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私のシティ・ポップでの重要人物だった井上鑑の音楽(シティ・ポップの記憶⑦)

 The City-Pop in my Memory Ⅶ


 現在でいう ”シティ・ポップ” より狭義の捉え方なのですが、私にとっては、80年代のあの時代、洗練された都会シティのムードを感じさせてくれる曲こそが ”シティ・ポップ” だったのです。


 さて、今回、紹介するのは、”私のシティ・ポップ”を語る上では外すことのできない重要人物である井上鑑さんについてです。


 2000年代以降は、福山雅治さんのサウンドスタッフのキャプテンとして活躍してますが、80年代の "シティ・ポップ" アーティストとして、これまで紹介した寺尾聰さんや稲垣潤一さん、山本達彦さんらのアレンジャーでもある人です。
 今、考えてみると、私の愛した "シティ・ポップ" というのは、この井上鑑さんが作り上げたサウンドだったのかもしれない!と、本気で思っちゃったりするんです。


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◎衝撃的にカッコ良かったデビューシングル!

 井上鑑さんは、アレンジャーとして数々のアーティストに関わりながら、ご自身もシングルとかをリリースしてた時代があるのです。

 その井上鑑さんのデビュー曲「GRAVITATIONSグラビテーションズ」は、ヨコハマタイヤのCMソングとして、寺尾聰さんに続いて使われた曲でした。

 ニキ・ラウダが運転する車を空撮したCM自体もカッコいいし、曲も、無茶苦茶カッコいいんですよね!
 このCM一発で夢中になってしまいました。

 あまりのカッコよさに、シングルを買いに行ったら、なんとジャケットが銀紙なんですよ!
 このメタリック感、、、意表をつかれますよね。
 ほんと、へぇーッ!みたいな感じだったのです。


「GRAVITATIONS」1981.10

 作詞・作曲・編曲:井上鑑

 貴重なシングルバージョンをアップしてくれてる方がいました。
 アルバムに収録されていたものとは違って、途中で、曲調が変わるバージョンのやつです。(なかなか聴く機会のないバージョンなので、ほんとありがたいです。)

 そして、この曲、井上鑑さん自身による歌詞だったりするんですよね。

JOJO 抒情
I KNOW 愛の
YOU'LL SAY 妖精
YOU'RE THE ONE, WOO

I SHOUD 哀愁
BE LATE 美麗
TOO SEE 陶酔

 曲を聴いてた時は、英語詞だと思ったんですが、実は日本語詞にもなってたりするんです。
 歌詞カードを見て、そこに気づくわけなんですが、英語と日本語を併せた歌詞になってるなんて、凝りすぎじゃないですか?
 そういう凝った部分のセンスに魅了されるんですよね。


 そして、ヨコハマタイヤのCMに、連続して起用されます。


「レティシア」1982.1

 作詞・作曲・編曲:井上鑑

 この「レティシア」も渋くてかっこ良かったんですよね(もちろんCMの方もですが..)



◎待望の1stアルバム!

 そして、このヨコハマタイヤのCM曲を含む1stアルバムが発売されることになります。

『PROPHETIC DREAM 予言者の夢』1982.3

(収録曲)

Aー1. バルトークの影
A-2. SUBWAY-HERO
A-3. レティシア
A-4. DOUBLE-CROSSING
A-5. LOST PASSENGERS

B-1. リンドバーグ物語
B-2. ヒンデンブルグ号へようこそ
B-3. COSMONAUT
B-4. GRAVITATIONS
B-5. ユヴェスキューレ

 CMに使用された曲も含めた10曲でした。(CDリリースの際に1曲追加されてます。)

 全曲、作詞・作曲・編曲を井上鑑さん自身が行っていることもあって、隅々まで鑑さんのこだわりが詰まってる感じだったんですよね。

 こだわりの一部を紹介すると、人名が付いてるタイトルの曲もありますが、実は、10曲全部に、主役となる人物が設定されてたりするんです。
 
 例えば、A-1の「バルトークの影」で登場するのは、その名のとおり、ハンガリー出身の作曲家ベーラ・バルトークです。

「バルトークの影」

 作詞・作曲・編曲:井上鑑

(曲の感じは、そのまんま”スティーリー・ダン”の「JOSIE」だったりするんですが、そのことは後ほど…)

 祖国を離れ、アメリカに移住したバルトークを主役とした曲なんですが、ていねいに、曲の背景について、いつ、どこでというデータも添えられてるんです。
 この曲の場合、

〔DATE:1940年12月14日〕
〔PLACE:ニューヨーク郊外フォレストヒルにて〕

 といった具合です。
 そして、バルトークに関するキャプチャーが付いて、歌詞に登場する言葉の注釈も入ります。

 ….いや、こんなに曲の背景を細かく設定してるの?って感じなんですよね。

 井上鑑さんって、感覚のみに頼るのではなく、設計図をひいて緻密に世界を作り上げてくタイプのアーティストさんなんだなぁって感じました。

 当時は分からなかったのですが、音的には、やっぱり ”スティーリー・ダン” の影響が強いのかな… この緻密さって通じるものがあると思うんですよね。
 まあ、影響というより、”スティーリー・ダン”の『彩(エイジャ)』や『ガウチョ』みたいに凝りに凝ったアルバムが作ってみたかった!ということだけなのかもしれませんが….
 A面1曲目に「JOSIE」そのまんまの「バルトークの影」を配してるのはそういう意図を宣言してるような気もするんです。

スティーリー・ダン「JOSIE」

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 このアルバムでは、他にも、いろんな人物が描かれています。
 ニューヨークの地下鉄の私設パトロール団体 ”ガーディアンエンジェル” の創立者や、タイタニック号のスタッフ、ヒンデンブルグ号の飛行船会社のマネージャー、など、様々な事件の関係者が主人公になっていて、ライナーノーツを読むだけで面白かったんですよね。

『PROPHETIC DREAM 予言者の夢』のライナーノーツ

 当時、中学生だった自分にとって、アルバムコンセプトなんてものは分かりませんし、”スティーリー・ダン” を知るのも、もっと後のことなんですが、このアルバムが凝ったアルバムだというのは理解できたのです。
 1曲1曲に添えられた物語と「預言者たちの夢」という意味深なタイトルに、”なんか深いぞ!”って感じていたアルバムだったのです。

 余談ですが、このアルバムはなかなかCD化されなかったんですよね。
 かなり待ち遠しかったのですが、その分、LPの方はかなりの高値でやり取りされてたんです。
 もちろん売ってはないんですが、私の所蔵レコードの中では1番高値がついたアルバムでした!



◎ますます深くなっていく2nd~4thアルバム 

 正直、井上鑑さんのことを "シティ・ポップ" アーティストと言えるのは、1stアルバムの頃だけじゃないかと思います。
 もちろん、その後も、いろんな "シティ・ポップ" 系の企画盤に曲が収録されてたりするのですが、ちょっと質が違う感じだったんですよね。

 1stアルバムの後、東芝EMI(EXPRESS)からは、『CRYPTOGRAM』(1982.12)、『SPLASH』(1983.10)、『架空庭園論』(1985.3)と3枚のアルバムをリリースしているのですが、どんどんアート寄りの感じになっていくんですよね。


『CRYPTOGRAM』

 CRYPTOGRAM=暗号 と名付けられたアルバムなんで、全体的暗いトーンのアルバムでした。
 ゲーテやシェイクスピアの作品がうかがえますし、タイトルにムンクの名前が見えたりすると、妙に魅かれたりするのです。


「CRYPTOGRAM」

 作詞・作曲・編曲:井上鑑

 2ndアルバムのタイトル曲なんですけど、なんか難しい曲になってる感じですよね。
 単純なカッコ良さではない…
 中学生にとっては、1stアルバムほどは夢中になれなかったりしたのですが、アートの世界に魅かれていく高校時代になると、このカッコよさが分かってくる感じでした。


『SPLASH』

 ワーグナーの「さまよえるオランダ人」や、スタニスワム・レムの「ソラリス」、ジュール・ベルヌの「海底2万マイル」がテーマになった曲があったりして、海や水が主題のアルバムです。
 2ndアルバムよりは馴染みやすかったんです。

 このアルバムの「ELEVEN ISLANDS」って曲でテーマとなっているのが、現代美術家クリストのマイアミの島々をピンクの布で囲うアートプロジェクトなんですよね。

 高校時代になると自分もクリストも知っていったりするんです。
 実は、井上鑑さんは、他にもクリストをテーマにした曲があったりするんで、けっこう現代美術も好きだったと思うんですよね。
 その影響なのか、私もクリストが大好きなのですw


『架空庭園論』

 『架空庭園論』までくると、もはや "シティ・ポップ" アーティストというようりも「前衛音楽家」って感じの風情なんです。

「5000本の樫の木」

 作詞・作曲・編曲:井上鑑

 なんか、こんなディープな感じだったのですよ。


 その後は、ちょっと尖った部分は消えてきて、「音楽家」って感じになっていくのですが、随所に見られるこだわりが、やっぱ、先鋭的な感じなんです。

 2020/10/23に行われたアンサンブルも、穏やかに刺激的です。




◎鑑さんのお仕事

 さて、井上鑑さんご本人の音楽は深く深くなっていくのですが、決して先鋭的なお仕事ばかりではないのです。

 井上鑑さんのベースにはクラシカルな部分もあって、ストリングス・アレンジなんかもよく手掛けてるんです。
 特に大滝詠一さんとのコンビは有名で、ストリングスが絡む部分なんかは、ほとんど井上鑑アレンジだったと思います。

 『B-EACH TIME L-ONG』のイントロ部分や、インストゥルメンタル・アルバムの『NIAGARA SONG BOOK』なんかは、井上鑑さんのお仕事なんですよね。

 あの80年代前半、寺尾聡さんらのシティ・ポップアーティスト、そして大滝さんの諸作品のどちらにも関わってるなんて、やっぱ凄い方なんですよ。うんうん。


 もちろん、80年代後半以降も、ECHOESや杏里、氷室京介さん、MOON CHILD、本田美奈子.さん等、たくさんのアーティストのアルバムをプロデュースしています。

杏里「The Pages Of Your History」1986

作詞・作曲・編曲:井上鑑

 ただ、らしさはあるんですが、80年代はじめの、寺尾聡さんや稲垣潤一さんのアレンジでの "シティ・ポップ感" は、あまり感じられなかったりするんですよね。


 もちろん、時代に求められる音楽や機器の変化、また、アレンジの在り方そのものが変わってくるんでしょうが…
 やっぱり、あの時代の "シティ・ポップ" が好きな者としては、あの頃の音みたいなのが聴きたくなるんです。

 ということで、最後はその時代の井上鑑アレンジの曲を2曲紹介して終わりたいと思います。(ちょっとマイナーな選曲なのはご容赦ください。)


RAJIE(ラジ)「ストーミー・ナイト」1981


小山実「残像」1980


 この感じが、やっぱ好きなんです。



<シティ・ポップの記憶>
私のシティ・ポップの原点「アスペックスペシャル」
夜の都会のムードを感じさせた稲垣潤一
杉山清貴&オメガトライブのナイトサイド
シティ・ポップの貴公子と呼ばれた山本達彦の歌声
寺尾聰の『Reflections』には風が吹く
優しすぎる安部恭弘の歌声