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上勝町の阿波晩茶 〜「我が家の味」は重要無形民族文化財〜

阿波の伝統茶を訪ねて

8月上旬、徳島県の上勝町を訪れました。リサイクル率80%を生んだ「ゼロ・ウェイスト」や、料理に添える“つまもの”を生産する「葉っぱビジネス」で全国的にも注目されている場所です。

人口は1500人にも満たず、信号は町にひとつだけ。山々に囲まれた自然豊かな地域で今回私たちが視察したのは、ゼロウェイストでも葉っぱビジネスでもなく、乳酸菌で発酵させて作る伝統的な阿波晩茶(あわばんちゃ)。この町で、代々自家用として伝えられてきました。

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阿波晩茶の「晩茶」は、遅い時期まで成長した夏季の茶葉を使うことから来ています。年に一度、梅雨明けの7月中旬に、この希少な上勝阿波晩茶づくりが始まります。

茶葉を摘んで、茹でて、摺(す)って、樽に入れて、茹で汁と一緒にぎゅーっと詰めて、重石を乗せて2~3週間発酵させます。大釜で茹でた後、発酵を促すために茶摺りをして茶葉の表面に傷をつける独特の製法です。気温が高い夏に漬け込むことで、茶葉の乳酸発酵が促進され、乾燥させたお茶は、フルーティーな香りと酸味が印象的でした。

こうして作る「後発酵茶」は現在、日本に4種類しかありません。そのうちの1つである阿波晩茶を、スローフードが「味の箱船」に登録しています。

▼阿波晩茶(味の箱船)
https://slowfood-nippon.jp/awa-bancha/

伝えたいのは、それぞれの「我が家の味」

今回は、個性豊かなこのお茶を守り、つなぐために奮闘する Kamikatsu-TeaMate の百野さんにお話を伺いました。

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現在36歳の百野さんは、もともと大阪出身。地域おこし協力隊で阿波晩茶のPRに携わっていました。農家ごとに自家用に作られてきた阿波晩茶の「ペットボトルドリンクを作ろう」という話が浮上して生産を増やしたのに、計画が頓挫。「作ったお茶の行き先をどうするんだ」となり、自分で引き受けて事業を始めたと伺いましたが… 百野さん、とにかく楽しそうです。

「阿波晩茶はもともと、上勝町で代々自家用として伝えられてきました。生産者さんがそれぞれ独自の加工場を持ち、桶などの道具類や加工場周辺に生息している菌によって発酵させるため、それぞれの家で味が少しずつ違います」

上勝の人々は、まるで梅干しでも作るような感じで阿波晩茶を作ってきたのだ、と感心します。

茶葉も、栽培しているというより、里山に自生している「山茶」というもの。この辺りでは、山を野焼きすると最初に出てくる植物がお茶とコンニャクであることが多いそうです。

「普通のお茶は若い芽を上だけ摘みますが、阿波晩茶は夏の盛りに大きく成長した茶葉を枝からしごき取るように採取します。残るのは茎だけなのに翌年もまた出てくる」と百野さん。

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人口の減少、町の高齢化、担い手不足。
上勝町でも、日本中で話題になっている様々な問題は顕在化しています。

「400年以上、農家が代々伝えてきた阿波晩茶も、このままでは人手不足から消えてしまうかもしれません。阿波晩茶を通じて上勝町を盛り上げたい。この阿波晩茶を後世に引き継ぎ、残していきたい。少しでも上勝町に興味を持って頂けるきっかけを作りたいと考えました」

百野さんはそう言って、お茶の販売の他、お茶摘み体験ボランティアのコーディネートなども行っています。

百野さんが上勝町に関わったのは、ご自身のお母さんの移住がきっかけでした。葉っぱビジネスのインターンとして応募したご縁から、しっかりと根を下ろすようになりました。家業であった不動産の仕事も一度継いでみたけれど、「モノを右から左に流すのがしっくりこなくて、移住して就農したい」と考え、地域おこし協力隊として赴任。任期終了後は、阿波晩茶の販売と葉っぱビジネスの兼業で生計を立てているそうです。

訪れてみて感じたのは、百野さんのお人柄がこの事業を可能にしているのだ、ということ。年に一度、夏にはじまる7月に茶摘みも、茹でたり干したりも重労働です。現在、 Kamikatsu-TeaMate で取り扱っている阿波晩茶の生産者さんは10数名ですが、百野さんは毎シーズン、それぞれの場所のお茶作りに必ず1日は手伝いに行きます。

「僕が取り扱いさせてもらうんで、写真撮ったり、お話を聞いて勉強させてもらっています」

阿波晩茶は今年、重要無形民族文化財に登録されたこともあり、大きく作っているところは売れていますが、昔ながらの製法で、自家消費程度の規模のものはなかなか売れません。百野さんは小さく「我が家の味」を伝え続けている農家さんから阿波番茶を買って、それぞれの特徴をグラフ化して、販売しています。

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土地の時間に寄り添って、新しい挑戦には「いいっすね」

実際にいただいてみると、ちょっとフルーティーで酸味があります。梨のような香り。

「酸味の度合いは、木樽かプラ樽かでも変わります。殺菌作用と密閉作用のために樽に芭蕉やシュロの葉で蓋をするのですが、家にどちらの葉があるか。それも味を変えるはず。比べて違いがあるのが面白いんです」

長年の研究から、阿波晩茶は腸内環境を整え、花粉症等のアレルギー症状の緩和も期待できる「健康茶」であることがわかっています。カフェイン含有量も緑茶の3分の1程度と少なく、上勝町の農家では、どの家でも大きなヤカンで阿波晩茶を作り、小さな子どもから高齢者までよく飲んでいるようでした。

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「徳島大の生徒たちと耕作放棄地になっている土地の晩茶を摘んで、それを宇宙に飛ばそうという遊びもやっています。宇宙に出たら、乳酸菌の素性が変わるかどうか、マニアックな研究ですね」

こんな新しい挑戦にも「いいっすね」となる姿勢が素敵です。目の前の生活に気を取られていたらできない余白を大切にする、遊び心のある人。忙しいはずなのに、「俺、忙しいんで」という感じが全然ありません。

もともと地域に暮らしている人と、移住してきて良かれと物事を展開していく人の間には、スピード感や「思い」の違いがあることが多いです。スローフードとして大事にしたいのは、まず地域の人の思い。都市の効率性や規模感を巻き込んだら物事は瞬時に動くかもしれませんが、それがすべてではありません。

食の多様性を守るためには、地域の人たちの内側から湧いてくるものを大切にしながら、視点が違うところを丁寧にすり合わせる時間が大切です。自然体でそれを実践している百野さんがいるから、阿波晩茶はきっと続いていく。お茶の爽やかな香りと共に、そんな余韻が残る視察旅でした。

Text: Ai Onodera

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