運営費交付金に依存する国立大学
1.運営費交付金に依存することはなぜダメなのか
これまで日本では、「運営費交付金に依存する国立大学はけしからん!」と言われてきました。
運営費交付金に依存することはなぜダメなのでしょうか?
代表的な4人の論客の主張を見ていきましょう。
パソナグループの竹中平蔵会長は2009年にこのように述べていました。
運営費交付金に依存していると世界一になれない、ということのようです。
同様の主張を経団連の根本勝則理事もしています。
2017年、未来投資会議の構造改革徹底推進会合での発言です。
運営費交付金に依存しないことで、国際競争力の高い経営を実現できると考えているようです。
このように、「運営費交付金に依存しないこと」と「国際競争力」を結びつける主張は過去にもしばしば見られました。
京都大学の依田高典教授は自身のTwitterで以下のように述べています。
運営費交付金に依存していると世界と伍すことができない、ということのようです。
某医療系大学のT学長は「財の独立なくして学の独立なし」と主張し、大学の独立採算化を目標として掲げています。
運営費交付金に依存していると「学の独立」が実現できない、ということのようです。
独立採算実現を目指して改革を進めていることが学長選考会議から高く評価されています。
以上のように、国立大学が運営費交付金に依存することがダメな理由として、
・世界一になれないから
・国際競争力の高い経営ができないから
・世界と伍すことができないから
・学の独立が実現できないから
といったものがあげられています。
一つ押さえておかなければいけないことは、これらの主張には何らかの根拠があるわけではなく、あくまで個人の思想や主観に基づいているということです。
では、国立大学が運営費交付金に依存することについて、科学的にはどのようなことが言えるのでしょうか?
2.国立大学が運営費交付金に依存すると、日本の科学が発展する
昨年、国立大学・国立研究開発法人などの研究や資金獲得のデータを関連づけるウェブツールe-CSTIによるビッグデータ解析で、科研費や運営費交付金交付金の有効性が示されました。
この研究では、研究費というインプットと、論文というアウトプットを、研究者個人を結節点として紐づけ、定量分析を行っています。
内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局 参事官(エビデンス担当)の宮本岩男さんのお仕事です。
こちらで報告資料や動画を閲覧することができます。
論文数を研究費1000万円当たりでみると運営費交付金は3本強、科研費は5本強、その他の競争的資金は1本強という結果です。
被引用数や、トップ10%・1%論文でも、競争的資金の論文数の少なさが顕著であることが報告されています。
したがって、投入された研究資金に対して論文を何本出せたかということを「論文生産性」と捉えると、論文生産性が高い予算は科研費、次いで運営費交付金であり、その他の競争的資金は相対的に論文生産性が低いことがわかります。
この研究は、日本の研究アウトプットを増やすためにどのように予算を設計するのが効果的か、重要なエビデンスを提供しています。
エビデンスに基づいて、
・科研費の採択率を上げ、一件あたりの額を増加させる
・運営費交付金を増額する
といった施策をぜひ進めてほしいです。
日本科学研究の発展に大きく寄与するでしょう。
国立大学が運営費交付金に依存することについて、科学的にはどのようなことが言えるのか。
その答えとして、『国立大学が運営費交付金に依存すると、研究アウトプットが増え、日本の科学が発展する』と言えます。
ここで疑問がわきます。
なぜその他の競争的資金は論文生産性が低く、研究アウトプットにつながりにくいのでしょうか?
3.競争やインセンティブ付けには功罪と適応がある
なぜ「その他の競争的資金」は、論文生産性が低く、研究アウトプットにつながりにくいのか。
それを考えるヒントが、競争に関する研究、『やる気に関する驚きの科学』にあります。
こちらのTEDトークは、競争・インセンティブ付けに関する実験をいくつも紹介しながら、競争が思考の柔軟性を奪うことに関してわかりやすくプレゼンしています。
要点は以下です。
・競争が機能するのは、単純なルールと明確な答えがある作業(ルーチン的、ルール適用型の仕事)
・報酬は視野を狭め、心を集中させる
・クリエイティブで、考える能力が必要な仕事には、競争・報酬は機能しない
競争主義的な政策が大学において機能していないこと(むしろ弊害が大きいこと)は、大学改革の議論において指摘されてきました。
前述の『やる気に関する驚きの科学』を踏まえれば、「その他の競争的資金」の論文生産性が低いことや、競争主義的政策が大学において機能しないことは頷けます。
大学や研究機関が担っている研究という仕事は、『単純なルールと明確な答えがある作業』ではなく、『クリエイティブで、考える能力が必要な仕事』だからです。
いわば、競争の適応範囲外です。
こちらの記事では、大型の競争的資金が機能していないことを、実体験に基づいて指摘しています。
4.意思決定に根拠を
今、私たちは競争が驚くほど狭い範囲の状況でしか機能しないことを知っています。
競争が有効なのは、単純なルールと明確な答えがある作業であり、クリエイティブで考える能力が必要な仕事(例えば研究)には機能しない。
競争は万物に適応できる万能薬ではありません。
競争は確かにルーチン的、ルール適用型の仕事には有効でした。
しかしだからといって、他の仕事にも有効とは限らないのです。
「ひとつの例がすべてに当てはまる」という思い込みを、ハンス・ロスリングはパターン化本能と呼びました。
回復体位(うつ伏せ寝)が赤ちゃんに有効でないこと(むしろ突然死のリスクを高めること)が医学的に示されているのと同様に、競争はクリエイティブな仕事には機能しないということが既に科学的に示されているのです。
前述した4人の論客は、「国立大学が運営費交付金に依存すること」を非難します。
しかし、内閣府のe-CSTIによるビッグデータ解析は、運営費交付金の論文生産性の高さを示しました。
逆に、『その他の競争的資金』は低い論文生産性を示しました。
クリエイティブで考える力が必要な「研究」という営みには、競争的資金は機能しにくいのです。
科学的解析と現場の実感が共に示唆しているのは、『国立大学が運営費交付金に依存すると、研究アウトプットが増え、日本の科学が発展する』ということです。
この20~30年の日本の研究力低下の背景に何があるのか、顧みる必要がありそうです。
こちらの記事でも書きましたが、日本の研究力低下が、エビデンス軽視・データ軽視の姿勢に起因するように思えてなりません。
今後は、国や大学の意思決定層が科学的根拠に基づいた決断をしてくれることを期待します。
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最後までお読みいただきありがとうございました!
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