見出し画像

【書評】「読みたくなる」書評集――『経営読書記録 表』

 著者は一橋ビジネススクール特任教授を務める経営学者。専門は競争戦略で企業が長期的に利益を生むための経営戦略、ビジネスモデルの研究を生業としている。『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『逆・タイムマシン経営論』など、経営専門書を多く上梓している一方、書籍解説や雑誌の書評連載も多く手がけている。

 本書は著者がこれまでに公開した書籍解説、書評を1冊にまとめたものだ。経営学者ということもあり、紹介している書籍はビジネス書が多めだが、なかには歴史書や伝記、ノンフィクションなども評している。その数なんと180超。本書(ならびに姉妹作の『経営読書記録 裏』)を手元に置いておけば、読みたい本に必ずたどりつけること請け合いだ。

 世の中には書評本が多く流通しているが、本書が優れている点は、著者が「面白い」「一読の価値がある」と思った書籍を厳選して紹介しているところだ。スクリーニングがきちんと機能しているのである。「自分が読んで面白いと感じた本でないと解説しない」というのが著者のスタイル。よって、本書に収録されているのは、当代きっての経営学者の眼鏡にかなった書籍のみ。それだけで、本書はもちろん、原書を手に取る価値があると言えよう。

「優れた」書評

 さらに秀逸なのが、微に入り細を穿った視点で原書の要点を抽出し、それを論理的かつ明晰、そして迫力ある文章で言語化している点。原書のポイント、類書と比較して優れているところ、課題、読者が着目すべき点などを網羅して論評しているのだ。

 著者は言う。「僕にとっての優れた書評の基準はただ一つ。『書評を読んだ人がその本を読みたくなるか』だ」。その意味では、本書は「優れた書評」集と言って差し支えないだろう。

 最後に、著者が評したなかで、特に興味をそそられた書籍を3冊列挙しておく。

・白井健太郎『クックマートの競争戦略』
 中部地方を中心にローカルで展開している食品スーパー「クックマート」。競合他社との競争が特に激しいスーパー業界において、同社が取ったのは「他社のまねをしない戦略」だった。クックマートは「業界の非合理を長い時間軸のなかで合理性に転化した」ことで、競争優位を獲得したのである。楠木氏の書評を通じて「競争戦略の神髄」を垣間見たし、実際に同書を手に取り、その神髄をこの眼でじっくり観察したいとも感じた。

・斎藤明美『高峰秀子の流儀』
 大正から昭和にかけて日本映画界で活躍した女優・高峰秀子の生活哲学を綴った一冊。とりわけ印象的なのが、「人気」と「信用」の違いを評したところ。
〈人気は確かに需要のひとつの側面ではある。人気があるときは何でもできる。人気はオールマイティのように見える。しかし、本当にものを言うのは、長い時間をかけて積み重ねた信用の方だ。すぐに役立つものほどすぐに役立たなくなる。人気は自分でコントロールできない。一方の信用は、時間はかかるけれども、自分の手でつくっていくことができる。自分でコントロールできないものに依存するのは間違いなく間違っている――。〉

・松本清張『或る「小倉日記」伝』
暗い・重い・救いがない――。楠木氏の言う「清張三原則」を満たした短編が収録されている。人間の闇や業、矛盾がつぶさに描かれているという点に惹かれた。読むタイミングを選びそうだが、気になる一冊である。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?