ポール・オースターの『偶然の音楽』の謎について
The Music of Chance
『偶然の音楽』(原題:The Music of Chance)は、ポール・オースターが1990年にリリースした7冊目の長編小説になります。
オースターが『ニューヨーク三部作』などの作品で見せるような、物語の中に物語が入っていたり、語り手が変わっていくような実験的なムードはなく、もうひとつの名作『ムーン・パレス』と同様に、物語として楽しむタイプの作品です。
ただ、この作品、ちょっと不思議な物語なんですよね。
個人的には好きな作品なんですが、読みやすいものの、読んでる途中で「?」がたくさん浮かんでくるんです。
ブックレビューには ”理不尽な衝撃と虚脱感に満ちた物語” と付されていますが、まさにそんな物語なんですよね。
一風変わった物語を読んでみたい時にはうってつけなのです。
妻に去られたナッシュに、突然20万ドルの遺産が転がり込んだ。
すべてを捨てて目的のない旅に出た彼は、まる一年赤いサーブを駆ってアメリカ全土を回り、〈十三カ月目に入って三日目〉に謎の若者ポッツィと出会った。
〈望みのないものにしか興味の持てない〉ナッシュと、博打の天才の若者が辿る数奇な運命。
いろいろ理不尽なことが起きるのですが、何と言っても、自分にとって最大の疑問点が
『偶然の音楽』って何?
ってことだったりします。
物語中、音楽に関して何か象徴的なエピソードがあるわけではないんですよね~。
なので、音楽に関する物語と思って読むと、最後まで音楽は出てこないんで注意してください。(読み落としてるだけだったらすみません💦...)
オースターが、何故、この物語に『偶然の音楽』というタイトルを付けたのかを考えていくのが面白いんです。
原題は『The Music of Chance』なんで、訳者の柴田元幸さんは ”Chance” を ”偶然” としてますね。
日本では、チャンス=好機として使われることが多いんですが、”Chance” には、良いものもあれば、悪いものもあるんで、ここでは ”偶然” としているのです。
物語中、主人公には、様々な ”偶然” が起きます。
遺産が手に入ったり、旅の中で謎の若者に出会ったり...
でも、いろんなことを ”偶然” とするか ”必然” とするかは、その人次第ですよね。
家庭が壊れて以降、空虚な生活を送っている主人公にとっては、起きること全てが ”偶然” だったのかもしれません。
そんな ”偶然” によって紡がれる物語、その人生を ”音楽” に例えたってことなんでしょうかね...
うん、ちょっと微妙なんですが、そういうことにしておきましょう。
主人公と、謎の若者が出会って、コンビになってからのやり取りは、なんか生きてる感じがしていいんですよね~。その後、次々といろんなことが起きるし、最後の着地点が、”えぇっ” て感じなので、運命に翻弄されてみたい方や、答えを求めない方にお薦めなのです。(なんだ、そのお薦めはw)
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実は、この作品、1993年に映画化されてます。
タイトルは原題のまま『ミュージック・オブ・チャンス』で、日本未公開作品なんで、評価は推して知るべしなんですが、主人公が旅の途中で出会う謎の若者をジェームズ・スペイダーが演じてたりするので、興味のある方はぜひ!って感じなのです。
結末が原作とは異なるので、そのあたりは微妙なんですが、個人的には映画版の結末の方が、オースターっぽく感じたりするのです。
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