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歯医者の診察券…それ大き過ぎませんか?【エッセイ】

80歳ともなれば毎日忙しい。
何がそんなに忙しいかと言えば、

内科に行く日
眼科に行く日
整形外科に行く日
歯医者に行く日
整体に行く日
リハビリに行く日
デイサービスに行く日

このローテーションに加えて

散髪に行く
買い物に行く
銀行に行く
墓掃除に行く
スポット予定が入って来る。

見事にスケジュールがいっぱいである。

実家のリビングの1番目立つ場所に、大きなカレンダーが掛けてある。


カレンダーのメモ蘭は、父と母の2人分のスケジュールでビッシリ埋まっている。

忘れないようにと、大きな字で母が書き込んでいる。

一目瞭然でパッと見たらすぐ分かる、良いアイデアである。

ある日、私は用があって実家に帰った。
リビングに入るなり違和感を感じた。
カレンダーの今月の一枚が、くちゃくちゃのシワだらけで浮いている。
よく見たら、上がセロテープで止めてある。

『何じゃこりゃ?』

妙な家になって来た。

しわくちゃにした犯人の目星は付いていた。

母に尋ねてみた。

5日前のこと、父は歯医者に行くと言って家を出た。
その直後、母がリビングに違和感を感じた。

『あれっ?今月のカレンダーが無い〜』

引きちぎられた形跡を見て、

『お父さんの仕業や』


何やら腹の底がフツフツして来た。

カレンダーを破った理由を聞かねばならぬ。
この時点で母は、父がカレンダーの裏に何か書くつもりで破ったと思っていた。

父の帰りを母はまだかまだかと待ち構えていた。

ニコニコして父は歯医者から帰宅した。

『お父さん、カレンダー破ったよね』

『破ったカレンダーどうしたの?』

『あれが無いと困るのよ』

父は無言で小脇に抱えた小さなバックから
何重にも畳んだ紙を出した。

『えーっ!カレンダー?』

『どういうこと?』

母は小さく畳まれたカレンダーを必死に伸ばしながら

『まさか歯医者に持って行ったん?』と聞いた。

すると父は、カレンダーの今日のメモ欄を指差して

『10時からお父さん歯医者…って書いてるから
受付で見せなあかんやろ』

当たり前のように父は言った。

『……』
母は父の言ってる意味が一瞬分からなかった。

『お父さんに保険証と診察券を渡しましたよね』

『診察券持って歯医者行ったでしょ?』

父がテーブルを指差した。

指差した先を見たら歯医者の診察券が…

『えーっ?持って行かなかったの?』

『何で?』

『カレンダーに書いてるから、見せたらいいやろ』
父は真顔で言う。

『恥ずかしい!人様にカレンダー見せるやなんて』

『何を言うてるんや、これ見たら一目瞭然!
10時から予約してはるんやなって分かるやろ』

父が言い返した。

父はカレンダーに絶対の信頼を寄せているらしい。

『どこの誰が診察券の代わりに、カレンダー持って病院に行く?そんな人見た事ないわ』
母の口は止まらない。

『どこの誰がって?      僕が持って行ったんや
それがどした?』

父の言う事は正しい…けれど…
ちゃんちゃらおかしい!

これ以上言っても水掛け論…けりがつかない。
母は早めに諦めたと言う。

後日、母の歯医者に行く日が来た。
受付で
『先日主人が診察券を忘れてすみません。ご迷惑おかけしました。』
丁寧に謝った。

『カレンダー広げて、見てくれって言わはるし、
驚きましたよ』

『大きな診察券持って来てくれはったけど、
次回からは通常の大きさのをお願いしますね』

受付の人は笑いながら言った。

母は恥ずかしかったと言う。

以前からお世話になっている歯医者さん、父の事を理解して下さって本当に感謝です。

お察しの通りこの日を境いに、カレンダーを持って行く行かないでしばらく事件は続くのである。







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