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相撲基礎練習法 第3回 股割その3

前回


1. はじめに

 開脚姿勢から上半身を前に倒し、胸やお腹をべったりと地面につけられるようになるためには、

①固いとスムーズな前傾動作の妨げになる部位の柔軟性を高めること
②正しい前傾動作の仕方を習得すること

という二つの要素が重要になるということをお話ししてきました。前回は、①と関係する練習方法について紹介したので、今回は②と関係する練習方法について紹介したいと思います。

 開脚姿勢から、相撲の鍛練法という観点から意味のある前傾動作ができるようになるためには、

A正しい呼吸法を習得すること
B正しい前傾フォームを習得すること
C余計な力みを取り除くこと

の三つが重要になると私は考えています。具体的な練習方法について紹介する前に、この三点がどうして重要なのかについての私の考えを示してみたいと思います。

A呼吸法の習得

 呼吸法として習得する必要があるのは、息を吸った時にしっかりとお腹がふくらむような呼吸の仕方(腹式呼吸)です。股割との関係で、このような呼吸法を習得することの意味としては、主に以下の三つがあると考えています。

㋐大腰筋を動員しやすくなる
㋑股割をする時に前傾姿勢を維持しやすくなる
㋒脱力がしやすくなる

呼吸法の習得以外の二つの要素との関係としては、㋐と㋑は、「正しい前傾フォームを習得すること」と大きく関係していて、㋒は、言葉のままですが、「余計な力みを取り除くこと」と大きく関係しています。以下では、腹式呼吸法と正しい前傾フォームの習得や、余計な力みを取り除くこととの関係についての私の考えをもう少し整理してみたいと思います。

B正しい前傾フォームの習得

 開脚はそれなりにできているけれども、上手く体を前に倒すことができていない人の多くがおちいっているのが、頭だけを地面に向けて突き出したり、もしくは背中の上部だけを曲げるようにして地面に頭を近づけようとするような動きです。それに対して、習得するべき正しい動きは、首や背中上部はできるだけ動かさずに、まずは骨盤から(股関節の動きを中心にして)、上半身の角度が地面と水平に近くなるように傾けていくというものです。

前回背中の筋肉を緩めることが開脚姿勢からのスムーズな前傾動作を可能にする上で重要だという話をしました。私が正しいと思う前傾動作においても、背中上部が曲がっていくような動きがゼロになるわけではありません。ただし、部位ごとの曲がり具合はごく小さなものとなるべきだ(背中上部ばかりが曲がってしまうのは問題がある)と考えています。

大事なことは、上半身を倒していく際に、まずは首や背中上部は極力動かさずに、骨盤から前傾していき、ある程度まで上半身を前傾させることができた後に、そこから背中の中心付近から上部を少しずつ曲げていくという順番を守ることだと思います。なぜなら、実際に試してみると分かると思いますが、先に背中上部を丸めてしまうと、その状態からはスムーズに骨盤を前傾させていくことができないからです。

「㋐大腰筋を動員しやすくなる」との関係

 次に、正しい前傾動作を習得するということと、腹式呼吸法を習得するということの関係性について考えてみたいと思います。正しい前傾動作を行う際には、大腰筋という、背骨と太腿の骨をつないでいる、体幹の筋肉をうまく働かせる必要がおそらくあります。

大腰筋は体幹の奥の方にある筋肉で、自分で意識的に動かすのが難しいとされています。この自分で意図的に働かせるのが難しい筋肉をある程度使えるようにならなければならないということが、開脚姿勢からの前傾動作を正しく行うことが難しい理由の一つではないかと思います。そして、この大腰筋を働かせる感覚を得る上では、お腹が膨らんだ状態になっていた方が圧倒的にコツをつかみやすいです。したがって、腹式呼吸法を習得することの意味の一つは、腹式呼吸法によってお腹を膨らませられるようになることによって、大腰筋を働かせるコツをつかみやすくなることだと言えるでしょう。

余談ですが、相撲における相手を押す際の運び足においては、この大腰筋を上手く使えることが非常に重要になると私は考えています。股割における大腰筋の使い方と相撲の運び足における大腰筋の使い方は、姿勢が違うために完全に同じイメージではない(つまり、股割で上手く大腰筋を使えたからといって、それだけで相撲の運び足における大腰筋の使い方をマスターできるわけではない)のですが、それでも、お腹の奥の方の筋肉が活動する感覚が全くない状態よりかは、はるかに習得が簡単になると考えています。このようなかたちで、股割の訓練をするということは、より一般的な相撲における身体操作技術の習得と結びついていると言えそうです。

「㋑前傾姿勢を保ちやすくなる」との関係

 腹式呼吸法を習得することの別の意味として、背中を一直線に保った状態で姿勢を保ちやすくなるということも重要だと思います。腹式呼吸でお腹を膨らませられるようになると、腹圧を高めることができます。腹圧が十分にかかっていない状態で上半身を前傾させようとすると、頭の重みによって、背中上部が曲げられてしまいます。そうすると先ほど良くないと説明した、骨盤からの前傾が十分にされるより先に首や背中上部が曲がってしまうという状態になってしまいます。

そうならないために直接的に最も重要なことは、背中の上部の筋肉に軽く力を入れた状態を維持するということだと思います。しかし、それに加えて、腹圧を高めることも背中上部のみが曲がってしまうような前傾動作の発生の予防につながります。

それは、腹圧を高めることが、体が一気に前に倒れてしまわないようにブレーキをかけるような働きをしてくれるからです。上半身が地面に対してほぼ垂直になっている状態からある程度傾けることができたら、後は力を抜けば、重力によって体はどんどん倒れていきます。すでに胸やお腹をべったりと地面につけることができる(体の柔らかい)人は、この重力に体をゆだねるだけで、スムーズに体を倒すことができると思います。

しかし、そこまで体が柔らかくない人は、地面に体がつくよりも先に痛みの限界がきてしまうため、どこかで反射的にブレーキをかけなければいけません。腹圧の操作が未熟な場合、この反射的にブレーキをかけようとする時に、腰を立てる(骨盤が前傾ではなく後傾する)ような動きになってしまいやすいです。しかもこの時、背中上部は勢いがついたまま前に倒れようとするので、結果的に、首や背中上部のみが曲がってしまう姿勢になってしまいます。

腹圧の操作が上達してくると、腰の角度を戻すことなく上半身が倒れていくスピードを緩めたり、完全に止めてしまうということができるようになります。それによって、前傾動作に急ブレーキをかけることで発生してしまう、スムーズな前傾動作のさまたげとなるような背中から腰にかけての姿勢のみだれが起こりづらくなります。

C余計な力みの除去

 先ほどブレーキをかけるという表現を使いましたが、上手く上半身を倒すことができない大きな原因の一つとして、上半身が前に倒れていくのを邪魔するような力(ブレーキ)を無意識にかけてしまっているということが考えられます。上でも少しお話ししましたが、前傾動作の邪魔になるような筋肉の緊張状態が生じるのは、上半身の倒れ込みに勢いがつきすぎてしまうことで、我慢できる痛みの限界を超えて内腿や腿裏の筋肉が引き伸ばされてしまうことを無意識に警戒しての防衛反応としての側面が大きいと考えられます。逆に言えば、急激に体が倒れていってしまうということは起こらないという安心感を持てるような状況を整えてやれば、このような緊張状態をやわらげることができます。

このような安定した状態を確保した上で、落ち着いて深呼吸を繰り返していると、前傾動作によって引き伸ばされる筋肉が徐々に緩んでくるとともに、無駄な力として前傾を邪魔している筋肉の緊張も徐々にとれていきます。そうすると、「無理に痛みを我慢しなくても体を倒していられる角度」の限界をかなり更新することができます。

「㋒脱力がしやすくなる」との関係

 無理をしなくても体を倒せる角度を広げていく時に、落ち着いて深呼吸を行うとさらに効果的です。この深呼吸によって体の緊張状態を緩和するということを上手く行うためには、腹式呼吸法を用いる必要があります。したがって、これが、腹式呼吸法を習得することの三つ目の意味と言えるでしょう。

2. 座った状態や腰割姿勢での呼吸法や前傾動作の練習方法

 基本的な考え方についての以上の解説を踏まえて、ここから具体的な練習方法の紹介をしていきたいと思います。上で紹介した三つの要素のうち、呼吸法の習得と正しい前傾フォーム(上半身を骨盤から倒していく動作)の習得の二つについては、開脚姿勢よりも簡単な姿勢での基礎訓練から練習を始めることがおすすめです。いきなり開脚姿勢でこれらの練習をしようとしても、難易度が高すぎて上手く実行できない場合があるからです。具体的には、まずは椅子に座った状態や腰割(仕切り)姿勢から練習を始めるのが良いと思います。また、股割はどうしても苦手だという人も、このような難易度を下げた状態での練習を行うだけでも、呼吸法や骨盤からの前傾動作がまったく身についていない状態よりかは、実戦で良い動きができるようになると思います。

本節では、こうした練習方法について紹介していきたいと思います。なお、呼吸法や骨盤の動きを操作するための練習法はいろいろなバリエーションがあるのですが、股割との関連が薄いものについては、別の回に分けて紹介することにして、今回は股割との関連が大きいものに絞って紹介したいと思います。


 まずは、腹式呼吸を習得するための練習方法について紹介します。もっとも、すでに腹式呼吸ができているという人は、わざわざ呼吸の練習に多くの時間をさく必要はありません(時々確認のためのメニューとして行うことには意味があると思います)。基準としては、深呼吸をしてみて息を吸った時に肩が上に上がってしまう人は、呼吸法を改善するための練習を行った方が良いと思います。

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