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人がつながる、おかしなスナック、「スナックかすがい」第一夜・体験記

Text by 鷲見 洋之|Hiroyuki Sumi

「スナックのレポート記事を書いてほしいんです」

初対面の春日井製菓の人から真顔でこう頼まれ、私の頭の中にはいくつもの「なぜ?」が渦巻いた。岐阜で育った私にとって、名古屋の春日井製菓は幼い頃よく食べたお菓子のメーカーだ。いろいろ説明してくれたのだが、なぜこの会社がトークイベントなのか、なぜ初回のテーマが転職なのか、たくさんの「?」が渦巻くまま、11月27日、会場のWeWork新橋へと向かった。

初めて足を踏み入れたWeWorkの1階ラウンジは洒落たパーティー会場のようだった。続々と集まる人にネックストラップ付きのグリーン豆が渡され、みんな社員証のようにグリーン豆を首から下げていた。なるほど、これだと手ぶらでいられるわけか。一人ずつにビールを運んでいるのは春日井製菓の社員だそうで、集まった50人くらいの参加者の手にグラスが行き渡ると、宴会みたいに全員での乾杯からスタートした。

続いてこのスナックのマスターから、この会の趣旨が説明された。

「春日井製菓は名古屋に本社があるんですが、マーケティング部は、ここWeWork新橋に入居しています。社名の“かすがい”は創業者の苗字ですが、同じ愛知県の春日井市にも工場があるので、社名の由来に地名を連想する方も多いんですね。それともう一つ連想されるのが、“子はかすがい”ということわざ。かすがい(鎹)って、2本の太い柱をつなぎ合わせるコの字型の大きな釘のことですが、これは今風に言うと“エンゲージ”ってことなんじゃないか!と。そうか、春日井製菓って会社は、90年間おいしいお菓子をつくっていろんな人たちを結び付け、笑顔という成果(製菓)をつくってきた会社なんじゃないか?って。まぁダジャレなんですけど(笑)。でもこれは他の人は真似できないので、お菓子とトークを通じていろんな分野で活躍する人たちがつながり合える場として、『スナックかすがい』をつくりました」。

初対面の人と“かすがう”

「では皆さんも周りの方と、“かすがって”みてください。ただし、先入観を防ぐために、勤め先は名乗らずに」。

そう促されて、来場者同士の自己紹介が始まった。この日は転職がテーマではあるけれど、あえて”人と人”との関わり合いからスタートする、というのは面白い。メーカーや飲食など様々な業界の来場者が、相手がどこの会社の人かではなく、どんな人かを知ろうとしていた。豆菓子をボリボリ頬張りながら。

トークセッションの登壇者は、シタテル代表の河野秀和さんと、フォーブスジャパンの林亜季さん。この二人を呼んでおきながら、アパレルの話でもメディア論でもなく、転職を語るというのもまた「?」だった。普通の転職セミナーなら、有名な転職エージェントとか大企業の人事の人あたりを選ぶはずだ。

最初は、林さんの転職理由についての話で始まった。新卒で入社した朝日新聞で記者を5年、新規事業開発を3年経験した後にハフポスト日本版に転職。その1年後の7月にフォーブスジャパンに移り、もうすぐ5ヶ月が経とうとしている。フォーブスに転職した理由について林さんは、「一つは、黒字化を成し遂げて実績ができたということ。もう一つは、どうしても許せないことがあり、ケンカをして辞めました」と振り返った。淡々とした語り口に、強い信念が透けて見えた。かっこいい。

確かに、働いているうちに会社の方向性と自分の気持ちとの乖離(かいり)を感じることは、誰でもあることだと思う。朝日新聞のような大企業の中では、自分一人の思いが全体に影響を与えるということはあまりないだろうが、小規模な組織に入ると、その乖離を感じながら働くのはかなり大変になる。だから林さんは、転職の際には、企業のビジョンをしっかりと理解した方が良い、と話した。

「特にスタートアップのような小規模な企業では、一人がいろんな仕事を担うので、会社のビジョンが自分のものになっていないと、方向性が合わなくなって『この会社のためには働けない』となっちゃうんですよね」。

経営者側の河野さんも、シタテルもすべての根幹となるビジョンをとても大事にしており、ビジョンを調べずに面接に来る人は採用を見送っていると同意していた。

きっと、どれだけ企業研究をして入社しても、時間が経つにつれ、会社の方向性や労働環境に疑問を持つ瞬間は一度はやって来るように思う。だからこそ、ビジョンの下調べはしっかりすべきだし、企業側もビジョンを明確にしておく必要はあるだろう。

人の職務経歴書が大画面に

続いては、職務経歴書の具体的な書き方など、自己PRの仕方についての話。林さんがフォーブスへの転職時に使った職務経歴書の一部が、大きなスクリーンに映し出された。こういう生々しいコーナーは珍しいのではないだろうか。みんなが前のめりで見入る。

林さんの職務経歴書の冒頭にあった経歴要約は、約250文字。記者としての幅広い実務から戦略策定、事業の立ち上げ、マネジメントまで様々な経験がまとめられており、ここだけ読めば、自分が何をしてきて何ができるかが伝わる、いわばエッセンスが詰まっていた。林さんは、応募先によってこの部分を書き分けているという。例えばフォーブスのような、ウェブ化を進める出版業界に向けては、新聞記者としての経験を強調することで、出版社にはない速報的な記事の書き方もできることをアピール。また動画撮影や編集スキル、SNS運用経験を網羅することで、その企業や業界が必要としているスキルを持ち合わせていることが伝わるようにしていたという。

職務経歴書の内容を書き分けていることに対し、会場からは「へえ〜」と驚きの声。IT企業の会社員の女性は「これまでは持っているスキルを片っ端から書いていたけど、もっと工夫する余地はあるんだなって思いました」と感心していた。

社長は「素直さ」を見ていた

今度は雇用する側の河野社長にマイクが渡った。河野さんがまず見るのが、素直かどうか、らしい。社員数が少ないベンチャー企業では、いろんな仕事が突発的に発生することも多く、「え、それ私がやるの?」というような仕事を任せられることも、ままある。そうしたベンチャーカルチャーにフィットするかどうかを見るのだという。

確かに、私も前職で部下に仕事を振ったところ「それは私がやることじゃないと思います」と真っ向から言われ、「うっ」となったことがあった。河野さん曰く、こうした心労は仕事の生産性をすごく下げてしまう、とのこと。いくらキャリアが素晴らしく、市場価値がある人でも、素直さがないと新しいものに対応できないから採用は難しいと話していた。

あらゆるサポート体制が揃った大企業から少人数のベンチャー企業に転職する人にとって、この視点は見過ごしがちかもしれない。「素直さ」と「自分の強み」の両方をうまくアピールする必要がありそうだ。

自分がいることで何かが変わらないと、入社した意味がない

イベントが佳境に差し掛かり、来場者もだいぶリラックスしてきた様子。初対面同士で意気投合し、感想を言い合いながら聞いている人もいる。

次の話題は、転職先で働き始めてからの話。会社に慣れるのは、選考に通過するのと同じくらい大変だ。林さんがフォーブスに入って最初に驚いたのが、オフィスの静けさだったという。私も新聞社からネットメディアに転職した身だが、林さんと全く同じ驚きを感じたことを思い出した。新聞社では、常にフロアに複数台のテレビがついていたし、締め切り時間が近づいたり、重大事件が起きたりすると怒声が飛び交ったりもしていた。しかし転職先のネットメディアでは誰一人、何も喋らず、パソコンのキーボードを叩く音だけがオフィスに響く。隣の席の人から連絡事項がメールで来るたび、「『了解しました』の一文もメールで返信すべきなのかな」などとそわそわしていた。

静かな雰囲気が悪いのではない。だが、作り手たちの活気ある雰囲気は、誌面を通して読者に届くものだと思う。とはいえ、無理に変えようとすると、摩擦を生んだり、白い目で見られたりするかもしれない。林さんには不安はなかったのだろうか。

「そうした雰囲気を変えるのも、私に求められているのかなと考えました。自分がいることで何かが変わらないと、入社した意味がないだろうなって。嫌な顔する人もいるかもしれないですけど、こっちはこっちで人生を懸けて転職してきたので」。

ニコニコしながらも力強いワードで答える林さん。雰囲気を変えた一例として、19時を過ぎたらハイボールを買ってきてオフィスでプシューッと開けたりしているらしい。「副編集長がやれば、ちょっと和むでしょ」。

転職者にとって、新しい職場は未知なる世界で不安だ。だが受け入れる側にとっても、転職者は未知なる存在で不安だろう。両者が早く馴染み、力を合わせて成果を出すために必要なこととは何だろう、と考えを巡らせてみてハタと気づいた。河野さんが挙げた”素直さ”とは、こういうことなのかもしれない、と。

思っていたより、かなりラフ

イベントが終わる頃には、来場者たちの頬はほんのり赤い。すっかり気持ちもほぐれ、終了後も歓談を続けたり、名刺を交換し合ったりしていた。職歴書の書き方や面接でのアピール方法などのリアルな話が聞けるのは、堅苦しいセミナーではなく、登壇者も聴衆も一緒になって話し合う“スナック”だからこそだろう。参加した飲食業の男性は、「思っていたよりかなりラフなイベントで面白かった。自分とは異なる人たちの仕事観を聞くことができ、貴重な体験になった」と満足げだ。終了後、帰途につく参加者に、あめやグミなどたくさんのお菓子が詰まった袋が手渡された。受け取った人たちが皆、子どものような表情で喜んでいたのがほほえましい。

記者という仕事柄、たくさんの講演やセミナーを聞いてきた私にとって、これほどくだけた雰囲気で進行していくイベントは珍しかった。大概は、スーツ姿のビジネスマンたちがどこかのビルの大きな会議室に集い、登壇者の講義に耳を澄ますという形が多いのではないだろうか?だがこのスナックでは、登壇者と来場者の垣根が驚くほど低かった。ある来場者が転職面接の際の自己アピール方法について悩みを語った時には、登壇者も他の来場者たちも全員で親身になり、良いアドバイスができないか考え合っていたほどだ。

会場を去ろうとすると、参加者の一人の男性と最寄り駅が近いことが分かり、途中まで一緒に帰ることにした。ケータリングでおにぎりを作る仕事をしているそうで、電車内での会話は私にとっては発見に満ちていた。異なる人生を歩む人たちと “かすがう” 時間は、とても刺激的だった。

後日聞いた話

来場者アンケートによると、全体の平均満足度は100点満点中83点、次回の参加意向も96%と高かったが、参加者同士が交流する時間がもっと欲しいという声も多かったとのこと。こういうアンケートを取るスナックも珍しいが、そもそもこういうイベントをやって、春日井製菓的には何になるのか?という率直な疑問を、仕掛け人のマスター豆彦氏にぶつけてみたところ、こんな回答が返ってきた。

「お客様づくり、ですね。こういう活動を体験して、面白かったな、とか、おいしかったな、という思い出が増えていけば、会社や商品に興味や親近感が湧いて、ゆくゆくは熱烈なファンになってもらえるかもしれない。そう思ってやっています。社内には、おいしいものをつくってくれる人がいて、しっかり売ってくれる人がいる。だから僕は、違う角度からこの会社のお客様づくりをしていこうと思っています」。

ちなみに、春日井=鎹(かすがい)というアイデアは、マスターのお姉さんが授けてくれたものなんだとか。

「僕は実家で親や姉と良く話すんですけど、転職したばかりの時、春日井製菓のことを話していたんです。そしたら姉が“子はかすがい”の話から、柱をつなぐ鎹のように、お菓子で人と人をつないできたんじゃないの?って言ったんですよ。『すごい!それだ!』って鳥肌が立ちまして(笑)。そこから『かすがい』を『かすがう』みたいな動詞にする機会を創っていこうと考えました。WeWorkはゲストにもビール飲み放題だし、居心地の良いスペースも貸してくれるし、うちはビールに合う、豆のスナックをつくっているし、これはもう“スナック”だぞと。創業家の名前をスナックにしたら怒られるかなと思ったら、社長は笑いながら、面白いですね、いいじゃないですか、と応援してくれたんです」。

次回のテーマは、打って変わって「人を惹きつける場所づくり」なのだそう。毎回テーマが変わるという、このおかしなスナックに、どんな人が訪れ、どんな “かすがい” が生まれるのか。ちょっと楽しみだ。

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第一夜に来てくださったゲスト

** 林 亜季さん|Aki Hayashi** 福井県出身、2009年朝日新聞社入社。記者、支局長を経て、2013年より新ビジネスの開発や投資などを行う「メディアラボ」の立ち上げメンバーに。2017年7月より「ハフポスト日本版」の広告事業を統括するPartner Studioチーフクリエイティブディレクター(エディター)としてハフポスト日本版初の黒字化に尽力。2018年7月1日Forbes JAPAN入社。

** 河野 秀和さん|Hidekazu Kawano** メーカー・外資系金融機関を経て2009年に経営支援事業で独立。その後、総合リスクマネジメントサービスやシタテルの前身となる既存の服をカスタマイズする会社を設立し、2014年3月にシタテルを設立。経済産業省「服づくり4.0プロジェクト」協力企業、総務省「ICT地域活性化大賞2016」大賞/総務大臣賞など受賞。


この体験記を書いてくださった人

** 鷲見 洋之さん|Hiroyuki Sumi** 岐阜県出身。2012年に岐阜新聞社入社。運動担当キャップ、支局長などを務めたのち退社。2017年にタイムアウト東京に入社し、日本語チームリーダーやデスクを務めながら、東京のストリートカルチャーなどを取材。現在はフリーとして活動中。

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第二夜は、2019年1月23日(水)。WeWork新橋で ”かすがい” ましょう。



好奇心旺盛な大人たちが、生ビールとグリーン豆をお供に、気になる人の気になる話を聞いて楽しむ社交場、それが「スナックかすがい」です。いっしょに乾杯しましょう!