画で、インドの国宝と言われるザキール・フセイン氏に師事しているタブラ奏者です。GMOペパボ、CAMPFIREの創業者、BASE代表の家入一真氏もU-zhaan氏にタブラを習った経歴があります。私も2回ほどU-zhaan氏の川越の実家まで行ってマンツーマンレッスンを受けたことがあります。

このタブラという打楽器は、二つの太鼓で構成される楽器で、高音を奏でるタブラはシーシャムウッドなどの木製、低音を奏でるバヤは銅や真鍮などが使われることが多く、正式には二つ合わせて「タブラバヤ」と呼ばれる楽器です。手や指で叩く打面にはヤギ革が使われ、紐状の牛革で本体と打面を括り付けるというアナログなもので、大量生産はできず、現地のタブラ工房で職人により一つ一つ作られています。

故に日本で上質なタブラを手に入れるというのはかなり難しく、日本に入ってくるタブラを扱うのは、ほとんどがインド雑貨を扱うお店であり、クオリティとしては飾り物としての存在価値しかないような粗悪な物ばかりになります。

「そこでしか売ってないもの」に必要な越境EC

演奏用として考えるのならば、当然上質なものが欲しくなり、当時色々とネットで探し回りました。日本国内の限られた店舗では、現地の工房に依頼して取り寄せたタブラを扱っている楽器店もあったのですが、価格は釣り上がり八万円〜十万円を超えるものばかりで、正直に言うと品質の保証はありません。何とかもっと安価で上質なものを、と考えると行き着いた答えとしては、

インドの楽器店から直接購入すること

でした。

とは言え、小さなタブラ工房では当然ネット販売など行っていないため、現地インドの一般的な楽器店が取り扱っているものを調べることにしました。しかし、ヒンディー語やベンガル語のECサイトを見つけても意味がありません。当時はブラウザに翻訳機能なんてまだなく、翻訳のwebサービスで一文ずつチェックしたとしても、翻訳精度は低いものでした。最低限、英語に対応しているECサイトを探し、そこから購入することにしました。手探りながら注文フォームに内容を記載し申し込みます。後日返信された見積もり金額を確認すると、国際配送料を含めても日本国内の楽器店で買うよりもかなりリーズナブルです。

この状況はまさに、転送コムのユーザーである諸外国の方が「日本のものが欲しい!」と思ってくれる状況と同じで、多くの人は日本のものに興味はあっても、日本語が理解できる人は限られています。ECサイトが英語対応をしてくれていればまだ理解はできるかも知れませんが、日本語がわからない人からすれば、日本語はただの記号です(我々がヒンディー語を見てもただの記号に見えるように)。

越境することによる様々な壁

そんな手探りの中で購入の手続きを進めたのですが、まず送金のところで壁にぶつかりました。クレジット決済に対応していなかったそのインドのECサイトで、唯一可能だった入金方法は銀行を通じての「海外送金」という方法でした。ただ、日本からインドへの直接の海外送金は不可能で、アメリカの銀行を経由する必要があったのです(今回のケースだけかも知れません)。最初に提示された金額をアメリカの指定口座へ振り込み、連絡を待っていました。暫くしてインドのECサイトから来た連絡は、アメリカの銀行からインドの口座へ振り込むためには10ドル(くらいだったと思う)の手数料がかかり、入金された金額から10ドルを引かれてしまったので、追加で10ドル送金して欲しい、との内容でした…。

もうここまで来ると引き下がれません。渋々追加で送金をすることにしたのですが、この不足分の金額を払うために、更にアメリカの銀行からインドの口座へ移すための手数料が発生するため、手数料により不足分となった10ドル + 手数料10ドル = 合計20ドルを追加で払わなければなりません。やり取りの途中で何度も心が折れそうになりましたが、その金額を合計しても、日本で良質なタブラを手に入れるより遥かに安価で購入ができるため、追加で送金手続きをしました。

ようやく送金手続きが完了し、あとはタブラの到着を待つばかり。日本のECサイトで買い物をする感覚だと、配送業者を通じて家に到着するのを待つだけなのですが、ここでまた問題が発生します。

記憶がうろ覚えなところもありますが、暫く待った後に、成田航空貨物出張所(だったかな…?)から突然の連絡がありました。「荷物が届いてます。個人輸入扱いになるので成田まで取りに来てください」と言われました。

「… え? 成田まで取りに行くの?」

ユーザーの原動力は手に入れたいと思う気持ち

これは稀なケースなのかも知れませんが、どうして成田まで受け取りに行くことになったのか未だによくわかっていません。とにかく指定された場所へ電車で行くと、配送業者しか出入りしないような、トラックやフォークリフトがばんばん行き交っているような倉庫街でした。

そして、いよいよ念願のタブラとの対面の時…!荷物はこちらです、と通されたところにはチェックのための麻薬探知犬がスタンバイしており、私の荷物を必要以上にすんすんと嗅ぎ回っています。事前に調べた情報によると、タブラは木をくり抜いて中身が空洞状になっているため、その中身を怪しまれた場合は最悪ドリルで穴を開けられてしまうそうです。そうなってしまうと当然楽器として機能しません。保証もなければ泣き寝入りしかないという情報を見ていたのですが、ここはさすがプロの麻薬探知犬ハンドラーの方、「恐らく珍しい匂いがしているので必要以上に嗅いでるのだと思いますw」と言ってくださいました。開封の儀は検査員の方によって作業的に行われてしまいましたが、念願のタブラが目の前に。確かにインド雑貨屋さんのような独特な香りが辺りを包んでいました。

そしてやたら大袈裟な書類のやり取りがあった後、無事に受け取ることができました。ただ、ここは成田。今度はこの大きな荷物を持って東京の自宅まで電車で帰らなければなりません。巨大なダンボールで重さは大体15kgほど。そんな大した重さではないのですが、何しろダンボールがかさばる。しかもそんなしっかりしたダンボールでもないし。途中何度も何度も休みながら電車と徒歩で自宅まで持って帰りました。何度も書きますが、そのモチベーションを保てたのは

「絶対に欲しかったモノだから」

でした。

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Getting Out of the Building(建物から出る)

大変長くなりましたが、以上が私の越境EC体験記です。

こんな経験をしていると弥が上にも越境ECを「自分ゴト」として捉えられます。この経験は正直稀なケースだと思っていますが、サービスをデザインする上では、このユーザーへの「共感(エンパシー)」は最大の武器になります。どんな事業においてもサービスの作り手がこの共感を得るためには、大きなコストを払う価値があり、実体験としてはなかったとしても、実際の体験があるユーザーから面倒に感じた話や課題を直接聞くことの大切さ(ユーザー調査の大切さ)を、私は身を持って経験しました。これは事業責任者や企画者のみならず、サービスに関わる全ての人で共有したいことです。

自分はエンジニアだから、デザイナーだから、と役割を限定してしまうことはとても勿体ないし、より一歩ユーザーに近づくことで、そのサービスの機能、見せ方、デザイン、UIも劇的に変わってくるはずです。

事業会社のデザイナーも、どこか「社内受託」状態になりがちな職種だからこそ、本当の共感を得るために会議室やデスクの前だけではなく、外に出ることがデザイナーにも求められています。

スタンフォード大学教授、起業家、作家として知られるスティーブ・ブランク氏の、映画『マトリックス』からもヒントを得た言葉があります。

“There are no facts inside the building, so get the hell outside.”
(会社のビルの中に事実はない、答えは外にある。)


— Steve Blank Forbes "Try 'Walking The Path' To Solve Your Startup Problems"
Fonte: https://le-citazioni.it/autori/steve-blank/?o=popular

よし、みんなもタブラを買おう!(違う)

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