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【来日記念】Hip-Hopの詩人、Nasのリリック世界を最新和訳MVで体感しよう。歌詞解説 by 池城美菜子

 2024年は90年代Hip-Hopを代表する名盤、ナズ『イルマティック (Illmatic)』のリリースから30周年!さらに、9月には待望のジャパン・ツアーが開催。ここ日本でもラップがこれまでになく広範な人気を集めるなか、レジェンド中のレジェンドであるナズの来日を心待ちにしていた方は多いのではないでしょうか?

 そんななか、10年ぶりとなる来日を記念して、代表曲4曲の和訳字幕入りミュージック・ヴィデオがナズの公式YouTubeから公開されました。知恵と技巧が凝らされたHip-Hop史上最高峰のリリックを、最新の日本語訳で体感することができます。

 こちらのnoteでは、4曲のリリックの背景にある文脈や哲学、登場する固有名詞やワードプレイについて、今回の歌詞翻訳を手掛けた池城美菜子さんがわかりやすく解説。名曲を深く楽しみたい方はもちろんのこと、ナズや洋楽Hip-Hopに興味がある初心者の方も、入門編としてぜひお楽しみください!



The World Is Yours [1994年リリース]

  「世界は君のもの」。この前向きな言葉の響きに騙されてはいけない。94年にヒップホップ・ゲームを大きく変えたアルバム『イルマティック 』は、10代ですでに年季の入ったドラッグ・ディーラーだった殺伐とした日々を綴る内容だ。当時の人気プロデューサーが大集結したサウンドと、主人公のギリギリの精神状態がリアルかつ文学的に語られる。無傷で20歳になったことを喜び(「ライフ・イズ・ア・ビッチ (Life's a Bitch)」、運悪く刑務所に入った仲間たちへ手紙を書く(「ワン・ラヴ (One Love)」)。

Nas 『Illmatic』(1994)

 「ザ・ワールド・イズ・ユアーズ」という曲名の着想は、83年のマフィア映画『スカーフェイス』から。アル・パチーノ演じるトニー・モンタナのモデルは、禁酒時代に悪名を馳せたアル・カポネである。映画の中でトニーが目にする「世界は君のもの」のサインが、同じく犯罪を重ねるナズの頭を掠めるラインがあるのだ。ラッパーとして大成して家族を養う生活が待っているのか、トニーのように栄華を究めた後に非業の死を遂げるのか。いずれにしても、文無しだけは嫌だと強調する。ほかに自分の必死さを重ねるのが、同じクィーンズ出身の大物ドラッグ・ディーラー、パピー・メイソンなのだから、仲間たち同様、塀の中に入る危険と隣り合わせの、ストレスの多い青春を送っていたのが伺える。

『イルマティック』の時期のナズ  📸Danny Clinch


 もう一つ、重要なラインがこちら。

I’m out for Presidents to represent me / I’m out for dead Presidents to represent me
(俺を代表してくれる大統領なんていない / 俺が求めている大統領は 札束に印刷された死んだ大統領だよ)

Nas - The World Is Yours 

 アメリカの札には歴代の大統領が印刷されている。だが、その全員が白人で自分を代表する存在ではない。だからこそ、生身の指導者(=世のシステム)には期待せずに金儲けに励む、とラップするのだ。これを、「dead」の一言を足しただけで言い換えたところにナズの天才が光る。『イルマティック』が出てきた当初、そのスタイリッシュさとなんとも言えない暗さに驚いた。過酷な10代を過ごしたナズはトニーとは違う人生を歩み、14年後に自分と同じ肌色の大統領を目にすることになる。

It Ain't Hard to Tell [1994年リリース]

  『イルマティック』を締める曲にして、事実上のファースト・シングル。先駆けること92年に「ハーフタイム (Halftime)」がリリースされているが、アルバムの発売を盛り上げる意味でのシングルはこちらになるからだ。自分がいかに優れているかをラップする、いわゆるブラガドシオ(buraggadocio)の曲である。ちなみに、ヒップホップ用語の「自慢する=ブラグ」の語源はこれだ。

 英語の教科書に出てこない「ain’t(エイントゥ)」はis not, am not, are notのどれでも使える否定系。ただし、スラング。「当然だろ (It ain’t hard to tell)」とナズが言っているのは、自分のラップの能力だ。銃やハッパ、好きな映画(この曲では『シャイニング』と『コブラ』)を出しながら、細かくワードプレイを披露して聴き手を唸らせる。目立った歌詞を解説しよう。

Nas is like the Afrocentric Asian: half-man, half-amazin'
(ナズはアジア大陸で生まれた黒人みたい 半分人間で半分は神)

Nas - It Ain't Hard to Tell 

 これはイスラム教から独自発展した5パーセンターズの教えに沿って、最初の人類はアジア大陸で生まれた肌の黒い人間だったと主張する。ナズはイスラム教徒ではないが、当時、ニューヨークでもとても流行っていた5パーセンターズの教義に影響を受けていた。

I drink Moët with Medusa, give her shotguns in Hell
(メデューサともモエのシャンパンを飲むよ 地獄で彼女の顔にハッパの息を吹きかける)

Nas - It Ain't Hard to Tell

 メデューサは、ギリシャ神話の目が合った相手を石化する怪物。「In hell 」は吸い込むの「inhale」をもかけている。神話のほかに「イソップ童話」も出て来る。学校を中退しても、博識なのだ。

Nas, I analyze, drop a jew-el, inhale from the L
(ナズ 俺は解析して 宝石のような言葉でポカンとさせ 巻いたのを吸い込む)

Nas - It Ain't Hard to Tell

 宝石(jewel)のような言葉で、顎(jew)を開けっぱなしにする、つまり驚かせるとラップする。3語にこれだけ意味を詰めるのだから、やはり天才だ。曲そのものはブロンクスのラージ・プロフェッサーらしいストレートなブーンバップである。

If I Ruled The World (Imagine That)[1996年リリース]

https://youtu.be/CBncKxJ1rMo

  近年、再評価が高まっているセカンド・アルバム、『イット・ワズ・リトゥン (It Was Written)』からのリード・シングル。この曲の解説では少し、筆者の自分語りを赦してほしい。「西海岸のギャングスター・ラップの勢いに押されて、ナズもマッチョなアルバムを作った」とか。「アートフォームに忠実だったファーストに比べてセルアウトだと評された」とか。30年近く経って、巷で流布している定説に違和感があるのだ。後者のセルアウト説は、たしかに当時もあった。でも、それは雑誌や評論家気取りのファンの間での言説だったはず。95年に筆者が移り住んだニューヨークでは、煌びやかなタイムズ・スクエアで撮影されたこのMVとセットで大流行していたし、ナズはまちがいなく崇められていた。とくにこのMVはクィーンズのナズとフージーズの紅一点として一身に話題を集めていたローリン・ヒルとの組み合わせがフレッシュに映った。MTVを始めとしたミュージック・ヴィデオ専門局でもラジオでもヘヴィロテで、フレッシュなふたりはメジャーになりつつあったヒップホップ・カルチャー新章の「顔」でもあった。

Nas 『It Was Written』(1996)

 曲を作ったのは、セカンドをほぼ手がけているトラック・マスターズ。『イルマティック』で将来を不安視していたドラッグ・ディーラーの若者は、デビュー作が歴史を塗り替えるほど大成功したため、ラップ1本でやっていけることを確信。93年に亡くなったばかりだった大富豪のコカインの帝王、パブロ・エスコバルのペルソナを借りるほど自信がついていた。だから、「If I ruled the world(世界を回すのが私なら)」とローリンが歌うコーラスは、ナズが声を合わせると「世界を牛耳るのが俺なら」という強めの響きになる。

If I ruled the world (Imagine that) / I'd free all my sons 
世界を回すのが私なら(思い描いて) 黒人の仲間全員を釈放する

Nas - If I Ruled The World (Imagine That)

 まず、「I'd free all my sons(黒人の仲間全員を釈放する)」という歌詞で、前作からナズがこだわっているテーマがあまり変わらないことがわかる。みんなで勝ち上がって、豊かな暮らしを夢見るリリックには「ワールド・イズ・ユアーズ」のときよりは光が差しているものの、それはタイムズスクエアのネオンのように儚く、人工的だ。なにしろ、黒人やラティーノの男性ばかり狙う警察機構とそれを許す「システム」を変える話なのだから。釈放された同胞を「アフリカまで連れて行く」というラインは、ボブ・マーリーも信じていた汎アフリカ主義に則ったもの。ちなみに、このヴィデオを撮影したハイプ・ウィリアムスが監督したDMXとナズがダブル主演の映画『BELLY 血の銃弾』でもアフリカを夢見ていた。

I'd open every cell in Attica, send 'em to Africa
アッティカの刑務所全部を開放して アフリカまで連れて行ってやる

Nas - If I Ruled The World (Imagine That)

 ナズの二面性が出ているのは、MVの冒頭で「ザ・メッセージ (The Message)」の冒頭を入れている点。このアルバム全体で、ショーン“パフ・ダディ“コムズと組んだ『レディ・トゥ・ダイ』で脚光を浴びたノトーリアス・B.I.G.ことビギー・スモールズをライヴァル視し、「ニューヨークの王は一人でいい」と牽制している。これを自分に宛てていると勘違いして怒ったのが2パックであり、事態がややこしくなる。そして、直後にふたつの悲劇が続く。

Nas Is Like [1999年リリース]

https://youtu.be/tH9JTgfQFc8

 デビューから4年、ヒップホップを巡る状況は激変していた。ナズがヒップホップのメッカ、ニューヨークで誰がキングかを競っている間に、世界中でリスナーが爆発的に増え、大手レコード会社はつぎの金が成る木を探してヒップホップ・レーベルを傘下に入れたり、多額のプロモーション費用をかけたりするように。サード・アルバム『アイ・アム‥ (I Am…)』のアートワークは興味深い。デビュー作では7歳児だったナズが2作目で実年齢に追いつき、3作目でいきなりエジプトの王、ファラオになっている。アルバムの内容も売れ線で、最先端だったプロデューサーのティンバランドと、彼を世に送り出したアリーヤと組んだり、先述のように一緒に映画デビューを果たしたDMXを招いたりして意表をついた。

Nas 『I Am…』(1999)

 だが、やはりファンが喜ぶのはDJプレミアとのタッグの、この曲だった。鳥のさえずりを使用したどこか爽やかなループに乗り、「ナズとは‥」とひたすら自分を定義する曲である。単なるブラガドシオのラインが目立つが、あ、自分をこうやって見ていたんだ/こう見てもらいたいんだ、と改めて気づく箇所もある。まず、マーケットが広がろうと自分の音楽を届けたい層をはっきりラップしている。

Street scriptures for lost souls in the crossroads 
To the corner thugs hustlin' for cars that cost dough
(ストリートの聖典だ 十字路で迷った人たちへの 高級車のために街角でヤクを売るちんぴらへの)

Nas - Nas Is Like

 自分は、「半分人間 半分神(half-man, half-amazin')」と大きく出つつ、やはり「(Nas is like...) Iron Mike, messiah type(マイク・タイソンみたいな 救世主タイプ)」、「I'm a poor man's dream, a thug poet(俺は貧者の夢 ちんぴらの詩人)」とならず者感を強調する。

 20代前半だったとは思えないほど、老成している面があるのもナズの特徴だ。金持ちになることに固執しているのに、「But what's it all worth? Can't take it with you under this earth(結局すべて何の価値があるんだ? 死んで埋められても持っていけないのに)」と達観する。個人的に好きなラインは、「Much success to you, even if you wish me the opposite(お前が成功するといいな 俺には逆のことを願っていても)」。これは、セカンド・アルバムまではあまり見られない姿勢だ。この間にライヴァル視したり、されたりの間柄だったビギー・スモールズと2パックの死があったからかもしれない。

 最後に、日本でくすぶりつづける「ナズなのかナスなのか問題」について。この曲の「Nas is」の箇所を聴くと「ス」に聴こえるので、筆者は「ナスと呼びたい派」なのだが、じつはアメリカでも混在しているし、レコード会社の決めた表記に準拠したほうが長年のファンは読みやすいだろうと思い、本稿では「ナズ」表記にしている。2010年代後半からの連作も聴きごたえがあったし、日にちが迫っている来日公演が楽しみでしかたがない。

解説・歌詞翻訳 / 池城美菜子

名作『Illmatic』がカセットとアナログで奇跡の復刻!


●『ILLMATIC【完全生産限定盤/カセット】 
2024/9/4 Release 価格2,000円(税込)SITP-3 

※完全生産限定盤
※国内盤限定
※ホワイト・カラー・カセット仕様
※外箱スリーヴ付
※日本語解説付 
 
●『ILLMATIC【完全生産限定盤/アナログ盤】《 CLEAR VINYL》】 

2024/9/4 Release 価格4,800円(税込)SIJP-189
※完全生産限定盤
※2021年発売輸入盤国内仕様
※歌詞・対訳・解説・巻き帯付き

Nas 日本ツアー各ライヴの終演後にはセットリストプレイリストが公開!

Nasの名盤『イルマティック』30周年を記念した待望の日本ツアーから、9月18日大阪ZEPP NAMBA、9月20日横浜KT ZEPP YOKOHAMA、9月21日Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2024の3公演のライヴセットリストを各日の終演後に公開いたします。プレイリストはネタバレ無しで事前フォローも可能!

・Nas 9.18 WED 2024 OSAKA SETLIST

・Nas 9.20 FRI 2024 YOKOHAMA SETLIST 

・Nas 9.21 SAT TOKYO Blue Note JAZZ FESTIVAL SETLIST

【注意事項】
※終演後、セットリストの反映までにお時間をいただく場合がございます。
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※サービスによって反映のタイミングが前後する場合がございます。
※セットリスト化の対象サービスは予告なく変更になる場合がございます。

『Illmatic』発売30周年記念スペシャル・ライブ単独公演詳細 
※両日ソールドアウト

大阪 9月18日(水)  ZEPP NAMBA
OPEN 18:00/ START 19:00
※未就学児(6歳未満)入場をお断りいたします。
INFO: キョードーインフォメーション 0570-200-888

横浜 9月20日(金)  KT ZEPP YOKOHAMA
GUEST:YENTOWN
OPEN 18:00/ START 19:00
※未就学児(6歳未満)入場をお断りいたします。
 INFO: クリエイティブマン 03-3499-6999

Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2024 詳細

ブルーノート・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパン 2024
[⽇程] 2024年9⽉21⽇(⼟)、22⽇(⽇)開場12:00 開演13:00(両⽇ともに)
[会場] 有明アリーナ(東京都江東区有明1丁⽬11番1号)
[出演] NAS/PARLIAMENT FUNKADELIC FEAT. GEORGE CLINTON/CHICAGO/SNARKY PUPPY
and more…
※Nasは21⽇(⼟)に出演
INFO: クリエイティブマン 03-3499-6669