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もう、空気も顔色も読まなくていい。ただの“個人”が自分らしく生きるために ~田嶋陽子『愛という名の支配』に出逢いなおして~|本間 恵

田嶋陽子/著『愛という名の支配』
1992年、太郎次郎社より初版刊行。
2005年、講談社にて文庫化。(講談社+α文庫)刊行。
2019年、新潮社にて文庫化。(新潮社文庫)。2020年2刷。


そう、2019年11月に新潮文庫で復刊された本書が、図書館の「ジェンダー」棚でよく動いていることに気がついたのは今年になってからでしょうか。
(注 : 現在私が勤務する図書館では貸出をしないため、表紙を見せて置いてある本を誰かが読んでいるとその場所が空白になり、返本の際にチェックしやすいのです。)


というわけで、90年代のお茶の間のTVでその名を知らしめた田嶋先生こと田嶋陽子氏の著作『愛という名の支配』は、28年余を経てもまだ図書館でも堂々現役の一冊なのです。

利用者の求める著作を図書館がアーカイブしていること自体は嬉しい。
でもロングセラーおめでとうという話がしたいのではありません。
いまも読み継がれているのはなぜなのか?という理由を考えてみると気持ちは複雑なのです。

これは田嶋先生が2005年の文庫化の際にもプロローグで指摘されていた“構造としての女性差別”に、現在も抜本的な改善がなされていない証かと思えるからです。


例えば今回の日本の組閣…。女性官僚の比率はG7最低の10%?
例えば今回の国勢調査…。曰く「仕事とは収入を伴う仕事をいう」。家事育児は収入を伴わないので専業主婦は「少しも仕事をしなかった人」にマル?

本書でも紹介されている1997年当時の国の試算でも、家事労働代は年平均276万円と算出されていたというのに…。
専業主婦の妹が怒っていました。これでは女性をとりまく社会状況はむしろ、退行しているではないですか。


前置きが長くなりました。
さまざまな著名人が、やっと時代が田嶋陽子に追いついたという旨の発言をしています。
かつてのテレビ番組で、田嶋先生はまるでその場の空気を読まず、出演者の顔色を読まず、終始一貫、ご自分の言いたいことを真面目に曲げずに発言していました。

そしてこれまた多くの方が振り返っているように、私もそれを「しょうがない人だな」「何もそこまで頑張らなくてもいいのにな」と苦笑して見ていました。

その場の空気って、どの場の空気? 
田嶋先生の言葉を借りるなら「世間がうんぬん」いう場の空気です。
つまり、本書で幾通りにも繰り返し書かれているように、世間を敵にまわすことを怖れて私自身も保身のために、番組制作の男性諸氏の側に立って観ていたのですよね。
自分にはまるで関係がない事のように…。


大間違いでした。
あれから年も取り、真面目にやってきたのにもかかわらず、非正規雇用の変わらぬ身分に沁みていまはそう思います。

太郎次郎社の刊行からざっとこの30年の間に、専門職なのに正規雇用ではない職種は増えたといえるでしょう。
以前は女性の多かった非正規職員の職場に、男性も介入せざるをえない状況になっています。

意地悪な言い方をすれば、男性も(女性と同じ)非正規の身分になって初めて、これまでは他人事だった「同じ仕事をしているのになぜ?」という、構造上の差別に向かい合うハメになったのかもしれませんよね。
でもそのおかげでおかしいことをおかしいといえる発言の機会も増えて、ニュースにもとりあげられる理由の一つになったのでは? 

そう考えると、男性支配の社会の構図は巧妙に隠されているとする田嶋先生の指摘が腑に落ちるのです。

私の周囲の女性司書の現状を言えば、究極、「この仕事が好きだから、給料は安くてもがまんする」という者が多いです。
これは愛でしょうか? それとも単なる執着でしょうか? 
独身で一人暮らしをしている者は少ないです。
親元に居る、きょうだいで住んでいる者がほとんど。収入的にそうせざるをえないからです。

田嶋先生は「自分の“足”で自分のお金を稼ぐことが自立の基本」と言っていますが、自立できない職種、できても苦しい生活を強いられる職場に女性が多いと感じます。


いま確認すると、私の文庫本では第六章「ただのフェミニズムを求めて」のページにつけた付箋が一番多かったです。

>「冠」を、すなわち既成の思想を外して、ただの“フェミニズム”で十分です。

ただの“個人”としては、この一行に共感するのです。
同じ思いの利用者がたくさんいるのだと感じています。
自分が絡めとられているモヤモヤとした気持ちの根っこにある“構造としての女性差別”問題を、もっと知りたい。考えてみたい。そして楽になりたい。自分らしくありたい!と願う、新しい読者がまた、いま、この本を手にしているのだなぁと返本のたびに思います。


そして、冒頭にあげた『愛という名の支配』の出版の変遷は、図書館のアーカイブなら確認できることに、公共図書館の存在意義を感じました。
フェミニズムについての各論も、引用されている文献も確認できました。
ついでに田嶋先生と同じくフェミニストとして著名な上野千鶴子氏との対談が掲載された毎日新聞記事も、図書館の書庫から探して読みました。

社会に出た人間が、自立のために何かを調べようと思ったら、勉強したいと思ったら、図書館はそんな万人の味方です。というか、勉強に限りませんね。

個人的には今回、本書に引用されていたロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』を読み返さなくてはと思っています。

それから話題のフェミマガジン『エトセトラ』vol.2 We LOVE 田嶋陽子!は好評につき、書店でも品切れのところがあるようですが、図書館で読むのもアリだと思います。

まずは知ることから-。


本間 恵 (司書)
札幌生まれ、札幌育ち。札幌市以外の町にも暮らしてみようと隣町、小樽市にも5年住み、自分が思ってきた「あたりまえ」が実はあたりまえではないことを知る。小さい図書室・地区図書館・中央図書館などを経て現在、札幌市図書・情報館に勤務。文学と児童書のコーナーはない現図書館での選書担当は「ジェンダー」「食」そして「アート」。プライベートでも舞台を創る人たちとよく交流しています。

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