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井上陽水のシュールレアリズムに浮かぶ言葉たち

【井上陽水の歌詞世界】


 最近、テレビで耳にする機会は ”ブラタモリ” ぐらいになってしまいましたが、時々、井上陽水さんの歌声に触れたくなります。

 70年代のフォークソングの時代から、80年代のニューミュージック、そして90年代のJポップと、長く長く活躍してきた方なので、数々のヒット曲があります。
 ただ、代表曲となると、やっぱり1990年の『少年時代』になるのかなって思いますね。

夏が過ぎ風あざび
誰のあこがれにさまよう
青空に残された
私の心は夏模様

 きれいな歌ですよね~。
 郷愁を誘うメロディに美しい陽水さんの歌声
 まさに名曲ですが、陽水さんの書く詞も印象的なんですよね。

 『少年時代』の詞は情景を切り取って浮かべたようなきれいな言葉なのですが、冒頭の「風あざび」のように、陽水さんのイメージから生まれた造語や、文法的にはない言葉の運びなどもあって、独特の風合いを漂わせるのが、作詞家:井上陽水の世界だと思うのです。

 自分は、80年代の第二次ブームの世代なのですが、中学生や高校生にとっては、あの頃の陽水さんの歌詞って、ほんと、ちょっと変わってたんですよね。

 今回は、80年代の陽水さんのアルバム「LION & PELICAN」を紹介しながら、その歌詞世界について ”note” していきたいと思います。


+  +  +  +  +  +


 自分の中学~高校時代に、陽水さんの第二次ブームがあったんですが、シングルの『ジェラシー』や『リバーサイドホテル』みたいな、しっとり系の曲がよくラジオから流れてきてました。

 そんな自分が興味を覚えて、初めて聴いてみたのが

アルバム「LION & PELICAN」

 井上陽水さんの10枚目のオリジナル・アルバムなんですが、もうタイトルからして怪しい感じでした。

 なんで「ライオンとペリカン」???

 クエスチョンマークが3つぐらい付きそうなタイトルで、普通は付けないですよね、こんなタイトル


 冒頭で紹介した『少年時代』なんかは、絵に例えると、きれいな風景画って感じなんですが、自分が初めて触れた80年代の陽水作品には、マグリットのシュールレアリズム絵画のような印象を受けていました。

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 技巧的ですごく精緻に描写してるのに、異質なモノが組み合わされていて、ちょっと不可思議な世界を作り上げてる。
 そんなシュールさのあるイメージで、そのイメージの根源が、初めて聴いた陽水作品「LION & PELICAN」だったのです。


 そして、この個性的なタイトルの元になっているのが、1曲目の『とまどうペリカン』なのです。(この曲も、変わってるんですよね~)


『とまどうペリカン』

あなたライオン たてがみ揺らし
あなたライオン おなかををすかせ
あなたライオン 闇におびえて
私はとまどうペリカン

あなたライオン 金色の服
その日暮らし 風に追われて
あなたライオン 私はあなたを
愛してとまどうペリカン

 アルバム1曲目がこれですからね。
 冒頭に、情愛を歌うバラードなんて、すごい構成ですよね。

 曲自体は切ないメロディで、とってもきれいな曲なんですが..
 ちょっと違うのは、歌詞の中で、男性はライオン、女性はペリカンになってるとこなのです。

 ライオンはまだ分かるけど、なぜ、ペリカン?

 内容としては、まったく違う世界に住む相手を好きになってしまって、その気持ちにとまどっている様子の歌だと思うのですが、そこにペリカンを持ってくるあたりが陽水さんらしいのです。

 他にも、このアルバムには個性的な歌詞世界の曲がたくさん収録されてたんですよね。


 その一つが、ヒットしていたこの曲

『リバーサイドホテル』 

誰も知らない夜明けが明けた時
町の角からステキなバスが出る
若い二人は夢中になれるから
狭いシートに隠れて旅に出る

昼間のうちに何度もKISSをして
行く先をたずねるのにつかれはて
日暮れにバスもタイヤをすりへらし
そこで二人はネオンの字を読んだ

ホテルはリバーサイド
川沿いリバーサイド
食事もリバーサイド
Oh リバーサイド

 後々、「夜明けが明けた時」や「川沿いリバーサイド」っていう妙な重複表現がある歌詞が話題になった曲で、特に「川沿いリバーサイド」の方は、そのまんまじゃん!って、よく突っ込まれていた歌詞なんです。
 まあ、詞の流れで考えてみると、バスに乗った二人が見つけたホテルの名前が「リバーサイド」だったってことなんだと思うんですけどね。
 歌詞の中で省略された言葉があるので、重複に見えてしまうのだと思うんですよね。(実際、当時の自分は、この重複には、まったく気づかなかったです。)
 蛇足ながら省略された箇所を想像して補填してみると 

♫ホテルの名前はリバーサイド
   川沿いにあるリバーサイドホテル
   食事もできるリバーサイドホテル

 みたいな感じになるのかな...

 でも、そういう箇所があっても、1番の歌詞は情景描写が中心なので、とても分かりやすいのです。

 難解なのは実は2番の方の歌詞で、聴いた時、何のことかよく分からなかったんですよね。

チェックインなら寝顔を見せるだけ
部屋のドアは金属のメタルで
シャレタテレビのプラグはぬいてあり
二人きりでも気持ちは交い合う

ベッドの中で魚になったあと
川に浮かんだプールでひと泳ぎ
どうせ二人は途中でやめるから
夜の長さを何度も味わえる

 特に後半の部分は、意味がよくわからない...
 ホテルにチェックインして部屋に入るとこまでは情景描写なのですが、その後は急に抽象度が高まってます。

ベッドの中で魚になったあと
川に浮かんだプールでひと泳ぎ

 この部分は何となく中学生でも想像できたんですけどね。(若いって素敵ですね)

どうせ二人は途中でやめるから
夜の長さを何度も味わえる

 最後のとこなんかは、今、行間を想像してみても、ちょっと分からない。
 夢のような時間を過ごしてるのか、途中でやめたら夜の長さを何度も味わえるの?って、どういう意味なんだろうって考えちゃうのです。

 こういう、よく分からない歌詞による浮遊感... 
 そこには、シュールレアリズム絵画にあるような、ちょっと現実世界離れした不思議な世界、そんな世界に魅せられてしまったのです。


 さて、アルバムタイトルとなったペリカン以外に、このアルバムには、もう1曲、鳥がテーマになってる曲があります。

『カナリア』

人々の愛を受ける為に飼われて
鳴き声と羽根の色でそれに応える
カナリア カナリア カナリア
カナリア カナリア カナリア

盗賊は夜を祝い君にうたわせ
プリンセスからのながい恋文を待つ
カナリア カナリア カナリア
カナリア カナリア カナリア
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
いちばん夢を見てた人のことを教えて
いちばん恋をしてた人のことを教えて
いちばん大好きな人の名前うちあけて

 カナリアを連呼するする構成の曲なんですが、これも印象的なんです。
 歌詞の中のカナリアって、陽水さんみたいな歌い手のことを表わしているようにも思えるのですが、どうなんでしょうね。
 シンプルなだけに迷ってしまうのです。
 ただ、ペリカンと響き合うように、カタカナ4文字の鳥の名前の曲を配置するって、これも仕掛けられたもののように思えちゃうんですよね。


 そして、アルバムの最後には、沢田研二さんに提供された曲のカバーが収録されています。

『背中まで45分』

出会いの場所はホテルのロビー
目と目があって あいさつはなく
夜は始まり それが45分前

会話の為に名前を聞いて
ありふれた名で すぐに忘れた
指が動いて それが35分前

 『背中まで45分』という不思議なタイトル。
 最初は意味が読み取れないのですが、曲を聴いていると、二人の男女が出会ったとこからカウントダウンが始まったことが分かります。

二人で飲んだトロピカルシャワー
めまいのように はじけてとんだ
歌も聞こえて それが25分前

笑った後は気だるい気分
眠りませんか? 僕の部屋でも
夢に向かった それが15分前

 あ~、なんか誘ってる...
 ちょっと中学生には難しい世界ですよね。
 なんかエロスなんで、当時は、あんまり好きじゃなかったんです。(今はかなり好き!w)

 さて、カウントダウンは続き
 部屋に向かった二人はどうなっていくのか... 

部屋に入れば それがちょうど5分前

ドレスを脱いで抱き合う時に
背中の指が静かにはねた
それがちょうど それがちょうど 今

 すごくセクシーな展開ですよね。
 背中まで... というのは、そういうことなんです。

 出会ってから45分で恋に落ちる。
 ジュリーへの提供曲だったからこその展開なのかもしれませんね。

 妖しく大人の香りのする世界
 そんな世界を表わした歌詞は、他にはそうそう見当たらないのです。


+  +  +  +  +  +


 この「ライオンとペリカン」には、他にも『愛されてばかりいると』や、問題作『ワカンナイ』などが収められていて、井上陽水さんの歌詞世界を堪能できる作品だと思います。

 このアルバムの後、バックバンドだった安全地帯に詞を提供した『ワインレッドの心』が大ヒット。
 そして、陽水さんの『いっそ セレナーデ』(1984.10)、安全地帯の『恋の予感』(1984.10)、中森明菜さんの『飾りじゃないのよ涙は』(1984.11)、カバーを含む自身のアルバム「9.5カラット」(1984.12)と、陽水さん関係の曲が次々とヒットして、あの陽水フィーバーが巻き起こるわけなのです。
 そこら辺の歌詞世界については、いずれ、また、 ”note” していけるといいなと思います。



 さてさて、この陽水フィーバーの起点となった曲といえば、1981年の『ジェラシー』なんですよね。

『ジェラシー』1981.6


 この『ジェラシー』については、s.e.i.k.o さんが興味深い考察をしてくれてますので、こちらの記事をどうぞ!



(関係note)


(アーティストの歌詞世界 "note" )