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日曜日の本棚#2池井戸潤『鉄の骨』(講談社文庫)

積読本解消のためという極めて個人的な理由で、読書感想を書くことにしました。
おすすめ本というわけでもありませんが、読んだ本の良さなども紹介していけばと思います。前回はこちら

今回は、池井戸潤『鉄の骨』です。

あらすじ

中堅ゼネコン・一松組の若手、富島平太が異動した先は“談合課”と揶揄される、大口公共事業の受注部署だった。今度の地下鉄工事を取らないと、ウチが傾く―技術力を武器に真正面から入札に挑もうとする平太らの前に「談合」の壁が。組織に殉じるか、正義を信じるか。吉川英治文学新人賞に輝いた白熱の人間ドラマ。

NHKでドラマ化され、最近は神木隆之介さん主演で、WOWOWでもドラマ化されています。

文庫本で600ページ超の大作です。時間がかかりそうだなという先入観があり、長らく本棚の肥やしになっていましたが、読み始めるとあっという間に読了しました。

池井戸作品は総じて、読みやすく忙しいビジネスマンに人気があるのも納得です。

親切な構成と著者らしい「主張」とその限界


池井戸潤は、ミステリー作家の登竜門、江戸川乱歩賞出身ということもあり、ビジネス小説と括れない魅力がありますね。本作もそれが垣間見られます。また、本作を読むと池井戸作品は分かりやすさが最大の魅力だと実感できます。
主人公・平太は、読者と情報をを共有すべく設定された素人として登場します。彼がビル建設の現場から、公共工事の営業を任務とすると業務課に移動するところから物語は始まります。

新しい環境に四苦八苦する平太を通して公共工事の営業(=談合など)を学ぶ構成になっています。

ケーススタディともいえる小案件の入札を学び、次に大規模公共工事の営業である地下鉄工事の入札へと移っていきます。実に分かりやすい構成です。それは、池井戸の基本となっている「やさしさ」であると思います。

並行描写は、現代小説の定番の構成ですが、本作も平太の一松組のパート、談合を話し合う面々、検察、そして銀行が絡んでくる構成になっています。銀行には平太の恋人・萌が配置され、平太の恋のライバルも登場します。

想定される読者は、中間管理職以上の男性サラリーマンであり、突っ走るような正義感などは描かれません。しかし、池井戸作品に共通する「主張」は垣間見られ、現実にどっぷりと浸ったサラリーマンに気付きを与える信条は本作でも見られます。

談合という社会悪、必要悪のような片寄った価値感で描きにくい作品を扱うことで池井戸潤の作家性は、発揮され、この作家の存在意義があるのだと実感する作品となっています。

ただ、ミステリー的な展開のおもしろさもあり、読みごたえはあるのですが、読み返す必要性も感じない作品でもあります。それは、ものごとの本質に迫るほどの迫力がなく、筆者にその意欲もないからだろうと思います。それは、作家の問題というよりも、踏み込みすぎると商業作家として都合が悪いというこの国の社会の影という一面があるからでしょう。

もっと踏み込めば書けるけれど、そこまでは許されていないという判断基準は、正しいものであり、長い銀行家時代から得たこの作家の矜持なのではと思います。

なので、それが問題とは思わないのですが、だからこそ「消費される」作品になっているとも感じます。


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