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退院 [父親目線の小児がん闘病記] 僕は君を守れるか Vol Ⅰ-11

この大学病院で娘は癌と戦い、半年の月日が経っていた。
前年12月、病室の窓から見えた景色は何もかもがグレーで、ただただぼんやりと、どこまでも続いていた。
それが今は、力強く新緑の木々は煌めき、花壇の花々が色彩を誇っていた。
そしてついに、退院の日を迎えた。

荷物をまとめ終えて空になったベッドサイドデスクが、今日が外泊ではなく、紛れもない退院の日である事を物語っていた。
娘も今日の日が待ちに待ったゴールであり、いよいよその瞬間が訪れる喜びに興奮していた。

病室を出るとき、同室のお母さん方から祝福の声をかけてくれた。
これまで見送る立場だったが僕らが、今日は見送られる立場となった。

退院=完治でないことは、重々承知している。
とは言え、この病棟は戦場だ。
不幸にしてある日を境に居なくなる戦友もいる中で、無事にこの日を迎えられた事は素直に喜んで良いのだとおもった。

ナースステーションの前を通るとき、お世話になった看護士さんや若い医師までもが手を振って娘に声をかけてくれた。
担当だった看護士のNさんは、僕らをエレベーターに乗るまで見送ってくれた。
すっかり通い慣れたこの病棟。この通路。
すれ違う全ての人に「今日、退院なんです!」「たった今、退院したんです」と言いたい気持ちになった。

その日の朝、僕は息子と退院祝いの飾り付けをしてきた。
誕生日だって、クリスマスだってしたこともない様な飾り付けをした。
妻にも、もちろん娘にもサプライズだったので、ドアを開けた時二人は驚き、とても喜んでくれた。
二人の喜ぶ顔を見て、息子もまた喜んだ。
全てが幸せだった。
どこまでも幸福だった。
あの日飾りつけに買ったヘリウムガス入りの風船は、川の字になって寝る四人の上を、灯りを消してもなおいつまでもぷかぷかと踊っていたんだ。

序章_完


この闘病記、
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