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「どんな音楽聴くんですか?」に対する「何でも聴きますよ!」というアンサー

Netflixは観たいやつ観たので、ささっと解約して、その分Disney +を契約し直し。娘を膝に乗せつつ「リトルマーメイドII」などを雑に視聴。Disney+で娘はなぜか「アナ雪2」を観まくっているが、うちには既にBlu-rayがあるぞ。少なく見積もっても20回は観ている。なにか損した気分になり、ここは紛れもなく価値交換の効率性が幅を利かせる現実の国と感ずる。

電車の中で若いカップルの会話を盗み聴き。女:「美容室行って、誰かを紹介するとトリートメントが貰えるんだよ。だから、2回くらい行ったら変えちゃうんだ、美容室」男:「だよねー、やっぱり飽きちゃうよねー」おいおいおい、彼氏全然話聞いてないじゃん。ノベルティ目当てで美容室を渡り歩いているという話が、美容室が飽きるって内容に変わっとるぞ。そもそも美容室が飽きるって何だろう。オラ、全然意味わかんねえっぞ。彼女、大丈夫なのか、そんな男で。

緊急事態宣言前にディズニーシーへ。ミッキーの2000円もするふざけたサングラスを購入し、ミニーマウスのカチューシャを付け園内を闊歩する俺に、文学や詩は流れているだろうか。

全然スタジオに入れていない為、ラグタイムギターでも練習するか、と自宅でギターをポロポロ。奮起の為、Tylerの愛機をメンテナンスの為に松下工房へ出す。私は楽器自体やメンテナンスに対しては無頓着なので、弦の張り方などをギター職人にダメ出しされる。ヒアリングし、ネックの反り調整とRの調整を依頼。仕上がりが楽しみである。

近田春夫の「調子悪くて当たり前」を一気読み。これは全ての日本の大衆音楽に惹かれるリスナー必読の書。いわゆる日本語ロック論争(内田裕也とはっぴいえんど)の間をどちらもフォローしながら、スタジオミュージシャンからミュージシャン、ラッパー、プロデューサー、コラムニスト、ラジオDJ、役者、ゴアトランスDJなど自分の振り幅で音楽を軸に自由自在に暴れまくる一代記。ニヒリズムや過去を振り返ることは全くなく〈今面白いこと〉があれば、さっさと今の自分を捨て去り、次のステージへ行くという身軽さ。背景には、文化資本も大いに関係しているし、あらゆる局面で人脈が効いてくる場面があるが、それを差し引いてもそのバイタリティに脱帽。「ロックンロールとは、非アカデミックなことがアカデミックなことに打ち勝つこと」という定義に異論を挟む余地はない。菊地成孔の粋な夜電波にゲスト出演していた際、立川談志との類似性を指摘されていたが、大いに頷ける。非アカデミックだが、自分の趣味嗜好に対するロジカルな後ろ盾や考察があり、アウトプットの思い切りが凄い。人生はやったもん勝ちである。力漲る一冊。いつでも心に、近田春夫を。

「どんな音楽聴くんですか?」という問いは、しばしば初対面の際に人となりを探るために登場するが、それに対する「なんでも聴きますよ!」というアンサーは極めて無粋である。そこから会話の糸口や接点を探り、お互いの理解を深めようとしているのに「なんでも聴きますよ!」はないだろう。そもそも、あなたはなんでも聴くのか?モーツァルトからビートルズ、ジョンケイルからディーサイド、ジ・イングリーズから太陽肛門スパパーンまで?クリープハイプでもSUPERHYPE(GMFのエンドウのバンド)でも、なんとか髭男爵でもなんでもいいんだ。君の好きな音楽を教えてくれないか。

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