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『創世記』③ ――世界樹の下へ――

 第三章 緑の大地

 高き枝に生じた“人”は、広大な高き枝の上で楽しく暮らしていた。
 “人”はいと高き枝のみを知り、低き枝を知らなかった。それでも“人”は、初めに生じた三つのものといと高き枝に生じた二十のものを“神々”と呼び、神々に守られて幸福であった。

 ある時、低き枝から永劫にも等しい高さを飛び渡り、一羽の鳥が高き枝に迷い込んだ。
 疲れきり、息も絶え絶えの鳥を見つけ手当てを施したのは、幹に最も近く生じ、神々に最も近き血を引くドラゴンであった。

 手当ての甲斐あって、鳥は元気を取り戻した。初めて目にする鳥に興味を持ったドラゴンは、鳥から様々な話を聞き、そこで初めて低き枝の世界を知った。
 初めて知る低き枝の世界に強く惹かれたドラゴンは、鳥とともにいと高き枝に住まう“神々”の前に進み出て、樹を下ることを願い出た。

 初めてドラゴンの願いを聞いた二十の“神々”は、ここに初めて話し合いの為の会合を開いた。後に“パンデオス”と呼ばれるものがこれである。
 初めての“パンデオス”において、まずドラゴンの願いをよしとされたのは黒き力を持つ荒ぶる神々であった。
 黒き神々は、敢えて安らかな暮らしを離れ、苦難の道を選ぶドラゴンの勇気を称えた。
 しかし白き力を持つ優しき神々は、ドラゴンの願いを否とされた。白き神々は、ドラゴンの身を案じ、高き枝での安らかな暮らしを強く勧めた。

 二十の神々の意見は二つに分かれ、結論は出なかった。
 そこで神々は、至高の三神に結論を仰いだ。

 在って在る神は深い眠りに在り、何も語らなかった。
 時の神も黙して語らず、ただ秩序と均衡の神のみが結論を下した。
 秩序と均衡の神はドラゴンに下降を許したが、しかしドラゴンに一つの忠告を与えた。
 枝を降り、再び枝に戻るには、体を重くしてはならない。もし今より重くなれば、汝はここへは戻れぬであろう、と。 
 ドラゴンはそれを覚え、意を決して鳥と共に幹を降りようとした。
 そこへ同じ枝から生じた弟と妹たちがやってきた。弟と妹たちはドラゴンと鳥の話に興味を覚え、長兄たるドラゴンとともに幹を降りたいと思った。
 ドラゴンもこれを喜び、神々には告げず鳥の先導により初めて、“人”の生まれた高きところの枝を降りた。

 幹を下ること永劫に近かった。しかしやがて“人”はまだ見も知らぬところ、低き枝の上に降り立った。

 初めて見る低きところの枝の上には、初めて見る“動物”が神々に守られて幸せに暮らしていた。
 だが低きところの枝からは、いと高きところの枝は見えず、“動物”は神々を知らなかった。
 そのかわり、“動物”は更に低いところにある、いと低き枝を知っていた。“動物”からいと低き枝を聞いた“人”、特にドラゴンは強い興味を抱き、更に幹を降ろうと欲した。“動物”、特に賢き鳥も“人”と思いを一つにし、幹を降ろうと欲した。
 しかし、低き枝からいと高き枝には、声も届かなかった。そこで“人”と“動物”は、神々には告げずに低き枝を降り、いと低き枝に降り立つべく幹を降った。

 幹を降ること永劫に近かった。しかしやがて“人”と“動物”はまだ見も知らぬところ、いと低き枝の上に降り立った。

 初めて見るいと低きところの枝の上には、何もなく、ただ茫漠として乾いていた。
 “人”と“動物”は、不思議に思っていと高きところに問いを投げた。
 だが声はそこには届かず、“人”も“動物”も悲嘆に暮れた。
 しかし、ドラゴンは初めて気が付いた。いと低き枝の遥か下に、緑色の大地が広がっていることに。
 
 ドラゴンは顔を上げ、兄弟と姉妹と、“動物”たちを励ました。ここにあって“人”と“動物”は、いと低き枝から広大な緑色の大地に降りることにした。

 幹を降ること永劫に近かった。
 しかしやがて“人”と“動物”はまだ見も知らぬところ、世界樹の根の上に降り立った。
 初めて見る世界樹の根の上は無限に広く、初めて見る草と木に覆われていた。空気は心地よく、暖かであった。そして何よりも咲き乱れる花々は美しく、木々の実はまことに馨しかった。
 “人”と“動物”は、初めて見る木々の実に初めての空腹を覚え、木々の実に手を延ばした。
 ドラゴンも鳥も秩序と均衡の神の忠告を忘れ、空腹のままに木々の実に手を延ばした。そして木々の実を口に含み、甘美な蜜を味わい、腹の底に飲み下し、満腹感を覚えた刹那、“人”と“動物”の前から世界樹の幹が消えた。

 かくして“人”も“動物”も、“体”というものを持った地上の存在となり、世界樹の根の上の世界で暮らすものとなった。
    

……ここまでが第三章の記述です。

もうお分かりかも知れませんが、御陵は極度のドラゴン好きであります。余りにドラゴンが好き過ぎて、とうとう人類にまでしてしまいました。人類としてのドラゴンが活躍するお話は、書記メルローチェのお話と、メイドのプリモのお話です。別途、お立ち寄り頂けましたら嬉しいです。

さて、この第三章では、霊の存在として世界樹の上の楽園にいた人類と動物たちが、いかにして肉体存在になったかを説明しております。

医食同源、ではないですが、我々人間の体は食べた物の化け物だ、と何かの本で読みました。「食わないから病気になるでない、食うから病気になるのざぞ」という言葉もあります。

人間の苦しみの八割以上はこの肉体に由来する、というのが御陵の持論です。そんなわけで、楽園から下降しようというドラゴンたちは、神々からその旅立ちを強く引き留められたのでした。

地上世界に降り立ち、肉体存在になった人類と動物がその後どうなったのか、次回の第四章で明らかになります。よろしくお願い致します。




※キイロイトリさんによる写真ACからの写真

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