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【2014年/第56回グラミー賞授賞式プレイバック】 すべてが平等の愛〜LGBTQの権利を求める歌

この記事は発売中の書籍『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』(高橋芳朗/著 TBSラジオ/編)から抜粋したものです。本稿では2014年の第56回グラミー賞授賞式を軸に、LGBTQコミュニティとポップミュージックの関わりについて解説しています。

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現役米大統領による初の同性婚容認発言

2014年1月16日、ロサンゼルスのステイプルズ・センターで開催された第56回グラミー賞授賞式。今回のセレモニーの傾向を端的に言うならば、LGBTQを題材にした作品、LGBTQをサポートする作品が目立った印象がありました。おそらく、この背景には近年のバラク・オバマ大統領による同性婚支持の動きがあるのでしょう。2012年5月、オバマ大統領はアメリカABCテレビのインタビューで「同性婚を認めるべき」という旨のコメントをしましたが、現役のアメリカ大統領が公の場で同性婚を容認する発言をしたのはこれが初めてのことでした。

その後2013年1月、オバマ大統領は2期目の就任演説で改めて同性婚支持を表明。この発言に対してはレディー・ガガ(Lady Gaga)をはじめ、ジャスティン・ティンバーレイク(Justin Timberlake)、ジャネール・モネイ(Janelle Monáe)、マルーン5(Maroon 5)のアダム・レヴィーン(Adam Levine)、シンディ・ローパー(Cyndi Lauper)ら多くのアーティストが賛同しています。同年の6月にはアメリカの連邦最高裁が全米のすべての州で同性婚を合憲とする判決を下しましたが、こうした状況がLGBTQ関連の作品を評価する機運を高めていったのはまちがいないでしょう。

ここでは、今回のグラミー賞の受賞作や授賞式でパフォームされた楽曲からLGBTQをテーマにした作品を3曲紹介したいと思います。

ヒップホップ発、同性婚サポートソング

まずはマックルモア&ライアン・ルイス(Macklemore & Ryan Lewis)の「Same Love」。このふたりは、ワシントン州シアトルで2008年に結成された白人ヒップホップデュオ。2012年に「Can't Hold Us」と「Thrift Shop」の2曲の全米ナンバーワンヒットを放って一躍ブレイクしました。彼らは今回のグラミー賞で最優秀新人賞や最優秀ラップアルバム賞など計4部門を受賞。これは最多受賞となったダフト・パンク(Daft Punk)の5部門(最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞、最優秀ポップデュオ/グループ賞、最優秀ダンス/エレクトロニカ賞、最優秀エンジニアアルバム賞)に次ぐ成果でした。

惜しくも受賞は逃したものの、最優秀楽曲賞にノミネートされていた「Same Love」はマックルモア&ライアン・ルイスのアルバム『The Heist』の収録曲。これは2012年2月、マックルモアが彼の地元ワシントン州で同性婚法が成立したことにインスピレーションを得てつくったものです。マックルモアをこの曲の制作に向かわせた動機には彼のおじさんがゲイだったこともあるようで、そんな経緯から「Same Love」のシングルのジャケットにはそのおじさんと彼のパートナーのポートレイトが使われています。

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「Same Love」が注目を集めた理由としては、先ほど触れたような同性婚を容認する時代の風潮はもちろん、ヒップホップアーティストがLGBTQをサポートする曲をつくること自体が極めて異例だったことが挙げられます。メジャーレーベルに所属するようなアーティストとしては、ほぼ前例はないといっていいでしょう。

これはなぜかというと、マチズモ(男性優位主義)がはびこるヒップホップの世界ではいまだにホモフォビア(同性愛嫌悪)が根強く、そんななかでLGBTQを支持する声を上げることは大きなリスクを伴うことになるからです。大げさに聞こえるかもしれませんが、LGBTQへのサポートを表明することでシーンからの反発を受け、キャリアに支障をきたしたりアーティスト生命をおびやかすような事態にもなりかねない。マックルモア&ライアン・ルイスは、そんな状況もかえりみず「Same Love」のリリースに踏み切ったというわけです。ただ、同時期にはジェイ・Z (Jay-Z)、T.I.、50セント(50 Cent)といった大物ラッパーがオバマ大統領の同性婚容認発言に賛意を示したほか、ヒップホップクルー「オッド・フューチャー」(Odd Future Wolf Gang Kill Them All)に所属するシンガーソングライターのフランク・オーシャン(Frank Ocean)がカミングアウトするなど、ヒップホップ界のLGBTQに対する意識が大きく変わり始めた時期ではありました。

立ち上がるときはいま

「Same Love」の歌詞を書くにあたって、マックルモアはどういうスタンスで臨むべきかたいへん悩んだそうですが、タイトルに込められた「不安や恐れを取り除けばそこには同じ愛(Same Love)がある」というメッセージなど、彼の誠実な態度に胸を打たれる実に感動的な内容になっています。マックルモアはまず曲の冒頭、子供のころLGBTQに対して偏見を抱いていたことを打ち明けます。

小学生のころ、俺は自分がゲイだと思っていた/だって絵を上手に描くことができたし、おじさんがゲイだったし、部屋もキレイに片付けていたから/涙ながらに母親に「僕はゲイなのかな?」と訴えたら「あなたは幼稚園のころからずっと女の子が好きだったよ」って/それで自分が先入観に囚われていたことに気がついたんだ

アートのセンスに長けていてキレイ好き、というのはアメリカにおけるゲイのステレオタイプ。導入はちょっとユーモラスなところがありますが、このあとはぐっとシリアスなトーンに移行してアメリカ社会の暗部を糾弾していきます。

同性愛は生まれつきのものなのに、保守派の人々はそれが彼ら個人の性格によるもので治療すれば治ると思ってる/人間本来の性質を人為的に変えようとしているんだ/「勇敢なアメリカ」なんて言うくせに、自分たちが理解できないもの、未知なものをいまだに怖れてる/神様は誰にでも分け隔てなく愛を与えてくれるはずなのに、3500年前に書かれた本(旧約聖書)を自分たちの都合のいいように言い換えてるんだ

さらにマックルモアは、ヒップホップカルチャーのホモフォビアについても言及。この勇気ある提言を経て、曲はいよいよクライマックスに向かっていきます。

もし俺がゲイだったら、きっとヒップホップに嫌われていただろ/YouTubeのコメント欄には毎日のように「なんだよ、ゲイみたいだな」なんてコメントが書き込まれてる/ヒップホップは抑圧への抵抗から生まれた文化だったはずなのに、俺たちは同性愛者を受け入れようとしない/みんな相手を罵倒するときに「ホモ野郎」なんて言うけれど、ヒップホップの世界ではそんな最低な言葉を使っても誰も気に留めやしない/俺はゲイじゃないかもしれないが、そんなことは重要じゃない/すべての人々が平等にならない限り、自由はないんだ/俺は全面的に支持するよ/再生ボタンを押すんだ/一時停止じゃない/前を向いて、さあ行進しよう/俺のおじさんたちが法律によって結ばれる、その日まで/もちろん、紙によって証明されたところでなにもかもが解決するわけじゃない/でも、出だしとしては上々だ/法律では俺たちは変わらない/俺たち自身が変わっていかなくちゃいけない/信じる神がなんであれ、俺たちはひとつ/恐怖を払いのけた先にあるのは、すべてが平等の愛/立ち上がるときはいまなんだ

まるで、ひとつの名演説を聴き終えたような高揚感があるマックルモア渾身の「Same Love」。ここではその一部を紹介しましたが、機会があればぜひ全編の歌詞を読んでみてください。

グラミー史に残る合同結婚式

「Same Love」についてさらに補足しておくと、ゲストボーカルとしてフィーチャーされている女性シンガーはマックルモアと同郷シアトル出身、レズビアンでLGBTQアクティビストでもあるメアリー・ランバート(Mary Lambert)。彼女は「Same Love」がヒットしたあとの2013年7月、その「Same Love」のサビのフレーズを引用したシングル「She Keeps Me Warm」を発表しています。タイトルからもうかがえる通り、この曲も題材はLGBTQ。

彼女が言うの/みんなが私たちのことをジロジロ見てくるのはふたりが最高にお似合いのカップルだからだって/もう日曜日に教会に行っても泣いたりしない/愛は忍耐強く、やさしいものだから/彼女だけが私をあたためてくれる/彼女こそが私のぬくもり

と歌い上げる切実な歌詞は、「Same Love」のメッセージに奥行きを生み出すことにつながっています。

また、「Same Love」の曲中で鳴っている穏やかなピアノのフレーズはカーティス・メイフィールド (Curtis Mayfield)が在籍していたR&Bボーカルグループ、インプレッションズ (The Impressions)の1965年のヒット曲「People Get Ready」をサンプリングしたもの。この曲は60年代の公民権運動を象徴するプロテストソングで、マックルモアがラップする「The same fight that led people to walk-outs and sit-ins」(これは行進や座り込みで応戦した公民権運動と同じ戦いなんだ)という歌詞と見事にリンクしています。このあたりの曲のバックグラウンドを踏まえた引用も含め、「Same Love」はメッセージソングとして非常に緻密な構造をもった曲といえるでしょう。

今回のグラミー賞授賞式において、マックルモア&ライアン・ルイスはこの「Same Love」を披露しました。これがなんとも粋な演出を交えたパフォーマンスで、主催者は会場に同性/異性を交えた計34組のカップルを招待。「Same Love」は彼らの合同結婚式を祝福するウェディングソングとしてパフォームされたのです。大団円には、これまでのキャリアを通じてLGBTQを支援してきたマドンナ(Madonna)がサプライズで登場。自身の1986年のヒット曲「Open Your Heart」を歌ってセレモニーに華を添えました。34組の婚姻はカリフォルニア州の結婚立会人資格を持つラッパー/歌手のクイーン・ラティファ (Queen Latifah)によって公式な結婚と認定されるなど、細部への配慮も怠りなし。これはグラミー賞の歴史に残るステージとして語り継がれていくことになるでしょう。

カントリーミュージックとLGBTQ

続いて紹介するのは、ケイシー・マスグレイヴス(Kacey Musgraves)の「Follow Your Arrow」。これは彼女のメジャーデビューアルバム『Same Trailer Different Park』の収録曲です。ケイシーは1988年生まれ、テキサス出身のカントリーシンガー。このアルバムが全米カントリーチャートで1位を獲得したことにより脚光を浴びた彼女は、今回のグラミー賞で最優秀新人賞など4部門にノミネート。最優秀カントリーアルバム賞と最優秀カントリーソング賞の2部門を受賞しています。

先ほどマックルモア&ライアン・ルイスの「Same Love」を紹介した際、ヒップホップのマッチョな世界ではホモフォビアが根強く、LGBTQ支持を表明することは非常に大きなリスクを伴うという話をしましたが、それはカントリーミュージックに関しても同じことがいえます。アメリカでカントリーの人気が高いのは、中西部から南東部の「バイブルベルト」と呼ばれるキリスト教保守派が多い地帯。このエリアでは同性愛を嫌悪する傾向が依然強く、カントリーのアーティストがLGBTQへのサポートを表明すると彼らから激しいバッシングを受ける恐れがあります。

 ケイシーはバイブルベルトに含まれるテキサス州の出身ですが、2003年には同じテキサスのカントリーバンド、ディクシー・チックスがイラク戦争に踏み切った共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領を批判したことにより保守層の猛反発を浴びています。彼女たちはカントリー系のラジオ局から閉め出しをくらったのに加え、CDの廃棄運動が行われるなど、満足な活動ができない状態にまで追い込まれてしまいました。この一件以降、カントリーのアーティストにとって保守層を刺激するような言動は御法度とされていますが、ケイシーの「Follow Your Arrow」はそんななかから生まれたヒット曲になります。

自分の好きなように生きよう

「Follow Your Arrow」のタイトルは直訳すると「あなた自身の矢を追いかけろ」となりますが、これはつまり「自分の好きなように生きよう」という意味。保守的な環境で、旧来的な価値観を押し付けられている若者を解放するメッセージソングになっています。

結婚するまで純潔を守ったら退屈なひと/守らなかったら売春婦呼ばわり/まったくお酒を飲まなかったらお堅いひと/でも、一杯でも飲んだら酔っ払い扱い/ダイエットできなかったらただのデブ/でもやせすぎたらヤク中だって/やってもダメだし、やらなくてもダメ/だったらきっとやったほうがいい/あなたが望むことならなんだって
だから大騒ぎしよう/キスしたかったらすればいい/男の子だろうと、女の子だろうと/もしそうしたいと思うならね/品行方正な生き方が窮屈になってきたら、マリファナでも吸えばいいよ/別にやらなくてもいいけどさ/ただあなたの心の矢を追いかければいい/それがどこに向かおうとも/あなた心の矢に従うの/たとえどこに飛んでいっても

あえてそういうアプローチをとったのかもしれませんが、「Follow Your Arrow」は体裁こそオーソドックスなカントリーソングながら、こと歌詞に関してはなかなかに攻めた内容といっていいでしょう。実際、ケイシーは所属レーベルから「この曲をシングルとして出すのはラジオでのエアプレイにおいて自殺行為だ」と忠告されたそうですが、彼女は「リスクをとる価値がある」とリリースを強行。結果、ラジオでは予想通り冷遇されたものの、全米カントリーチャートで最高10位をマークするヒットを記録。2014年のCMAアワード(カントリーミュージック協会賞)では見事最優秀楽曲賞を受賞するなど、カントリー界に新風をもたらしました。

今回のグラミー賞授賞式でケイシーは「Follow Your Arrow」をパフォームしましたが、実は彼女が最優秀カントリーソング賞を受賞した楽曲は同じアルバムに収録された「Merry Go 'Round」。それでもあえて「Follow Your Arrow」を歌ったあたりに、ケイシーのアーティストとしての矜持、そして今回のグラミー賞の気分がよく表れていると思います。

正直で勇敢なあなたを見たい

最後はサラ・バレリス(Sara Bareilles)の「Brave」。彼女は1979年生まれ、ロサンゼルス出身のシンガーソングライター。2013年の時点ですでに10年近いキャリアがあるアーティストです。

サラ・バレリスは今回のグラミー賞で最優秀アルバム賞と最優秀ポップソロパフォーマンス賞の2部門にノミネート。惜しくも受賞は叶いませんでしたが、授賞式では大御所シンガーソングライターのキャロル・キングとのコラボで彼女の名曲「Beautiful」と共に「Brave」を披露しました。

マイクロソフトのCMにも使用されていた「Brave」は、サラがLGBTQをカミングアウトすることに躊躇していた友人に向けて書いた曲。そんな背景から現在ではLGBTQアンセムになりつつあるようです。タイトルの「Brave」には「勇敢な」「立派な」などの意味がありますが、歌詞は先ほど取り上げたケイシー・マスグレイヴスの「Follow Your Arrow」にも通底するエンパワメントソングになっています。

あなたは素敵な人になることができる/言葉を武器にも薬にも変えることができる/社会のはみ出し者にされることも、愛に飢えた人たちから反発を受けることもあるかもしれないけど、でも自分の意見を主張することだってできる/言葉以上にあなたを傷つけるものはない/その言葉は肌の下に染みついたら、心のなかにとどまり続けて光を奪っていく/ときには暗闇に覆われることもあるかもしれない/でも、私はなにかが起きるんじゃないかって思ってる/言いたいことを言おう/すべて吐き出して/正直で勇敢なあなたを見たい/言いたいことを言って/なにもかもぶちまけて/正直で勇敢なあなたを見たいから

サラ・バレリスはレズビアンの恋愛を題材にした2004年公開の映画『彼女が彼女を愛する時』に出演した過去もあり、それがまた「Brave」のメッセージに説得力をもたらしているところもあるのでしょう。ちなみに彼女、2011年5月に来日公演を開催した際には東日本大震災の被災地に自ら足を運んでボランティア活動を行っています。

以上3曲、LGBTQを扱った作品がグラミー賞の授賞式で3曲もパフォームされたことの意義は途轍もなく大きなものがあると思います。これが今後のポップミュージックの動向にどのような影響を及ぼすことになるのか、引き続き注目していきましょう。

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