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整える。

あああああ〜!!!だれた!(疲れた、という意です)。

幼稚園のクラス会を終え、夕方から94歳大往生の伯父のお通夜。子らの夕飯は弁当箱につめて、斎場までの車のなかで食べてもらう。夕飯つくりながらも幼稚園関係のメールのやりとりやら文書作成やら。ひさしぶりに喪服を着れば案の定のピッタリフィット。ファスナーはしまったものの、これこの状態で30分運転してたら喪服やぶれるんじゃね?てことで、運転中はファスナー途中まででお送りいたしました。そんな時にかぎって近所のママ友さまが歩いてたりするのよね.....こっちは運転してるから見えないんだろうけどさ。

「喪服でこれなんだもん、息子の入園入学で着たスーツなんかぜったい入らないよねえ...来年むすめの入学式で着ないといけないのに!」と、姉にうったえたところ、「いや、もう、別のやつを.....」

だよね!痩せるわけないもんね!!あっはっはっはっはっ!!!ワンピースがいいな!腹出てもワンピースなら、ねえ?ほわっとしてれば、ねえ?40代半ば、もう妊婦にも間違えられないよね♡

って、おーーーーい!!!あきらめるなあああああ!せめてちょっとぐらいチャレンジ1年生!!!!!しなやかで伸びやかな身体とこころのためにいいいいいいいい!

はい、そんなわけで、全然整える日々じゃなさそうですねー。

亡くなった伯父は、特攻隊として、鹿児島知覧でいままさに飛び立とうとしている時に終戦を迎え生きて帰ってきた、という人でした。当時18歳。命を投げ出す覚悟をして故郷を離れ、再び故郷の地を踏むというのはどういう気持ちなんだろう。わたしには、どう頑張ってもわからない。わかるはずがない。伯父は、戦争の話はいっさいしなかったらしい。何を聞いても、何も答えなかったそうだ。

斎場には、伯父の出征前に撮られた写真も飾ってあり、17〜18歳の伯父はそれはそれはもう大変な男前で、妙齢の女性(いとこ、姉、わたし)、みんなで、男前だ男前だとざわざわしてきた。写真を撮るとき、きっと誰もが、もちろん本人も、これが遺影になるんだ、と思ったんだろう。

生きて帰ってくるのは、誇らしいことだったんだろうか。恥ずべきことだったんだろうか。今の価値観では推しはかれない。ただただ、戦争なんかするもんじゃないよ、ってことだけはわかるよ。

そう、たとえ、小学校の正門前で、黄色いランドセルカバーつけた小さい1年生が横断歩道を渡ろうとしてて、登校指導旗持ち当番のお母さんが車を静止しようと黄色い旗あげて、旗持ちお母さんとバッチリ目が合っているにもかかわらず、ギュインと通り過ぎて行く黒い軽自動車に遭遇しようとも、戦争なんて!戦いなんて!!

いや、それは戦いっていうか、説教。ねえ、車降りて。とりあえずそこに正座して。

横断歩道通り過ぎてすぐ、その車、正門前に横付けしてさ、なんと中から小学生2人降りてきたからね!嘘だろ!?まさかのひとの親なんて!?いやもう続々とこどもたち登校してきてるからさ、穏やかな顔しておはようおはようおはようございますいってらっしゃいってやったけどさ、わたしの中のシネシネ団総動員で悪態つきまくったよね。子供が毎日うんこ踏んで帰ってくればいい。その黒い軽自動車の運転席のガチャって開けるとってのとこに猫のうんこが毎朝ついてるといい。自分の子だけ安全ならそれでいいのはぜ〜んぜん安全じゃないよねー♡

そういや数年前、近所の駐車場にマナーの悪い車があって困ってる、という話を聞いたうちの姉は『あたしならボンネットにうんこするね!!』と、高らかに宣言していました。

みなさんうっかりうんこ踏まないように気をつけて過ごしてね♡

今週も、いってらっしゃーーーい。




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