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虹の彼方へ、正和さんの肖像

「空に虹は何度でもかかる。
美しい虹。それはたった一度ではない。
希望を失わずに、絶望せずに、
生きてください」
正和さんの声、優しいまなざし。

断片的な事実で
その印象を固めるのではなく、
鳥の眼で全体を俯瞰し、
虫の眼で細部に気を配り、
魚の眼で流れを読む。

如何に客観的に物事を捉えるか、
それにより、人の人生を
大きく変えることもある。
田村正和さん演じる佐原弁護士は
そう教えてくれた。

正和さんは、コメディよりも
シリアスなドラマの出演を好んだという。
享年77歳。そのご逝去は、
とてつもなく哀しく、寂しい。

田村さんといえば、
言わずもがな古畑任三郎や
「パパはニュースキャスター」だが、
僕は、ご本人に合わせるわけではないが、
シリアスな大人の男を演じた作品に
心底惹かれる。

例えば「さよなら、小津先生」。
あの学園ドラマは爽やかだが
決してそれだけではない。

小津はワケあり高校教師。
バブル処理をしていたエリート銀行員が
解雇され、家族を失い、その結果、
私立高校の臨時教員となる。
バスケ部のコーチとして生徒と共に
希望の欠片をすくい上げ、
再生していく学園ドラマだ。

この小津先生を演じた正和さんの眼。
あの哀愁と優しさ溢れるばかりの瞳を
僕は忘れられることはないだろう。

シリアスものと言えば
先日、田村さん追悼ゆえに再放送した
松本清張原作のドラマ「疑惑」。
佐原弁護士を演じた正和さんの
静かで哀しい、でも鋭く、
慈悲深い眼も決して忘れまい。

高級料亭の経営者で資産家の老主人が
ある夏の深夜、クルマごと海に転落し、死亡する。
助手席にいたその妻、球磨子(沢口靖子)は、
独り海面に泳ぎ出て助かる。

マスコミは球磨子の生い立ちや気性、言動から、
夫殺しを企んだ非道、鬼畜と決め付け、
「オニクマ」とあることないことを報じ続ける。
警察もそれに同調し、彼女を逮捕、世論は
球磨子が極悪人と信じるようになる。

この世でたった一人、
彼女の無実の可能性を
信じたのが佐原弁護士。
彼には13年前に妻を殺された、
哀しい過去がある。

噂や記事内容の隙間にこぼれ落ちた
「事実」の欠片をすくい上げ、
実際に関係者に会って「真実」を
つまびらかにしていく。

そこにあるのは、
弁護士という職業人の執念
客観視と慈悲の心だ。

この作品では清純派のイメージが強い
沢口靖子さんが汚れ役で迫真の演技。
絶望と諦念に満ちた役の田村さんとの
演技の掛け合いが白熱する。

結論を綴る野暮はなしだが、
逆転に転じるきっかけとなる裁判での、
掠れた声の佐原の弁論は圧巻。
僕は何度も何度も繰り返し観た。

最後に、佐原が球磨子に囁く言葉に
優しさが溢れこぼれ落ちる。

「空に虹は何度でもかかる。
美しい虹。それはたった一度ではない。
希望を失わずに、絶望せずに、
生きてください」

田村正和さん。
昭和から平成へとテレビの画面の中で、
ワクワクとドキドキの時間をくださった。

幾多もの虹をかけてくださった大スターへ。

合掌

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