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真冬のコートを想う日、憧憬と執着と男の生き方と

僕の真冬のコートはウールで濃紺、
もう十年は使っている。 

袖やポケット部分は擦り切れて
白地が見え、一部で糸がほつれている。
もう力なくよれよれの状態。

そろそろ新調すれば良いではないかと
周囲から言われている。

厳寒の朝、雪降る夜、 
明け方から真夜中まで
僕の身体を守り続けてくれた一品。 

どこか気だるい朝、 
飲み会や接待の家路も
このコートは我が身を
心をも包み込んでくれた。 

使い込んでくたびれたこのコートを 
僕は手放せないでいる。

10年前、僕がこのコートを選んだのは 
高倉健主演「鉄道員(ぽっぽや)」に 
影響されてのこと。 

北の果て雪降る駅にひとり佇む駅長、
佐藤乙松(高倉健)の濃紺の大きな外套姿。 
吹雪舞うどんなに寒い朝でも
ぽっぽやの任務を貫いた佐藤駅長。

雪景色のなかの濃紺のコート姿。
その孤高の背中。こんな絵は
健さんにしか似合わない。

僕は少年の頃から健さんの大ファン。
小学生の頃、街の映画館で
「君よ憤怒の河を渡れ」を観て感激し、
以来、出演作205本の大半は観ている。
健さん生き方、健さん演じる主人公への憧憬を支えに、僕はこれまで生きてきた。

豪雪の八甲田山、死の境界線を経験した南極と北極(南極物語)、吹雪の死闘、網走番外地、
突風吹き荒れる竜飛岬(海峡)、厳しく険しい風景の中で、「寒青」という言葉をこよなく愛した健さんは、独り立っていた。

10年前に僕は健さんの、あのぽっぽやのコートを探しまわり、ようやく横浜駅地下街の紳士服店でよく似た品を掘り起こしたのだ。 

修理すればまだ着れるが、その費用は数千円、耐用年数を考えると買い替えたほうが合理的という店員や妻の意見は筋が通っている。

だけど、長く愛用し愛着が染み付いている
このコートをそんなに簡単に手放せない。健さんの生き方に反する気もする。くだらない未練、何とでも言われよう。

でも、男には、ときに、そんなこだわりがあっても良いのではないか。

見るに見かねた妻が先日、僕にプレゼントがあると大きな包みを差し出した。きっとコートだろう。僕は笑顔になれなかった。

高倉健の生き方、演じた主人公には、
忍耐と切なさ、さりげない優しさ、
鳥肌が立つ程温かな心の触れ合い、
そういうことを大切にする佇まいがある。

今どき流行らないのかもしれない。
古い生き方かもしれない。
でも人の基本は変わらないと思う。

健さんファンであるコラムニストの
近藤勝重氏は著書「健さんからの手紙」で
こう書いている。

懸命に生きている人には
温かい眼差しを向けよう。
真っ直ぐに生き続けた人には
ねぎらいの言葉をかけよう。
そして心ならずも、プライドを捨てて
生きるほかなかった人には、
黙って手を差し伸べよう。
それが高倉健であり、
高倉健という生き方でした。

妻が買ってきた包みを開いて、
僕は驚き、微笑んだ。

そこには、これまで以上に健さんっぽく、
これまで以上にスタイリッシュな
ウールの濃紺、凛々しいコートが。

暫く兼用することにした。

「残すもの長く連れ添うコートかな」弥七

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