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体はその人を語る

体に魅せられた人生

つい去年まで私はペラペラの体を目指していた。

子どもの頃は全部筋肉にしたいと思っていたが、いつしかペラペラの空っぽでいいと思っていたのだ。

理由は先天的な骨格の欠陥があるから軽い方が負担が減るとか、踊りが下手だからせめてブテブテしないようにとかいろいろあるけど、理由なんて後からつけるもの。

私は生きる理由をずっと見つけられずにただ生きるのが好きだから何とか生きていた。

幼い頃から人の動きを見るのが好きだった。稽古場では踊るのももちろん楽しかったけれど、自分のクラスが終わった後お姉さんたちの踊りをいつまでも見て飽きなかった。

スポーツ中継も動きに注目して見たし、バレエダンサーの動画も繰り返し見た。

私は今が盛りの人の動きより、旬を過ぎて尚且つ続けている枯れた魅力が好きだった。例えばヌレエフと踊っていた頃のマーゴット・フォンテイン、死ぬ間際のジュルジュ・ドン、コンテンポラリーダンスを踊るミハイル・バリシニコフ、引退する頃のシルヴィ・ギエム。

みんな衰えていく自分の体を見つめ、受け入れ、その上でなお踊りへの情熱を確認していく。その諦観の漂う雰囲気と人生の垣間見える体が好きなのだ。

自分の体は一筋縄ではいかない

体を動かすこと自体に美や哲学を感じる。それでも自分の体のことになると付き合いが難しい。気に食わないことだらけだ。そもそも旬なぞ感じたことは無い。いつだって不器用で不自由なのだ。鈍痛がなかったことなんて幼児の頃だけじゃないだろうか。

どこかいいところがあるとすれば、外見的には不具合があまり無いようにみえるところか。身長に比して手先足先が大きいから伸ばすと長く見えるし、存在は大きくなる。コントロールはとても大変だ。

ペラペラの方が扱いやすいということもあった。頑丈な体はエネルギーを持て余す。踊りを否定されて育った私はエネルギーを蓄える気が起きなかった。

人生の転機は体を変える

6年前に3歳から所属していた舞踊研究所を離れた。そこからまずやったことは脱力。今までの体の使い方を一から作り直すつもりだった。と同時に内部の関節の可動域を作り出す。ミリ単位の作業でほとんどイメージの世界だ。これを3年はやった。

そのあとはふくらはぎの筋肉損傷で立てないほどのいわゆる肉離れを経験した。結果的に動きの書き換えを余儀なくされ、使い方を直すことに成功した。クセを取るのは根気がいる作業だが、やらざるを得ない状況になって助けられた。

人がましくなっていく今

怪我の後遺症を感じなくなり、あちこちの不具合もだいぶ整理して、今新たなチャレンジをしている。

ペラペラからの卒業だ。人としての醜い肢体、美しい肢体を全て許容する決心がやっとついた。

肉体が厚みを増すと重力との闘いになる。筋肉だけでなく皮膚そのものが重力に負けて下がっていく。インナーマッスルが増えると中身が詰まっていく。慣れない感覚、違和感に気持ちは悪い。

でも人間ってそういうもの。歳をとっても踊り続けたい私はペラペラの体で妖精をいつまでも踊りたいわけでは無いのだ。

歳を重ねる意味のある踊りに変えていきたい。舞踏や能に近似していくだろう。あくまでも近似値であり漸近線なのだけれど。それには存在感のある体が必要でエネルギーの高い体が必要なのだ。

今は体に馴染めなくてとても居心地が悪い。それにまだ動けるので前のように動きたくなる。一番中途半端な時期だ。

表現を変えていく。体を変えていく。それは取りも直さず、自分が幼い頃からずっと好きだった枯れた魅力への道筋に他ならない。動けるエネルギーの詰まった逞しい肉体を持つ老人。ニコニコしないで深遠な空間を見つめる表現者。その境地に向かって歩いていく。

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