エピソード.2「巨腕のショッピングセンター」第二十四話 大企業の地盤戦略③
「わだや」の店内に入ると、空本はすぐに和田の緊張した表情を感じ取った。和田は漬物の瓶を片付けながら、空本に目を向ける。店内はいつも通り落ち着いた雰囲気だが、その裏で、彼の心中は揺れ動いているようだった。
「阪栄ディベロップメント開発の連中がうちの土地を買いたいって言ってきたよ」和田が言葉を切り出すと、空本はすぐに席に着いた。
「具体的にどういう提案だったんですか?」空本が尋ねる。
和田は腕を組みながら深い息をつき、瞳を曇らせた。「まあ、いわゆるよくある話かなって思ったんだ。噂ではショッピングセンターの出店計画もあるみたいだし。だからと言ってはじめから売る気なんてないよ。俺もこの土地は先代から引き継いだもんだしね。けど、奴らの話がただ事じゃなくて…何しろ連中、商店街全体の土地を買い上げるつもりみたいで、かなり真剣だった」
顔を曇らせる空本。「商店街全体の土地まで?そんなに広い敷地が必要なのか?」彼の疑念は膨らんでいた。
和田は店の奥を見つめながら続けた。「驚いたのは、阪栄が言ってた場所だよ。ショッピングセンターを『湊山公園』の場所に建てる計画があるって言ってた」
「湊山公園に!?」空本は驚愕した。湊山公園は、商店街に隣接する地元のシンボルとも言える広大な公園だ。市の所有地であり、地域住民の憩いの場でもある。その公園を商業施設にするなんて、想像もしていなかった。
「市から買い上げるってことか…」空本は呟き、事態の規模が思っていた以上に大きいことを悟った。
「そうだろ?」和田が口を挟む。「俺も驚いたよ。でも、あの連中は本気みたいだ。広域集客のため駐車場が必要だから、商店街の土地も欲しいんだろうな。それで、うちの土地を売っても、ショッピングセンターの中で営業できるようにしてくれるって提案してきたんだ」
空本はしばらく考え込み、和田を見つめた。「それで、和田さんはどうするつもりなんですか?」
和田は苦笑いを浮かべた。「俺はずっとここでやってきたし、簡単に手放す気はない。でも、現実的なことを考えたら、商売も厳しくなってきてるしな…正直、どうすべきか悩んでるよ」
空本は和田の心情に同情しつつ、地域全体の未来がこの計画にかかっていることを感じ取った。「確かに、簡単な話じゃないですね。でも、今はまだ何も決まってないんです。もう少し情報を集めて、冷静に判断した方がいいかもしれませんね」
和田は静かに頷いた。「そうだな…空本さんに相談して良かったよ」
空本は立ち上がり、和田に軽く礼をして店を後にした。外に出ると、肌寒い風が彼の頬を撫でた。考えがまとまらないまま、空本は支店に戻ることにした。
中央支店に戻る途中、空本はくすのき湯のことが頭をよぎった。結の家にも、同じように不動産屋が近づいてきていた。あの時は単なる偶然とも捉えることができたが、このショッピングセンター計画が現実味を帯びてきた今では、それもまた土地高騰の動きの一環だと考えるしかない。
「この計画、本当に実現するのか…?それにしてもこの事業規模…」空本は自問自答する。
湊山公園という市の土地を購入するとなれば、当然マスコミにも大きな話題として扱われるはずだ。空本は、その実現性を確かめるため、情報がどこかに漏れていないか調べることに決めた。
彼の脳裏に浮かんだのは、地元の新聞社「神戸ひょうご新聞」。そこで働いている大学時代の後輩である記者の名前を思い出す。彼女に聞けば、何か情報が得られるかもしれない。
空本は歩きながらスマホを取り出し、神戸ひょうご新聞の後輩に連絡を取ることにした。「もしもし、久しぶりだな。ちょっと頼みたいことがあるんだが、時間あるか?」
アポイントを取り終えた空本に、この大きなうねりが覆いかぶさる。
湊山商店街、くすのき湯、そして湊山公園――すべてがこの巨大な計画の中で絡み合っている。大企業が推し進めるその事の重さに、彼の足取りは自然と鈍っていった。