この世で待ってろ
「あの世から帰ってきたよ」
3月某日、祖父からLINEが来た。
なんのことだかさっぱりわからなかった。
ぐるぐる頭を回してみても、熱海とあの世を打ち間違えたという奇怪な可能性しか浮かんでこない。
トーク画面をスクショして母に確認してみた。
「じいちゃん、なんかあったの?」
母はすぐ既読をつけた後、なかなか返事を寄越さなかった。
きっと、返答に困っているのだろう。
しばらくして返ってきた文面を見るに、どうやら血液の病気で一時は心臓が止まってしまったが、蘇生してなんとか一命を取り留めたらしい。
だとしたら、熱海みたいな感覚であの世に行ってきた報告をするのはやめてほしい。
こちらの心臓に悪い。
一月後に、大阪という新天地で慣れない生活を控えていた僕を気遣って、自分が倒れたことは伏せるように祖父が家族に申しつけていたらしい。
そのくせ、自分から真っ先にカミングアウトしてしまうのは、なんともじいちゃんっぽいが。
最近は、まだ少し受けるべき検査入院がちょこちょこ入っているらしいが、度重なる入院を愚痴るくらいには元気になったようだ。
僕が大学進学を機に上京してから、じいちゃんと会う機会はグッと減った。
夏のお盆休みの時期と、年末年始くらいにしか帰らないので、顔を合わせるのは年に2回ほど。
ずっとおじいちゃんっ子だった僕にとっては、不気味なくらい少ない頻度である。
じいちゃんとは、よく遊んでもらった。
中学まで続けていた軟式野球。
じいちゃんはよく、トスバッティングの相手をしてくれた。
僕が打ち存じると「下手くそ」とヤジを飛ばしてくるので、その次の球でネットの向こう側に隠れるじいちゃん目掛けて打ってやった。
その甲斐あって、多少なりともバットコントロールは良くなった。
でもそんな事をした直後には、決まって「バット貸せ」と言って、今度はトスをする僕を目掛けてじいちゃんはボールを打った。
とてもじゃないが、孫にする仕打ちとは思えない。
じいちゃんの方がお前より打てると言い張ったり、ボウリング対決なら絶対に負けないと本気で信じていたり、とにかく自分の年齢に見合わない虚勢を張りまくってきた。
しかし、そんな不恰好な虚勢も聞かなくなって久しい。
顔を合わせる頻度が減るにつれて、久々に見るじいちゃんは年相応のじいちゃんになっていく。
今ならもう、トスバッティングでじいちゃんを狙うことなんて怖くてできないし、ボウリングをやったらトリプルスコアをつけてしまう。
倒れて治療を受けたと聞いた時、僕の中で停まっていたじいちゃんの面影が、何倍速もかけて歳をとった。
あの世からの帰還報告を僕にした時、じいちゃんはこんな言葉を送ってきた。
「お前が大学院を出て、何になるのか見るまでは元気でいるからな」
だったら、そうも簡単にあの世に小旅行なんか行くな。
もうちょい時間はかかるけど。
ちゃんと立派になるからさ。
それまでしっかり、この世で待ってろ。
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