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短編小説「母親の呪縛。」

小学生の頃、図書室で読んだ世界の偉人、いわゆる伝記を知り、世の中にはこんなにも素晴らしく活躍した人たちが居ること、そしてその人たちの生い立ちに触れることができるシリーズ作品に夢中だった。私が見ている世界、現実からは到底、想像もつかない世界が本の中には広がっていて、だからこそ惹き込まれる魅力がどの本にもあった。

小学生になり、友人ができ、他の家族や生活を知るようになり、見れる世界が広がると、うちの家庭は中の下くらいなんだな、と自覚するようになった。両親は共働きで、その共働きも、いわゆる専門職としてバリバリ忙しくというものではなく、働かざるを得ないから働くという状態であり、学校が終わって帰るのはいつも誰も居ない自宅であった。
おおよそ、どの友人の自宅に遊びに行っても母親は在宅していることがほとんどで、うちは普通とは違うんだ、と早くから自覚するようになった。
下に兄弟がいたこともあり、必然的に私の立場や在り方は確立されていった。

現実を理解し、受け入れてはいたが、他を羨ましく思わずにはいられないことも多く、だけど小さな自分にはどうすることもできず、ましてやどうしたらいいのか方法も術も分からず、変えようのない小さな世界で生きていくしかなかった。
大人のいうことが全て正しく、そういうものなんだと疑うことを知らない子供の私は、両親のいうことだけが真実であり事実、それ以外の何ものでもないと信じ切っていた。
両親、としたが私を取り巻く環境に一番の影響を与えたのは紛れもなく母親のみだった。

「あなたは一番上なんだから、しっかりしてもらわないと」
「お母さんはできないこともあるから、変わりになってもらわないと」
「将来は家のためにも、協力してもらわないと」

私は、そういう存在でなければならないんだ、と知らずしらずのうちに母親の言葉に洗脳され、呪縛のように私に付き纏っていた。
当時の私は、まだその事に気付いていないため、苦痛とは思いもせず。
ただ、理由はよく分からないが現実から離れたいという本能的な衝動から、とにかく本が読みたい、空想や想像の世界に入り込みたいと常に思うようになっており、母親の呪縛の言葉を聞けば聞くほど比例するように本を読む量が増えていたのが、私の中学生までの話。

高校生となり、見える世界は格段に違っていた。
コミュニティが増え、関わる人たちも増え、本からの得る刺激とは全く別物の刺激を得ることで、徐々に私の思考回路も変化するようになっていった。
アルバイトができるようになり、自分で金銭を稼ぐことの幸福感を初めて知り、もう自分は子供ではないんだ、と勝手に思い込んでいた。
相変わらず、母親の呪縛は解けずにいたし、バイト代も全てではないにしろ母親に渡すことに何の疑問も持たずにいた。
今思えば、この頃から少しずつ違和感を抱き始めてはいたのだ。

有り難いことに、高校からその先の進学まで奨学金が使える成績を持ち合わせており、無事に就職までたどり着くことができた。
就職後、ひとり暮らしを始めていたが、それでも母親は自宅への生活費を求めていた。この頃には、もう母親は仕事をほとんどせず、私の収入をあてにしている言動が明らかであった。
最初の頃は仕方ない、と思っていたのだが、段々に違和感を覚え、ついに私は気付いてしまったのである。


”どうして、私はいつまでも母親の言いなりなのだろうか。”


小さい頃から当たり前のように刷り込まれていた言葉たちにより、作られてしまった私の存在意義を疑うことなく受け入れてきた。
しかし、それは母親が造作した、母親が望む私の姿。
私がそれを望んだわけではない。
子供のうちは、その判断が付かず、違和感にも気付けない。
家族なんだから、上の子なんだから。
家族も上の子という立場も、自分では選べない。
好きでこの家族を、上の子という立場を選んだわけではないのだ。
選んでないことを理由として取り上げられても納得ができない。

もう子供ではない私ははっきりと気付いていた。
私は家族のために、母親のために働いているわけではない。
家族であっても、一人ひとりは独立していることが当たり前であり、そっちの方がよっぽど普通であるということ。

見えない糸で繭玉のように包まれていた私は、殻を破る道具を持ち合わせ、壊す術を身に着けた時、ようやく母親の呪縛から解き放たれた。

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