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【小話】ば

 暑い!尋常じゃなく暑い。


 どうもさめしまです。透明少女じゃないですが、気付いたら夏だったですね。通勤とかちょっと外出ただけでもう汗みどろでございます。これでもまだ夏本番よりは気温低いはずなんですが、身体が暑熱順化できてないということで、この時期は熱中症のリスクが非常に高いそうです。皆様もくれぐれもお気を付けを。水飲んで塩飴。そしてちょっと休憩がてら一席お付き合いいただければと。

 この時期になると思い出す話です。僕が前に居た会社なのですが、オフィスの給湯室に冷蔵庫がありまして、自由に使っていいということになっておりました。めいめいにお弁当とか買ってきたペットボトルとか入れるわけですが、夏になるとペットボトルがやっぱり増えましてね。しかもだいたい皆ビルに入ってるコカ・コーラの自販機のアクエリアスとかいろはすとか買うもんですから、もう見分けがつかないんですね。更に入れたまま数日放置する輩もいたりで、冷蔵庫の中が収拾のつかないことになりまして。そこで弊社ではルールが設定されました。「買ったペットボトルのフタにはペンで名前を書くこと」。

 まあよくあるルールだと思います。サインペンも冷蔵庫のとこに置いてありますんで、書いてなかったら捨てるからなってことでみんなも僕もそこは律儀に名前を書いていたんですが、ある日事件が起こりまして。

夏の日の朝礼だったと思います。支社長が綾鷹のペットボトルをおもむろに取り出しましてね、「このペットボトルが最低でも1週間くらいは冷蔵庫に放置されてた」とおっしゃる。あ、書いてなかったですがもう一つルールとしまして、買ったペットボトルはその日のうちに飲み切って捨てるということがありまして。当たり前ですよね不衛生ですしスペースも取りますから。「誰ですか~ちゃんと流しに捨ててください~」ってね、支社長もそんなに怒ってるトーンではなかったです。支社長というと偉そうだけど事務所の規模感的には課長くらいの感じで、オカンみたいな細かいおっさんでしたね。


で、ここからが問題なんですが、そのペットボトルのフタにはちゃんとペンで名前が書かれてたんですよね。


「ば」


・・・いや誰やねん!
 普通ね、「田中」とか書くと思います。まあ漢字でちゃんと書くの面倒な感じなら、それでもせめて個人が分かるイニシャルとかにしたと思います。でも、当時の弊社には「ば」から始まる苗字・名前の人はいなかったんです。さらに言えば、あだ名が「ばっさん」みたいになりがちな、「大場」みたいな苗字の人も居ませんでした。パッと思いつく限り「ば」にアイデンティティーを持ってそうな人はいなかったんですね。

「この『ば』って誰ですか、名前ちゃんと書いてください」って支社長が呼びかけるんですが、みんな顔を見合わせるばかりでやはり誰も名乗り出ない。最初は軽いノリだった支社長の怒りのボルテージが少しずつ上がってきましてね。「小学校じゃないんだから早く名乗り出て」「おい誰のやこれは!」「ヘラヘラしとんとちゃうぞ!!!」と電気ケトルのような速度で沸騰。こういう細かいオッサンがキレると怖いのよね。逆に一同には気まずい沈黙が流れる。(誰だよこれ・・・早く名乗り出ろよ・・・)とみんな思ってたでしょう。僕もそう思ってたんですが、その時さめしまに電流走る。

・・・これ俺じゃね?と。


 僕も名前に「ば」は入っておりません。しかしながらですね、僕が長年使ってきたハンドルネームが「ばはしゃー」でして。「ば」の文字はわりとご縁があるのです。でも普段はちゃんと「鮫」みたいな感じで苗字の頭文字書いてるんですよ。
ただ少し画数が多い。覚えてないけど、なんか暑くて面倒になって、自分が分かればいいやと思って瞬間的に「ば」と走り書きした可能性が微粒子レベルで存在する?言われてみれば綾鷹はよく買うしなんか既視感もある。

でもね、覚えてないんですよこれが。決定的な記憶が無い。せめて「ば」の文字をちゃんと見れば筆跡で分かりそうなものですが、あいにくと僕の位置からはよく見えない。文字見せてください、とか言おうものならもう心当たりあると自白しているようで状況的に犯人確定になってしまう。ここまで黙っていた以上犯人にされてしまうと上司からの評価ダウンは免れないであろう。

そして結局覚えてないのだ。うん、それなのに損な立ち回りをすることもない。知らぬ存ぜぬ、鉄のダンマリ、OK。と数秒間の自分会議で結論付けた時でした。

すいません、僕のかもしれません」

そう名乗り出て、進み出る男性社員が一人。勇者現る。
あ!そういえば!とみんななりました。その人苗字の中に「ば」が含まれてたんですね。ただ頭文字とかお尻とかではなく、間に挟まる形で普段特に「ば」がフィーチャーされることはありませんでした。珍しい苗字で、出したら特定されるかもなので、ここでは「手羽元さん」としておきましょうか。手羽元のすっぱ煮が食べたい。


手羽元さんは僕の部署の先輩にあたる方で、中途で入ってきた僕に手取り足取りついてくれたナイスガイです。仕事ぶりも真面目で上司からの信任も厚かったと思います。そんなテバさんが犯人だったなんて・・・、いや犯人というほど重罪でもないんですが、この空気感だったらもう黒タイツの真犯人です。

「どうしてすぐに言わないんや!」支社長の一喝が飛びます。支社長は関西の人なのでほんとはもうちょいドスの利いた関西弁でテキストでは再現しにくいのですが怖いです。
「自分のかちょっと分からなくて・・・」「ばって付くの自分しかおらんやろがい」みたいな感じで詰められるテバっち。

「黙ってれば話が流れて済むと思ってたんやろ、俺はそういうズルいことは許さんからな、分かるまで話すぞ!」と支社長。「そもそもこういうことを言い出せない職場の雰囲気がよくない」とか「真実は細部に宿る」「一事が万事」とか格言を持ち出して仕事全般の話に広がってまいりまして。うわこれクソだるいやつやん・・・と朝一発目からげんなりする一同。

結局一連の流れに20分ほど費やしたところで、「すいません、洗って捨てます」と手羽元先輩が言いまして、「ちゃんとルール守れよ」「ミスした時こそ報連相」などと訓示して、ようやく支社長のお話が終わりました。

 まあね、クドクドお説教垂れる支社長もめんどくさいんですが分かる話ですよね。こういうクッソしょうもない事で嘘つかれるとほんと腹立ちますからね。で、こんなことを言えない人が会社でやべえミスしてすぐ報告するかって言うと、難しいでしょう。

冒頭で小学校じゃないんだぞて言ってましたが、結局社会出て問題になるようなことって学校でも教えてるんですよね。ウソはつかないとか提出物は期限守るとか。「社会と学校は違う」なんてのもよく言う言葉ですが学校て社会の縮図ですよね。クラスカースト上位に居た奴、頭良くなくてもだいたい社会でもうまくやってるもんな。


まあ手羽先は普段は優秀なので、それこそ魔が差したというかタイミングを逃したんでしょう。誰にでも起こりうる話だとは思うので、自戒の意味を込めてこの話を残しておくことにします。

ところで、後ほど給湯室で捨てられた綾鷹の「ば」を確認したら、おもっくそ自分の字でした。手羽先の唐揚げが食べたいね。




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