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優しく包み込む男の度量、「Poor Butterfly」

先日届いた一枚の年賀状で、
ジャズ・ジャイアントの一人、
ソニー・ロリンズの名バラード
「Poor Butterfly」を思い出した。 

この曲は、1957年録音のBlue Note版
「Sonny Rollins vol.2」のラストナンバー。

ロリンズの優しさで満ち溢れたテナー。
大きな器で弱者を包み込むような
本当にほっとする名演。

僕が二十数年前、横浜で
営業マンをしていた頃のこと。

その人は僕より9年先輩で、
実にマイペース、のほほんとした人。
ほぼ毎朝、営業部長席の前に立たされ、
怒鳴られていた。

でも弁解も釈明もせずに、
無表情で微動だにせず
背筋を伸ばして立っていた。

その後のランチなどで会話すると
あの罵声を浴びた人とは思えない程、
実に飄々と淡々として、
彼の集めたジャズアルバムの話を
僕に聞かせてくれた。

達観か?鈍感か?
この強さはどこからくるか?

金曜の夜は関内駅前のバーで
サシで飲んだ。
1950年代のジャズの醍醐味を
彼から僕は伝授された。

日頃無口な彼は、とりわけ
ソニー・ロリンズが大好きで、
ウイスキーの水割りを飲みながら
ロリンズを語り出すと
終電の時刻を忘れる程だった。

あの時からだ。
僕がジャズの虜になったのは。

そんな生活が一年続き、
僕も彼も別の支店に異動に。
そして数年前、彼は定年で退職し、
今は別の会社で働いている。

でも年賀状のやり取りはずっと続き、
このたび28回目の年賀状を頂戴したのだ。

彼と別の職場になってから
僕はロリンズのアルバムを随分と買い、
聴き込み、その影響でマイルスを聴き、
スタン・ゲッツを聴き、
ハリー・アレンを聴くようになった。

「Poor Butterfly」。
ロリンズが朴訥で少し無骨だけど、
飄々と大きな優しさで、聴き手を包み込む。
滋味深いあのテナー・サックス、
この季節にピッタリの、
実にあったかい、名演中の名演。

部長席で怒鳴り散らされている彼。
泰然自若に笑顔でジャズを語る彼。

「男は強くなければ生きていけない、
優しくなければ生きていく資格がない。」
By 探偵フィリップ・マウロー
(レイモンド・チャンドラー作)

毎年この一枚の年賀状が届くたび、
僕のなかで「Poor Butterfly」が蘇る。

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