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【解明】知られざるロシアの組織GVCとミサイル攻撃の関係とは

民間人に多くの犠牲者を出したウクライナへの巡航ミサイル攻撃。果たしてその背後にいて、攻撃を「遠隔操作」していたのは誰なのか。調査集団べリングキャットはロシアのGVCという組織に極秘部門があることを突き止めた。今回は知られざる組織とミサイル攻撃の関係に迫る。【前回はこちら】

GVCとは何か

ロシア連邦軍の主要計算センターと、巡航ミサイルのプログラミングを結びつける公式の情報はない。

GVCの機能について、軍事関連の刊行物にはロシア軍に「ITサービス」「自動化」を提供する、という漠然とした説明しかない。歴史は古いが(ロシア連邦軍傘下のテレビ局ズヴェズダによると1963年に設立された)、現代ロシアのメディアにおいてこの部署に言及した報道はほとんどない。

珍しい例としては、2018年に軍音楽団のメンバーに授与された賞が、「ロシア連邦軍主要計算センターの司令官」という肩書を持つローベルト・バラノフ大佐によって署名されているという情報があった。

2021年には、ロシアのヴォルガ連邦管区を専門とするニュースサイトが、チュヴァシ共和国出身のバラノフが大統領令により少将に昇進したと報道している。バラノフの名前を記載した大統領令はロシア政府のウェブサイトでも見つかった

大統領令
ロシア政府のウェブサイトより

GVCに勤務していると我々が特定した1人のエンジニアは、2020年にプーチン大統領から「感謝状」を授与されたと、フリーランス用求人サイト上の履歴書に記載している。しかしその年に公式に発表されたロシア人受領者リストで、彼の名前を見つけることはできなかった。前述の履歴書で、彼は自分の学習分野を「特殊な目的の自動化システム」と形容している。

電話連絡先リストから検出したGVC関係者と思われる人々の教育・職歴バックグラウンドを集約すると、ほとんどが戦略ミサイル軍アカデミー(特にセルプホフの分校にあるインフォマティクス・システム学科)か、海軍工学学校を卒業しているとわかった。

数人には海軍の船長や船舶エンジニアとしての軍歴があった。民間企業でITスペシャリストやゲームデザイナーとして働いていたことがある人物もいた。

GVCチームを巡航ミサイル攻撃とどう結びつけたか

高度に専門的な技能のある人材を有していることから、GVCがロシアの巡航ミサイルの飛翔経路プログラミングに関わっていることはありうると考えられた。

ベリングキャットは、GVCの司令官として公式に名前が出ているなかで最も階級の高い人物、バラノフ少将の電話メタデータを入手した。以前ベリングキャットがロシアの反体制政治家アレクセイ・ナワリヌイに毒を盛った犯人を追跡した際に用いたのと同じ手法で、こうしたサービスを提供するブローカーからデータを購入するのだ。

この手法はほとんどの国家では不可能だろうが、ロシアのデータの闇市場は、ジャーナリストや活動家がロシアの軍事・保安部門の活動についての意義ある調査を行うにあたり、ばらばらの情報をつなぎあわせる役に立ってきた。

2月24日から4月末までの126回の電話を分析すると、ロシアの大規模な巡航ミサイル攻撃と、そうした攻撃の前にGVC所属の別の将校のものと判明した電話番号からかけられた電話の回数とのあいだに相関関係が見られた。この将校は、電話連絡リストや漏洩した住居データベースから、イゴール・バグニューク中佐だと特定できた。彼は他のGVC所属と判明したメンバーと同様に、ズナメンカ通り19番地に登録されている。

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ゴール・バグニューク中佐の登録住所を示す記録

バグニューク中佐がグループの司令官と直接連絡をとっていることから、長射程ミサイルのプログラミングに関与している可能性がある人々のなかで彼が最も上級の将校だと推測し、ロシアのウクライナ侵攻以降のバグニューク中佐の電話メタデータ記録を入手した。

バグニューク中佐の電話記録は、20人超のGVC所属の軍事エンジニアおよびITスペシャリストと緊密な連絡があったことを示した。次に同じロシアの闇市場から得たデータから、GVCメンバーのなかで最も頻繁に連絡を取り合っている電話番号をいくつか特定した。これらの電話記録全体を分析すると、バグニューク中佐と頻繁に報告もしくは連絡を行なっている、33人の軍事エンジニアから成るグループを再構成することができた。

我々が特定した極秘のエンジニア・グループは、それぞれ10人前後が属する3つのチームから構成されているようだ。3つのチームはそれぞれ特定の1種類の高精度ミサイルに対応している。

個々のエンジニアたちを、互いの電話連絡の様子から「クラスタリング」(訳注:データに基づいてグループ分けすること)した結果から、この最初の仮説が浮かんだ。3つの集団が主にそれぞれの集団内だけで連絡をとりあっていること、そしてそれぞれの上官と連絡をとっていることから、3つのチームがあるとわかった。

それから、チームごとのコミュニケーションが活発化した日時を、公表されているミサイル攻撃の日時と比較すると、3種類の特定のミサイルと相関しているとわかった。以前の職や学歴をもとに推定される個々のエンジニアの専門分野も、この推測と合致した。たとえば、海軍のバックグラウンドを持つエンジニアは海上発射型ミサイルのチームに属している、といったことだ。

3種類のミサイルは、3M-14(カリブル、海上発射型)、R-500(別名9М728、イスカンデル・システム、地上発射型)、Kh-101(空中発射型)だ。

バグニューク中佐とGVC所属メンバーの電話連絡から再構築した3チームの組織図。ベリングキャットと〈インサイダー〉は、反論できるようにメンバー全員に連絡した。大半のメンバーは反応を返さなかった。反応したメンバーの回答は次回に詳しくお伝えする(courtesy of Bellingcat)

バグニュークと同じ階級のアントン・ティモシノフ中佐は、3チームそれぞれのメンバーと交流していたが、バグニューク中佐より階級が上の人物には連絡していなかった。このためバグニューク中佐の下位、3チームのメンバーの上位にいるのだと考えられた。

ロシアの高精度ミサイルとは

20世紀半ばから、ロシア軍は長射程で高精度の巡航ミサイルを開発しようと努めてきた。しかし、そうした従来型の巡航ミサイルの開発および改良が可能になったのはここ20年のことだ――アメリカが巡航ミサイルを最初に運用してからかなり時間がたっている。

ウクライナ侵攻で、ロシアは3種類の巡航ミサイルを用いている。すべて、その前にシリアでまず実際に試されたようだ。巡航ミサイル3種類には、海上発射型、空中発射型、地上発射型がある。

(1)カリブル3M-14巡航ミサイル(海上発射型)

カスピ海のロシア海軍艦から発射される巡航ミサイル「カリブル」(写真:ロシア国防省)

カリブル3M-14は26 SS-N-30Aとも呼ばれる地上攻撃用のミサイルだ。「カリブル」ファミリーのミサイルには対艦攻撃用や対潜水艦攻撃用のバリエーションもある。

いずれも垂直発射システムを使用するため、小型のコルベットや潜水艦を含むロシア海軍艦にいくらでも搭載できる。カリブル3M-14はシリアで1,800キロの遠距離にあるターゲットに命中したと証明されている。

正確な推定は難しいが、ロシアはウクライナ侵攻開始後から数百発のカリブルを発射してきた。あるメディアは、侵攻後の2か月だけで225発ものミサイルが発射されたと推定している。ミサイルの価格は1個あたり約650万ユーロ(10月30日現在のレートで9億5500万円余り)と推測される。

(2)Kh-101巡航ミサイル(空中発射型)

2016年のシリアで、ロシアの戦略爆撃機がKh-101ミサイルを発射した様子。ロシア国防省の映像からとったスクリーンショット。

Kh-101ミサイルはロシアの空中発射型巡航ミサイルのうち通常弾頭型で、カリブル同様、シリアでの実戦で初めて用いられた。

やはりカリブルと同様に、地表に近い低空を飛ぶことにより空中迎撃システムを避けるよう設計されている。しかしKh-101のほうが、さらに低空の飛行および表面の吸収材によりレーダー探知を避ける能力が高いと言われている

Kh-101の最大射程は2,800キロとされ、Tu-160戦略爆撃機、Tu-95MS戦略爆撃機、Tu-22M3戦略爆撃機から発射が可能だ。1発あたり弾頭は450キロで、高性能爆弾、貫通能力の高い爆弾、もしくはクラスター爆弾などを搭載することができる

(3)R-500巡航ミサイル(地上発射型)

2014年の軍事演習でイスカンデル・システムから発射されるR-500巡航ミサイル(写真:ロシア国防省)

R-500ミサイルは、これまで弾道ミサイルの発射に使われてきた垂直発射型のイスカンデル-Mミサイル・システムに対応する巡航ミサイルであり、最初に運用されたのは2013年だ。

カリブルやKh-101とは異なり、射程は500キロほどしかないが、準備からターゲット設定、発射するまでに必要な時間が非常に短い。ロシアの武器に関するブログは、1分も経たずに別のターゲットに向けて再度発射できると述べている。

通常弾頭500キロを搭載するが、Kh-101と同じく核弾頭型に変更することもできる。通常弾頭型はクラスター爆弾や燃料気化爆弾、地中貫通爆弾を搭載できる。Kh-101と同様に、R-500は標準的なレーダー探知システムのほとんどを回避するため低空を飛翔する。

飛翔経路の選定と精密度

ロシア当局は、自国の巡航ミサイルは高精度であり5メートルから7メートルの誤差でターゲットに命中させることができると主張する。しかし、ロシアの国営メディアは30メートルから50メートルの誤差があると報道している。

この3種の巡航ミサイルの飛翔経路やターゲット誘導メカニズムの詳細はそれぞれに異なるが、各種の軍事・武器関連出版物によると、どれも通常はルート調整済みの飛翔経路に従って飛ぶ。

飛翔経路は、搭載されたジャイロスコープと高度計の計測値を事前プログラムされたシーケンスと比較する天体慣性航法と、衛星電波(Navistar)とGPS(GLONASS)によるルート修正を併用し、飛翔経路沿いの地点や最終ターゲットの映像照合による検知も行う。

飛翔経路とルート調整のための様々な要素の関係が複雑なため、どのミサイルでも、それぞれにカスタマイズされた経路の設定が必要になる。

匿名を条件に回答した1人のGVCメンバーによると、発射前のプランニングには、発射地点からターゲットまでの飛翔経路全体のシミュレーションが欠かせない。最終的に決定した飛翔経路プランと、様々な要素に対応したルート調整のためのアルゴリズムは、プログラマーたちにより耐久性のあるメモリースティックにロードされ、発射地点まで運ばれ、ミサイルに入れられるのだ。

次回はいよいよ、ロシアGVCの「極秘チーム」のメンバーの詳細な行動記録を明らかにする。そして本人たちにも直接、接触。果たして彼らは何を語るのか。【こちらをクリック】

(つづく)

取材・執筆  クリスト・グローゼフ

ベリングキャットのロシア主任調査レポーター。専門は安全保障上の脅威、領土外での極秘作戦、情報の武器化。2018年にイギリスで起きた神経剤ノビチョクによる毒殺未遂事件の犯人を追った調査報道により、グローゼフとチームはヨーロッパ報道賞(調査報道部門)を受賞した。

翻訳 谷川真弓
2022年10月24日


第1回 ウクライナへのミサイル攻撃を遠隔操作していたのは誰か

第3回 ロシアの極秘チームのメンバーとは何者なのか