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【書評】融通無碍な書評――『経営読書記録 裏』

 読み手から見た「書評の価値」として、本を選ぶための判断基準となる点が挙げられる。

 総務省統計局が実施した調査によると、2022年中に発売された新刊出版物の数は約6万6000冊にのぼるという。ちなみに21年の出版点数は6万9000冊、20年は6万8000冊、19年は7万1000冊だったそうだ。

 毎年6~7万冊、4年間で24~28万の書籍が世に出回るのだ。自分の知的好奇心を満たしてくれる「面白い」本に出合うのは容易ではない。「面白そう」と手に取って読み始めても、「そうでもないな……」と途中で読むのをやめてしまう――。読書習慣を持つ諸氏なら誰もが経験しているはずだ。
 
 そこで、書評の登場である。書評とは数多ある書籍の要点やエッセンスを、1000~2000文字とコンパクトに言語化するメディア。ダウジングを通じて水脈や金脈を探し当てるように、書評というツールを通すことで、真に「面白い」本により近づけるのだ。

 ちなみに、私が信頼している書評家は、著述家の松岡正剛、フランス文学者の鹿島茂、実業家の堀内勉、経営学者の楠木建の4人(この4人を私的に「書評家四天王」と呼んでいる。なお、松岡正剛は8月12日に病没した)。この4人の書評本を押さえておけば、いわゆる「外れ本」を引く確率を限りなくゼロに抑えることができる。

「正直」な書評

 本書はそんな「書評家四天王」の1人、楠木建による書評集である。姉妹作である『経営読書記録 表』と同様、ビジネス書やノンフィクションなど100冊以上の書評を収録。いずれの原書も、微に入り細を穿った視点で原書の要点を抽出し、それを論理的かつ明晰、そして迫力ある文章で言語化している。

 ただ本書は『表』と異なり、主に楠木氏の有料ブログにアップした書評が掲載されている。限られた読者に対して発信していることから、ごく一部の書評では「面白くない」「期待を超えない」と原書を一刀両断している。その理由もストレートに論じる。言葉を選ばず、融通無碍に評する「正直さ」が清々しくて良い。

 本書も『表』と同様、知的好奇心を刺激する珠玉の書評が収録されている。特に、次の書籍は実際に読んでみたくなった。

・児玉博『堤清二 罪と業』
 実業家と文学者という二足の草鞋で名を馳せた堤清二にスポットを当てた一冊。西武グループ創業者・堤康次郎とその妾の間に生まれたという出自と、父や異母兄弟の義明との屈折した関係、複雑な家庭で育ったことの抑圧やコンプレックスが、清二の経営観に大きな影響を与える。3ページ余りの書評だが、清二と堤家、西武グループを取り巻く「狂気」が垣間見える。

・保坂正康『開戦、東條英機が泣いた』
 太平洋戦争前後の政治的・軍事的趨勢を描いたドキュメンタリー。本書から得られる教訓として、楠木氏は次のように評する。「自己陶酔は仕事の大敵。自己陶酔の人だけは信用できません。自己陶酔は趣味でやるべきだとつくづく思います」。

・小野一光『全告白 後妻業の女』
2007~13年にかけて発生した「近畿連続青酸死事件」の犯人、筧千佐子に関するノンフィクション作品。躊躇なく人に危害を与える、いわゆる「サイコパス」は人口の一定層を占めるという。人間の「深淵」に迫る一冊。


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