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一本の万年筆。ある男の後ろ姿。

豪雪のホーム。幌舞という駅。
駅長の佐藤乙松は、今日もひとり、
列車を出迎え、見送る。
北の果て、過疎地。
彼はまもなく定年を迎え、
このローカル線の廃止も
既に決まっていた…。


浅田次郎さんの小説
「鉄道員(ぽっぽや)」を映画化した
高倉健さん主演作(降旗康男監督)は、
邦画史に残る不滅の名作。

健さん演じる乙松は、
鉄道員の仕事一筋に生きてきた。
幌舞駅の宿舎で生活を共にした
娘が逝った日も妻が他界した時も
「自分は、ぽっぽやだから」と
職務として駅に立ち続けた。
毎日、吹雪の日も、
ひたすら、ひたむきに、ひとえに。

そんな乙松の鉄道員人生と、
幌舞線が同時期に終ろうとしていた。

駅舎は、古く寂れた空間。
駅長室の机には業務日誌。
その備考欄に無骨で大きな文字。

「拾得物、人形」
「異常なし」

乙松のその筆跡は
一本の万年筆によるもの。 
彼は眼鏡をかけ、
万年筆のキャップをまわして外し
勢いよく書き込むのだ。

黒ボディのクラッシックな万年筆。
この一本は、乙松の人生を見てきたのだ。

日々書き入れることは僅かな業務事。
この場面の筆記具は廉価なボールペンでも
成り立つかもしれない。

でも、ここは敢えて、
あの黒い万年筆にしたのだと
僕は思う。

もはやボールペンもコップも
台布巾だって、使い捨ての時代。
一本気な生き方の彼には
万年筆がよく似合う。
昔ながらの、黒い光を放つ万年筆。

この一本は乙松の勲章だ。
同期社員や後輩は出世街道をゆき、
自分は媚も売らず、誰にもへつらわず、
そして、手を抜かず不器用に 
鉄道員の道だけを歩いてきた。
そんな男の後姿。

そして、乙松の最期…。

僕は、この万年筆が
国産の一級品であってほしいと願う。

この一本が、
雪のなかホームに直立で立ち続ける、
黒いコートの健さんの姿に重なる。

この映画「鉄道員」のエンドロールでは、
雪景色の中、列車が黙々と走る姿を
坂本美雨さんの名バラード包む。

春まだ遠く、休日に
DVDでこの名作を見るたびに、
あの名メロディがよぎる。
そして僕は我が万年筆を
そっと握りしめる。

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