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子供の頃の夢に現実が近づいてた話

思ってもみなかった。夢がいつのまにか自分にとってどんどん現実味を帯びているから。

私の欧米への憧れっていうのはハリーポッターから始まった。それが今、この文章を書いてる私は、Elephant HouseというハリーポッターをJKローリングが書いていた場所でブランチを食べ終わったところだ。

エジンバラはハリーポッターを感じさせてくれる街並みがずーっと続いていて、到着した初日は雰囲気がありすぎて逆にこわかったくらいだ。それが今は見慣れた日常の景色になった。なんの違和感もなく、この街を早歩きで歩く自分がいるのだ。

時は遡り、小学校6年生の時の話。うちの家庭にはサンタさんは小学校の間しか来ないので、最後のチャンスに何をお願いしようかなと考えていた。かわいくない小6の私は、自分じゃ絶対買えないものにしようと思い、「ハリーポッター全巻」という大人買いをサンタさんにお願いした。これを暴露するのは少し恥ずかしいのだが、小4か小5まではサンタさんを信じているほどピュアでファンタジーなどが好きな子供だった。だから小6でサンタさんの存在についてピンときてしまったときに、日本語バージョンの大きいハリーポッターの本全巻を頼んでしまった。これを読んで、熱しやすい私はすぐにハマり、ハリーポッターの大ファンになったのだ。小6の私が見つけた夢、それは、ハリーポッターのテーマパークに自分の力で行くこと。このために私は英語の勉強の必要性を感じたのだった。

それまでは、帰国子女だが日本人学校に通っていたし、英語なんて自分の名前しか言えなかった。そんな英語力底辺の私は、中学生になると同時に香港でインターナショナルスクールに通わせてもらった。理由はいくつかあるのだが、ハリーポッターが大きなモチベーションになっていたのは間違いないだろう。将来アメリカのオーランドのUniversal Studioに行って、英語でコミュニケーションを取るんだって。決めていた。もちろん、最初の頃は授業も周りの子たちの会話も何一つ分からなかったけれど、時が経つにつれて少しずつ分かるようになって、聞き取れるようになった。喋れるようになるにはさらに時間がかかったけれど、気がつけば高校も中国で通うことになった。中国語という壁にぶつかったのは余談なので置いておくが、中国で通った高校はアメリカの教育システムを導入していたので、結果的にアメリカに渡るという選択肢は必然だったのかもしれない。

ハリーポッターがきっかけで英語を始めた。それに加えて中学生になって私が夢を見たのは宇宙だった。いつからか宇宙の画像をみて、その美しさの虜になり、宇宙兄弟を読んで、宇宙開発に携わろうと思うようになった。それこそNASAで働きたいって思ったのが、アメリカの大学進学への大きなモチベーションだ。

気がつけば学部三年生。がむしゃらに進んでいたら、天文物理の研究をするためにスイスまで来ていた。さらに物理を他の大学で違う教育システムの下、学んでみたいと思い、今はスコットランドにたどり着いたわけだ。偶然か、必然か。ハリーポッターのことは、実はこれっぽっちも考えてなかったような気がする。しかし、イギリスまでやってきていて、まるで昔夢見ていた景色が目の前に現実として広がっているのだ。赤い電話ボックス。石でできたストリート。夢じゃ...ない。

気づけば自分の中の大きな軸になっていた。オーランドに行くのは夢ではなくとても現実的な目標で、自分の力で行かないと意味がないので、きちんと独り立ちしてから行くって決めている。大阪のユニバもハリーポッターという夢を日本語で壊されるのが嫌なので、まだ行っていない。夢は叶えてしまったら終わってしまう気がして、まだオーランドに行くまでにはかなりかかりそうだ。でも今週末はスコットランドのハリーポッターツアーに参加することになっている。

ふと自分を見つめ直すと、ハリーポッターを英語で読むっていう最初の目標も、英語で映画を見るって目標も達成できる能力があるところまで自分が成長していた。いつのまにか夢ではなくなっていたのかもしれない。夢や目標は届かないところにあるからキラキラして見えて、自分の中でギラギラと燃えるものがある。それが、こんな風になんの違和感もなく自分のなかで普通になるのは、凄いことなんだと思う。それなのに、なんだか...儚い。

もっと夢を見たい。上を見たい。そう願うからなのか、また私は自分探しのステップを踏んでいる。目指したいのは、どこか。何をするべきか。何をしたいと思うのか。心がワクワクする方向へ....。

今学期、この物語の中のような街で暮らして何かヒントを掴めるといいな。


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