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4月21日の朝 | 菅原亜都子

4月21日の朝。
通勤の電車のなかで、道新を読んでいると、「10万円給付、5月から開始 世帯主が家族分一括申請」という記事が目に入った。
数日前から話題になっていた、新型コロナウィルスの緊急経済対策として実施される全市民向けの一律給付の最新情報であった。
私は、「世帯主が」という記載を見て、「またか」と愕然としたあと、少しずつ胸のあたりがざわざわしてきた。

私が勤務している札幌市男女共同参画センター(以下、センター)に着くと、すでに“世帯主が申請する”給付金、に関しての相談がLINEで届いていた。
北海道では、4月12日に北海道知事・札幌市長による北海道・札幌緊急共同宣言が出された。その宣言を受けて、センターは4月14日から休館になっていたが、それでは困っている女性たちの相談場所がなくなってしまう、と15日からLINE相談を始めたところであった。
その朝、LINEで届いていた相談はDVで避難していた女性からで、「10万円の給付を自分で受け取ることはできないのか」、という内容だった。
心臓がドキドキした。
相談を対応するスタッフから、「どうやって答えたらいいですか?」と聞かれて、「いや、まだ具体的な給付方法は調べても出てこないだろうし…、何も言えないよね」と、
しどろもどろになった。そんなふうに返信するわけにはいかない。

どうやって返信しようか考えたけれど、私の情報のない頭で考えても出てくるはずがなく、途方に暮れた。
けれど、すぐにNPO法人女のスペース・おんの山崎菊乃さんの顔を思い出した。
NPO法人女のスペース・おんは、全国でもかなり早い時期、DVという言葉も法律もない時代からDV支援を行う、力強い支援団体であり、私たち札幌市男女共同参画センターはいつも山崎さんをはじめ、女のスペース・おんのスタッフの皆さんにお世話になっている。
2回目の電話で山崎さんと繋がった。
「山崎さん、例の10万円給付の件で相談が来ているんです、なんて答えたらいいか…」と藁にもすがる思いで伝えた。
「菅原さん、安心して。今、総務省の方も動いているから。世帯ではなくって、個人で受けられるような手続きを検討しているから、それが決まったらすぐに情報伝えるから。だから、相談者の方には、焦って住民票を移しちゃわないで、って伝えてね。大丈夫」
と優しく、でもきっぱりと教えてくれた。
「大丈夫」という言葉に、こんなにも助けられたのは初めてだったかもしれない。
涙が出そうなほど、安心した。


少し遅い昼休み。
Facebookを見ると、ジャーナリストの治部れんげさんが、「政治家の方々へ」と投稿していた。

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治部さんは、これまでも札幌市男女共同参画センターの事業に講師として協力してくださったり、治部さんにセンターのことを記事にしていただいたこともあり、私たちが信頼するジャーナリストである。
※治部さんには、このnoteにも寄稿いただきました


治部さんのこの投稿に対して、リアルタイムで議員が返信しているのを見ていた。
総務省の文書にラインを引いた画像をあげ、「ここの部分をこう変えたらどうでしょうか?」などとやり取りしているのを見て、今朝の相談者のことを思い出した。
今朝の相談者のような女性たちの困難を解決するために、いろいろな人たちが今、動いている。そのことを感じて、胸が熱くなった。
一方で、自分たちが何ができているのだろうか、と焦り、無力感でいっぱいにもなる。

LINE相談を始めた4月半ばから5月のあいだ、センターには、「報道されているような困難を抱えている女性の相談が全部きている」…そんな印象であった。
しかもテレビで取材されている遠い人たちではなく、札幌に住んでいて、そしてセンターにアクセスしてくださる生身の人たちである。
緊急宣言は解かれ、札幌市男女共同参画センターは6月1日から開館している。
しかし、相談は変わらず来ており、深刻な内容も多いため、6月末まで延長して行っている。
4月21日に、DVで避難した女性たちをざわざわさせた例の給付金は、現在では、札幌市においては9割以上の世帯から申請がされ、3割程度へすでに振り込まれているようである。
センターには今度は、振り込まれた給付金が夫のものになってしまう、という相談も増えている。
「夫が遣ってしまう」というわかりやすい例もあれば、「結局家族みんなのお金として、夫のいう通りになってしまうんだろうな」と諦めている人も多いのではないか。
そもそも、私たちの社会では、女性が、自分のお金を自分でどうするかを決定できているのだろうか、と考え込んでしまった。
選挙権が、1945年に女性にも与えられてからも長い間、女性の一票は、夫や家族の一票とされていたように。女性の10万円は、夫や家族の10万円になってしまっていないだろうか。

4月に新しくセンターの仲間になった職員が相談対応をしながらこんな言葉を口に出した。
「女性たちは、悩んでこのLINE相談でやっと自分の気持ちを話せて、なんとか気持ちを切り替えたり、工夫してみようと前向きになったりするけれど。夫や社会はそのまんまなんですよね。」
その言葉を聴いて、私たちが日常で行っていた「男女共同参画の啓発」活動は、届いていなかった、全然足りていない、と思った。

今回の新型コロナウィルスの状況は、いいことと悪いこととが、極端に顕在化した、と感じた。
悪いことは、相談の女性たちの声から、たくさん見えてきた。
一方で、よいことの一つは、つながることの大切さを改めて感じたことである。
6月6日に、ジェンダー平等の活動をしている市内の団体の皆さんと、オンライン会議をした。
シングルマザー、DVサバイバー、性的マイノリティ、子育て女性、…といった特に脆弱性が強いとされる女性たちが、今回の新型コロナウィルスでどんな影響を受けているかを報告しあった。
さらに、札幌に日常から足りていない資源について、連携して一歩を歩みだそう、という話も出てきた。新しいネットワークが生まれる兆しを確信した。


ジェンダーの問題は根深くて、解決が難しいように思えるけれど、そのために動く人、支えてくれる人が、確実に札幌にいる、ということを伝えたい。
ちゃんとつながって、ちゃんと支えあう。
そんな関係性を、またここから築いていきたい。


■LINE相談は、6月末まで期間を延長して実施しています。
・【相談窓口】女性のためのLINE相談
外出自粛や休校等の影響による、女性の困りごとにLINEで対応します
現在、北海道でも新型コロナウイルスの感染が広がり、学校の臨時休校で友達に会えなくなってしまった、子供の預け先がなく仕事を休まざるをえない、非正規の女性の仕事や収入が減っている、生活の見通しが立たないなど緊急時ならではの悩みや不安に対応することを目的に、相談事業「新型コロナウイルス感染拡大特設相談窓口女性のためのLINE相談」を実施しています。 

・日時 : 6月30日(火)まで(予定)
 ※相談は随時受け付け
※職員による返信対応は13:30~16:30に行います。
・相談料 :無料
・相談方法 :LINEの1:1トークでの相談
https://lin.ee/aU9zcHK       
アカウント名:【特設相談】Women’s ホットライン

菅原 亜都子 / 札幌市男女共同参画センター 職員
札幌出身。大学生の時に、ジェンダーという言葉を知り、母親や女友達の生きにくさが、彼女ら個人の問題じゃなかったんだと気づく。2003年より、札幌市男女共同参画センターに勤務。ジェンダーについて話す仲間がいることがしあわせ。もっといろんな人と対話をしたいです。

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