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【日記#013】誰かと話をするように

2024-03-07

 ちょっと前から、このnoteの文章を常体(「~だ」「~である」)ではなく敬体(「~です」「~ます」)で書くようになりました。常体はちょっとインテリぶっていて恥ずかしいと思ったのが一番の理由です。
 あ、でもこれは他人の書いた文章に対して思うことではなくて、自分自身に限った話です。普段はぼーっとして、何をするにもスローペースの自分が、びしばしと「~たのである」って書くのは、どうもリズムがちがうなぁと思ったのである。いや、思ったのです。

 それから、もう一つ理由があって、それは、「人と話しているように書いたほうが、気分が晴れるから」。
 冬は気分が落ち込むもので、誰かと話す機会も減り、そのことが余計に鬱を加速させていく。しんどいなぁしんどいなぁと思いながらキーボードを叩くと、どうしても硬くて縮こまった文章になってしまうな、と感じていました。
 敬体で書くことは、そこに聞き手・読み手を想像する気持ちが強く働くということに気づいてから、誰に読んでもらうでもない個人的なnoteではありますが、つとめて敬体で書くようにしています。そうすると、リラックスした雰囲気で気の置けない友人と雑談をしているような気分になります。別にリアクションがもらえなくてもいい。でも、自分の話を耳に入れてくれる人がいる。そういう気分になって、ちょっと落ち着くんですよね。

 本来ならば、実際に話を聞いてくれる人を見つけるべきだとは思うのですが、あいにく今の自分には、そのための行動する体力やモチベーションが足りない……。そのため、黙って愚痴や考えを受け入れてくれるnoteと、いつもそっと「スキ」してくださる皆さんに支えられています。ありがとうございます。


 今週末から来週の頭にかけて、連休を取れることになりました。残念ながら遠くへは行けない(呼び出されれば即出勤)休みなので、リフレッシュできるかといわれれば微妙ですが、それでも自宅にこもって勉強と読書だけしていればいいと思うと、今からわくわくです。

……いや、もっと街に出て人と話さないといけませんね。うーん、毎日を快適に過ごすのは、むずかしい。

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