読書レビュー④『アイドル失格』(安部若菜)

 11月に読んで書こう書こうと思って、全く書いていなかったNMB48の安部若菜の『アイドル失格』が今回のレビュー。 
 現状のNMBのことなど、ほぼ情報がないのでNMB48に安部若菜さんがいることや安倍さんがどんな人かも知らない状態で、48グループというだけで出版が決まったときから心待ちにしていた本であった。


あらすじ

僕と彼女は、決して結ばれない運命なのだ-- 選ぶのは、恋か、夢か。

冴えない日々を送る大学生のケイタは、4人組アイドルグループ「テトラ」のセンター・実々花の熱烈なオタク。
叶わないと分かりつつも本気で恋をしていた。
一方、高校3年生の実々花は、グループの人気が順調に上がり、熱心に応援してくれるケイタの好意を嬉しく思いながらも、
将来に漠然とした不安を抱えていた。
ある日、実々花は母親との衝突をきっかけに自暴自棄になり、
SNSの情報を頼りに思わずケイタのバイト先へ向かってしまう――。

NМB48の現役アイドルが本気で描く、切なくも希望に溢れた青春小説

『アイドル失格』


本書の立ち位置的なこと

 アイドルが書いた小説としては、乃木坂46の高山一実書いた『トラペジウム』(2018年)、SKE48の松井玲奈が書いた『カモフラージュ』(2019年)、『累々』(2021年)、ベイビーレイズJAPANの渡邊璃生が書いた『愛の言い換え』(2020年)などがある(松井と渡邊が本を出版したのはアイドル卒業後)。
 松井玲奈と渡邊璃生の作品に関しては、アイドルを題材にした作品ではないが、安部若菜の立ち位置としては、ここの1人に入るであろう。(なお、このグループにもう1人登場することが決まっているが、それは別のところで)

 また、アイドルを描いた小説として、朝井リョウの『武道館』(2015年)などが挙げられる。「アイドル」というテーマでは、『アイドル失格』は、高山一実の『トラペジウム』とともにこのグループに入る。

 『アイドル失格』が「アイドル視点」だけで物語が進むのであれば、既に出ている作品の方が読み応えがあるであろう。しかし、「ファン視点」(いわゆるオタク視点)も描いていることが、その他の2作品との違いである。 
 そして、「アイドル視点」と「ファン視点」のそれぞれのパートを交互におき、時系列を並行ではなく直列に並べたことで、物語に深みが出ている。

内容とテーマ

 この作品は端的に言うと、いわゆるアイドルとオタクの恋愛物語である。
この本が発売されたのは2022年11月18日なのだが、まさかその翌日にAKB48の岡田奈々の恋愛が発覚し、SNS上でいろいろ議論されるとは、発売日が決まった時には誰も想像していなかっただろう。
 ただ、このアイドルの恋愛というテーマは、48グループや坂道グループは無論、他のアイドルでもしばしば問題になっている、アイドルが出現したときからの永遠のテーマでもある。

 アイドル側の主人公は、大手事務所が運営し、結成から2年、人気も順調に上昇している4人組アイドルグループ「テトラ」でセンターに立ってる17歳の実々花。
 
オタク側の主人公は、下北沢のDVDショップでアルバイトする20歳のさえない大学生ケイタ。大学では友だちがつくれず、バイトにも熱が入らない。生き甲斐は「テトラ」の実々花だけで、チェキ会などの接触イベントにバイト代を注ぎ込み現場に通っているいわゆるガチ恋と呼ばれるオタクである。

 ここまでは普通にある設定ではあるが、アイドルである実々花は好きだったアイドルになり活動を続けていく中で、つらさを覚え、アイドルとしての夢を純粋に追うことができない。また、家族が母親だけという環境の中で、本当に自分がやりたいことを言い出せず、焦燥に駆られている。かたや、オタクであるケイタも大学生活も後半になり、夢や目標もなく、何者にもなれない自分に苛立ちを隠せないでいる。
 つまり立ち位置や年齢は違えど、両者はそれぞれぼんやりとタイムリミットを感じつつも、己の将来にとって確かなものを見つけられずにいる存在である。

 アイドルにおいて禁断ともいえる"恋愛"と若者特有ともいえる不安を交差させることで描き出される、ふたりの行動と選択こそがこの作品の肝であり、設定にとらわれない普遍性の高いテーマである。

 作品内では、普段ふたりが使用するSNSとしてTwitterが登場する。アイドルオタクのケイタは一般人なので、自分の愚痴やイベントの感想など内面を吐露していく使い方であるのに対し、実々花は自分というアイドルの広報宣伝の為に使うっており、実際の内面で思っていることを吐露しているわけではない。
 本音をいうオタクと建て前でかざるアイドルという単純な対立構造なのだが、この思っていることを全部言えるオタクと思っていることを全部言えないアイドルという図をTwitterというSNS一つで表現している。

 そして、そのストレートなケイタのツイートが、実々花の内面の部分と共鳴していき、ふたりは惹かれあっていく。惹かれ合ったふたりの頂点が「デート」であり、本来ならばそこが幸福の頂点になるはずなのだが、それを境にふたりの気持ちは離れていくことになる。

 「デート」というふたりの想いが重なりあった瞬間から、本当に自分がやりたいことはなにかということを見つけていく流れは非常によかった。一種の共依存の関係にいたふたりが、その共依存から抜け出した瞬間でもあった。
 このふたりの恋愛の終わりが、次の進路を見つけるという流れに繋がったことで希望が持てる物語となっているとも言える。

感想

 この作品を読んで安部若菜がすごいと感じたのは、アイドルの視点はもちろんなのだが、オタク側の視点にリアルさがあることなのだ。ケイタの行動全ては納得できなくても、似たことを思ったり、経験したことがあるというオタクは意外に多いのではないかと思う。
 ただし、その行動自体、またはそれと同じレッテルを貼られることに嫌悪感を抱いているオタクが多いのも事実である。

 オタクであるケイタ、アイドルの実々花それぞれに思い入れをもって書いたとは思うが、作品の構成のせいなのか、読み手の問題なのかわからないが、どうもケイタに少し力を入れて書いた節があるように感じた作品であった。

 上記的なことも含めると、ほとんどの読者がステージに立つ側ではないことを意識して、一般人であるケイタに力を入れた気がしなくもないのだが、このケイタの行動にも意見が割れるのは間違いないので、気になる点ではある。

 今回この作中で描かれている期間が2022年3月から11月までの約8ヶ月間を追っている。そして、春から夏にかけて恋をしていき、秋冬でその恋が去っていくという構成となっている(この辺は、欅坂46の二人セゾンを感じる)。
 正確には、この本が発売された2022年11月18日が作品内での最終日なのだが、作品内ではコロナ禍の世界ではないとはいえ、現在進行系の恋愛物語であり、リアルな世界観を出していた。

 と長々書いてきたが、2年をかけたという今作はそれだけにしっかり心情がかかれてるし、描写もしっかりしていた。ただ、やはり処女作ということや若さの面で粗さが感じられるところもあり、次回作に期待したい部分ところである。
 世の中的にアイドルの恋愛を語る上で、安部さんの考えたフィクションではあるが、提示された恋愛模様から、もう一度われわれはアイドルの恋愛について考え直してみてもよいのかもしれない。

紹介した作品

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