【2016年アメリカ大統領選プレイバック】 トランプ、ヒラリー、サンダース・・・主要大統領候補のキャンペーンソングとその背景
この記事は発売中の書籍『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』(高橋芳朗/著 TBSラジオ/編)から抜粋したものです。本稿では2016年のアメリカ合衆国大統領選挙とポップミュージックの関わりについて解説しています。
3人の注目候補
2016年11月8日の投票日に向けて、アメリカ大統領選挙の盛り上がりもいよいよ本格化してきました。今回はその候補者のなかから注目度と支持率の高い上位3人、民主党のヒラリー・クリントンとバーニー・サンダース、そして共和党のドナルド・トランプ、この3人がキャンペーンソングとしてどんな曲を使っているのか紹介します。
民衆の声を代弁するのにパーフェクトな曲
まずは2016年2月9日、ニューハンプシャーで行われた予備選挙で圧勝した共和党候補のドナルド・トランプ。彼の過激な発言は日本でもたびたび報じられていますが、ミュージシャンは民主党支持者が多いせいもあってトランプが集会でなにかしらの曲を使うたびに使用の中止を求める抗議の声が上がる状況が続いています。そんななか、現状唯一トランプが公式に使用許可をもらった曲がトゥイステッド・シスター(Twisted Sister)の「We’re Not Gonna Take It」。1984年のヒット曲です。
トゥイステッド・シスターは、1980年代に人気を博したヘビーメタル/ハードロックバンド。けばけばしい風貌とポップな曲調により、当時子供たちから熱烈に支持されました。この曲も本来はキッズのフラストレーションを代弁する曲としてつくられているのですが、確かに歌詞は民衆をアジテートするのにもってこいの内容です。歌詞の一部を引用しましょう。
そんなことは受け入れられない/そんなことはもうたくさんだ/俺たちにだって選ぶ権利はある/権力とは真っ向から戦ってやる/俺たちの運命を勝手に決められてたまるか/これが俺たちの人生、これが俺たちの歌/俺たちは正しいんだ/俺たちは自由だ/俺たちは戦う/お前にだってわかるはずだ
ただ、トゥイステッド・シスターもドナルド・トランプに楽曲の使用許可を出したとはいえ、必ずしも共和党の支持者というわけではないようです。バンドのリーダー、ディー・スナイダー(Dee Snider)は今回の件についてこんなコメントをしています。
「ドナルド・トランプは俺の良き友人で素晴らしい男だ。俺は彼が政治のシステムをひっくり返すのをサポートしている。そして“We're Not Gonna Take It”は反逆についての歌だ。トランプがいまやっていることは、反逆以外のなにものでもない。そういった意味では民主党のバーニー・サンダースにこの曲を使ってもらっても構わないんだ。彼も同じように状況をひっくり返そうとしている男だからな。もちろん、俺だってトランプの言うことすべてに賛同しているわけじゃない。でも、俺は彼のスピリットと態度を支援する。人々の我慢はもう限界を超えていて、うんざりしているんだ。“We're Not Gonna Take It”は、そんな民衆の声を代弁するのにパーフェクトな曲なんだよ」
トランプが大統領になったら悪夢
ドナルド・トランプがこれまで集会などで使ってアーティスト側から抗議を受けた曲をざっと紹介しておきましょう。まずはエアロスミス(Aerosmith)の「Dream On」(1973年)。これは「夢を見ろ/夢を見るんだ/夢が叶うまで夢を追い続けよう」と歌う、エアロスミス初期の代表曲です。
そして、R.E.M.の「It's The End of The World As We Know It
(And I Feel Fine)」(1987年)。タイトルは「知っての通りこれが世界の終焉(でもとてもいい気分)」というシニカルなものですが、バンドのフロントマンであるマイケル・スタイプ(Michael Stipe)はトランプが自分たちの曲を無断で使ったことに激怒して「恥を知れ! この哀れで目立ちたがりで強欲な小心野郎! なにをしやがるんだ! 俺たちの音楽や俺の声をお前らの間抜けな選挙キャンペーンに使うんじゃねえ!」とコメントしています。
ほかにもトランプは、アデル(Adele)の「Rolling In The Deep」(2010年)や「Skyfall」(2012年)、さらにはローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)の「Brown Sugar」(1971年)や「Sympathy for the Devil」(1968年)なども使用。どれももれなくアーティストからのクレームを受けています。ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズ(Keith Richards)は「ドナルド・トランプが大統領になったら最悪の悪夢だ」とコメントしていました。
そんなトランプがキャンペーンで使用した曲のなかでも特に疑問だったのが、マイケル・ムーア監督の映画『華氏911』(2004年)のエンドロールでも流れていたニール・ヤング(Neil Young)の「Rockin' In The Free World」(1989年)。彼はカナダ人ですが、「俺は大統領選候補の連中ではなく市井の人々のために曲をつくっているんだ」とコメントしてすぐさま楽曲の使用禁止を訴えました。なお、彼はそれに合わせて「俺はバーニー・サンダースを支持する」とも表明しています。
トランプの不可解な選曲
興味深いのは、この「Rockin' In The Free World」はリリース当時政権を担っていたジョージ・H・W・ブッシュ大統領と共和党を痛烈に批判した歌であるということです。1980年代末のアメリカ、低所得者が置かれた過酷な現実を綴った歌詞の一部を引用しましょう。
ある夜、古びた街灯のもと、ごみ箱のそばで赤ん坊を抱いている女を見た/彼女は赤ん坊を置いて、ヤクを打つために立ち去った/きっと彼女は自分の人生を憎んでいるだろう/そして、これまで自分がやってきたことも/これでまたひとり、学校に行くことも、恋に落ちることも、クールに振る舞うこともできない子供が増えてしまった/俺たちにはホームレスのための「千の光」がある/親切で優しいマシンガンも、デパートも、トイレットペーパーも、オゾン層を破壊する発泡スチロールも/希望を持ち続けろという者もいれば、燃やす燃料も、走るための道もある/自由な世界でロックしよう/自由な世界でロックし続けるんだ
こうして共和党を糾弾したプロテストソングを共和党候補のトランプがキャンペーンソングとして使用するという、なんとも不可解な事態。ある意味、この選曲にトランプのスタンスの曖昧さが表れているのではないでしょうか。あえて深読みをすると、当時のブッシュ政権を批判した「Rockin' In The Free World」を使うことによって同じ共和党候補のライバル、ジェブ・ブッシュを牽制したという見方もできなくはないですが……まあ、それは考えすぎでしょう。なお、ニール・ヤングは自身の政治的スタンスについて次のような声明を発表しています。
「俺はカナダ人だからアメリカで投票をすることはできないが、それ以前に最近のアメリカやそのほかの国での政治が置かれている体制が気に食わない。民主主義は、ますます企業の利益のために乗っ取られていく。大統領選に出馬するための資金、特別な利権団体のロビー活動に費やされる資金、そして拡大していく経済格差や潤沢な資金を背景にして次々と通過していくさまざまな法案。これらは、人々の生活よりも企業の利益を優先させたものなんだ」
あなたの応援ソングをつくりたい
続いては民主党候補のヒラリー・クリントン。彼女がキャンペーンソングとして使っているのは、ケイティ・ペリー(Katy Perry)の「Roar」。2013年に全米チャートで1位に輝いた大ヒット曲です。タイトルの「Roar」は「ガオーッ!」といった猛獣の雄叫びのことで、ケイティ曰く「これは自分のために立ち上がる人たちについて歌った曲」。
歌詞ではこんなメッセージを歌っています。
たとえ押さえつけられても私は立ち上がった/さあ、埃を払い落として/聞こえるでしょ?/この声が、この音が/まるで大地を震わす雷のよう/もう十分、準備は整った/いまだったらなにもかもがわかる/この目に宿る虎の勇ましさ/燃える炎の中で踊るファイター/だって私はチャンピオンだから/この雄叫びが聞こえるはず/もっと大きく、ライオンよりも大きな声で/蝶のように舞い、蜂のように刺す/私は成し遂げた/ゼロから始めて自分自身のヒーローへ
ケイティ・ペリーは、ヒラリーのサイン会や集会に積極的に参加するような熱心な彼女のサポーター。そんな経緯から、ケイティはTwitterを通じてヒラリーに「もし必要ならば、ぜひ私があなたの応援ソングをつくりたい」と直訴したのですが、それに対してヒラリーが「もうすでにあなたは素晴らしい曲をつくっているじゃない。あなたの雄叫び(roar)を聴かせてちょうだい」とレスポンス。こうして「Roar」がヒラリーのキャンペーンソングになりました。
アメリカを探しにやってきた
同じ民主党候補でヒラリー・クリントンに肉薄する人気を得ているのがバーニー・サンダース。彼は2月9日のニューハンプシャー州の予備選でヒラリーに勝利していますが、ミュージシャンのなかでは左派のサンダース支持者が圧倒的に多い印象です。
そんなサンダースが自身のキャンペーンで使用している曲は、サイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)の「America」。1968年リリースの名盤『Bookends』の収録曲です。
サンダースは1月21日にテレビ用の新しいキャンペーンCMを公開していますが、そのタイトルも同様に「America」と名づけられていました。この映像はYouTubeにもアップされているので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。
サイモン&ガーファンクルの「America」のサビには「I've come to look for America」(私はアメリカを探しにやってきた)というフレーズがありますが、この歌は若い恋人同士がアメリカの真の意味を求めてヒッチハイクや長距離バスを駆使しながら大陸横断旅行をする内容。ベトナム戦争や公民権運動などにより、激動の時代を迎えていた当時のアメリカの社会情勢を強く反映した曲といえるでしょう。つまりサンダースはこの曲を通じて、自分と共に新しいアメリカを探す旅に出ようと国民に呼び掛けているわけです。
このサイモン&ガーファンクルの「America」を聴くと、キャメロン・クロウ監督の映画『あの頃ペニー・レインと』(2000年)の名シーンを思い出す方も多いでしょう。映画『(500)日のサマー』(2009年)でおなじみ、ズーイー・デシャネルが演じた主人公ウィリアム少年の姉アニタ。保守的な母親に辟易した彼女が自由を求めて家を出て行く場面で流れるのが、ほかでもないサイモン&ガーファンクルの「America」でした。サンダースがこうした背景まで視野に入れて「America」を選んだかどうかはわかりませんが、曲のメッセージをしっかり吟味したうえでの選曲であることはまちがいないでしょう。
ちなみにサイモン&ガーファンクルのふたり、ポール・サイモン(Paul Simon)とアート・ガーファンクル(Art Garfunkel)はサンダースが選挙キャンペーンで「America」を使用することを快諾しています。
というわけで、ドナルド・トランプのトゥイステッド・シスター、ヒラリー・クリントンのケイティ・ペリー、そしてバーニー・サンダースのサイモン&ガーファンクル、計3曲紹介してきました。それにしてもまさに三者三様、曲のチョイスを通じて3人それぞれの個性がわかりやすく顕在化したのではないでしょうか。
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高橋芳朗/著
TBSラジオ/編
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Black Lives Matterとヒップホップ、LGBTQ解放運動とグラミー賞、#MeTooムーブメントとアーティストのアクティビズム……音楽ジャーナリスト・高橋芳朗が「トランプ時代」のポップミュージックに込められたメッセージとその社会的な背景を解説。
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