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諏訪大社四社参りをしてみた話し 諏訪大社下社春宮参り 19.09.21 11:17

諏訪大社四社参り。茅野市から上諏訪町に移動して、上社参りの後は諏訪湖を挟んだ関係にある下社参り。

諏訪大社上社が山の神を祀るのに対して、下社は農の神を祀る。
なので、下社の宮は春宮、秋宮と農業に関係が深い。

そんな諏訪大社下社参り。季節に沿ってまずは春宮から。
古くは下社の祭神は八坂刀売神とされ上社の祭神建御名方神の奥さん。今は夫婦で祀られているようだが。
諏訪大社下社の春宮、秋宮は同格で、御霊代が行き来する。2月から7月までは春宮に、8月から1月まで秋宮に滞在する。それも宮の名前に由来している。移動の際はお祭りなわけで、つまり今は秋宮に・・・じゃ、これから参拝する春宮に今は神様が居ないじゃないか(笑)

先程上社本宮の参拝を終え寒天を食べていたら雨が降り出した。移動の間中結構な雨が降っていたのだが参拝を始めようと思ったら雨が上がった。思いの外天気には恵まれるタイプ。
参道の駐車場に車を止めて参拝。
南方向、諏訪湖に向かって開けた神社のつくりは明るい。農業を司っているだけのことはある。

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一般道として利用されていて車も行き交う参道の真ん中には下馬橋が建つ、室町時代の建築にして下社最古の建物。従来、参拝時には身分に関わらずここで馬から降りたのだそう。なので駐車場も下馬橋のそのすぐ近く。今は通常は渡ることはできないが、祭りのときには神輿だけが渡るそう。

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そんな下馬橋を過ぎると巨大な鳥居と諏訪大社下社春宮の石碑が建つ。ここから境内と言った感じか。
鳥居をくぐると軽いスロープの先に神楽殿がその裏に幣拝殿が。神楽殿の巨大なしめ縄はどこかルーツでもある出雲大社に通じるよう。

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諏訪大社は出雲の大国主の息子、建御名方神とその妻八坂刀売神を祀っていることはすでに触れた。出雲の国譲りで建御雷神に敗れたわりに軍神として崇められていたことも上社を参った記事で触れた。
その御蔭でなのか、坂上田村麻呂、源頼朝、武田信玄、徳川家康と錚々たる面々が参拝に訪れているそうだが、どの方々も現代に華々しく残るものはない。戦いの神なんて所詮は今も昔も一発勝負。戦いとは勝ちが永遠に続くほど甘くない。 

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永遠なのか本当か  時の流れは続くのか いつまで経っても変わらない そんな物あるだろうか?

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諏訪大社は本殿を持たない。下社春宮も幣拝殿から神が宿るご神木の杉の木を拝する。
幣拝殿の見事な彫刻は本殿のないコストダウンの賜物だろうか?

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諏訪大社下社春宮も他の諏訪大社同様、堂々とした幣拝殿を御柱が囲む。
太古の時代へといざなわれるようで心地良い。





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