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34年前に読んだ本『石油精製の基礎知識』

白地のバックに、黒とオレンジ色を組み合わせた幾何学的な図柄。
黒い文字で『石油精製の基礎知識』という書名。

大学を出た後まったく別の業界の営業とマーケティングをちょこっとだけ経験し、数か月のブランクのあと「科学技術計算のソフトウェアの会社」という、「いっそのこと馴染みも、興味もないところがいいや」という人事部長のKさんには申し訳ないような志望動機で選んだ会社に転職。

...Kさん、普段は温厚だが、飲むとやたらと絡むひとだった...どうしてこれっぽっちの酒でこんなになれるのか不思議なくらいに...今も健在だろうか、飲んで周りの人を困らせてるくらい元気だといいが

出社日、配属となった部署の二回り年齢の違う上司が、「〇〇君、これを読んでください」と先ず持ってきたのが、緑色の表紙のIBMのテキスト二冊。
「CPUの仕組み」「アプリケーションソフトウェアとは?」といったコンピュータの基本的事柄を学ぶための社員研修用テキストだった。

今みたいにネットで何か調べたりもないし、昔は「本を読む」となったら「読み終わるまで読んでる」集中力があった...今は、ない

「読み終わりました」とそのテキストを返しにいくと、「今度はこれを読んでください」と渡されたのが、くだんの『石油精製の基礎知識』

「〇〇君には、△△というソフトの営業をやってもらいます。顧客は石油会社や石油化学会社のプラント設計をやっている人たちですから、これを読んで勉強してください」

私の前任でその△△の営業を担当していたMさん(既に別の会社に転職していた)もその本を読んで、必要な業界知識を身に着けたらしい。
Mさん、その後MS社の役員になっているので、面識はないがきっととても優秀な方だったのだろう。本の選び方も良かった。

『石油精製の基礎知識』は、今は手元にないので記憶が曖昧だが、アメリカの専門家が一般読者や学生向けに書いた本で、石油・石油化学業界の川上から川下までどんな企業があるかとか、蒸留塔の仕組み(「おおっ」て感心する。思わず夏休みの工作で似たような何かをつくりたくなる仕掛け)や熱交換器の原理、そんなことが門外漢にも分かり易く書かれていたと思う。

その後、自分でも書店を回ってみたが、こういう「専門家と素人のあいだ」の絶妙なポジショニングの本は、その分野については他になかった。
Mさん、よく見つけてきたな。さすが。

前任の営業のMさんの相棒だった技術のHさんも、時同じく別のコンピュータメーカに転職していた。
今から思えば、営業と技術がセットでいなくなったのだから、会社としては結構ピンチだったのかもしれない。
そのプレッシャーを感じさせなかったのは、当時の上司の人柄のなせるところか、あるいは当時の時代の緩さなのか。

私と同じときに採用された技術のSさんと二人で、なんとか手探りで△△を繋いでた...きっと細々した事業だったのだろう。でもそれが性に合っていたのかもしれない。

この『石油精製の基礎知識』がずっと記憶に残っているのは、

「いっそのこと馴染みも、興味もないところがいいや」なんてけしからん動機でやってきた私を、その本が優しく(?)業界に導いてくれたこと、
その後も、何か新しい分野の顧客にアプローチするとき「あんな本があればなあ」とよく思い出すこと、
そしてなんといっても、ネット検索で調べなかった時代の、あの穏やかなペースの「知る」プロセスが懐かしくなるからだと思う。

「こんなんじゃ取り残されるな」と思いつつ、
どこかで「取り残されたいな」と願ってる...

驚いたことに、Amazonの注文履歴で調べたら、その会社を辞めた年、もう一度自分でその本を買っていた。
すっかり忘れていたが(今はその本も手元にない)、きっと「思い出すべき何かを思い出すきっかけをくれる」、そういう本なのだと思う。

あれ?
全然、「黒とオレンジ色を組み合わせた幾何学的な図柄」じゃなかったな


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