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小曽根真からのクリスマス・プレゼント

今月12日、小曽根真(p)さんの「クリスマス・ジャズ・ナイト2019」
というコンサートに行ってきました。
これは東京・渋谷にあるBUNKAMURAオーチャードホールで
毎年この時期に行われているものです。

毎回、新たな挑戦が行われているこのコンサート、
今年は「モーツァルトと小曽根真の曲がフルオーケストラで演奏される」
という企画が実現しました。
兵庫芸術文化センター管弦楽団(通称PAC)と
中村健吾(b)、高橋信之助(ds)が参加。
フルオーケストラ+ピアノ・トリオという豪華な編成で
どんな音楽が生まれるのか・・・期待しながら会場に向かいました。

幕開けはモーツァルト。
ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K.271「ジュノム」が
小曽根真の編曲、兼松衆のオーケストレーションで演奏されました。
印象は・・・「結構ジャズになっている!」でした。

コンサートのパンフレットにある中西光雄さんの案内によると、
この曲を小曽根さんは2003年から本格的に演奏しているそうです。
モーツァルト自身が演奏することが多かった曲には
「特別な自由度」が与えられており、
第1、第2楽章にはモーツァルトによる
それぞれ2種類のカデンツァ、
第3楽章には2か所にそれぞれ3種類の
カデンツァが準備されているそうです。

このカデンツァ、いまでは記譜されており、
ピアニストは複数の譜面から
いずれかを選ぶのが普通だそうです。
しかし、小曽根さんはそこを「即興」の場にしました。
クラシックとジャズの融合が行われ、
ダイナミックなサウンドが出来上がったのです。

この記事を書くにあたり、クラシックバージョンを聴いてみたのですが、
今回の演奏とは全く異なる曲になっていました。
コンサートでの楽章名は以下の通り。
第1楽章「Allegro Swing」、第2楽章「Andantino Tango」、
第3楽章「Rondo:Presto Be-Bop」

ご覧頂くと分かる通り、スイングからタンゴ、ビ・バップまでが
意識的に取り入れられています。
カデンツァ部分にはスピーディな4ビートや
ダンサブルなビートが盛り込まれ、
ピアノ・トリオのゴリゴリの即興演奏によって
「上品な」原曲にはない躍動感が生み出されていました。
そこに繊細な弦楽器や、迫力ある管楽器が加わり
ジャンルを超えて混然一体となったワクワクの
「サウンド絵巻」が続いたのです。

休憩を挟み、後半は小曽根さんのオリジナル。
オーケストラとは3曲が演奏されました。
「Pandora」「Cave Walk」「No Siesta」ですが、
このうち後半の2曲は小曽根さんがリーダーを務める
ビッグ・バンド「No Name Horses」の作品
「Jungle」で取り上げられていました。

今回は「Jungle」を聴きながら小曽根さんの音楽性を考えてみましょう。
結論から言ってしまうと、小曽根さんは稀有な
「作・編曲家」だということです。
もちろん、即興演奏家としても非常に優れているのですが、
音楽全体を見渡して各楽器・プレイヤーのポテンシャルを
引き出す手腕には敬服するものがあります。
1983年にバークリー音大の「ジャズ作・編曲科」を
首席で卒業しているので、
スタート時点でその才能が傑出していたということでしょうか。

2009年3月2~5日、東京、ソニー・ミュージック・スタジオで録音。

小曽根真(p)
エリック宮城(tp、flh)
木幡充邦(tp、flh)
奥村晶(tp、flh)
岡崎好朗(tp、flh)
中川英二郎(tb)
片岡雄三(tb)
山城純子(btb)
近藤和彦(as、ss、fl、pcc)
池田篤(as、fl)
三木俊雄(ts)
岡崎正典(ts、cl)
岩持芳宏(bs、cl)
中村健吾(b)
高橋信之助(ds)
パーネル・サトゥルニーノ(per)※ゲスト

① Jungle
このアルバムは全編ラテンです。タイトル・ナンバーであるこの曲は
ホーン陣のポテンシャルを見事に引き出したと言えるでしょう。
強烈なホーンの咆哮によるイントロからパーカッションのリズムに乗って
紡ぎだされるメロディが緊張感を伴いながらも実にカラフル。
サックスのメロディにミュート・トランペットがかぶせられ
次第にサウンドに厚みが増したところで、
ホーン全体とピアノが絡み合って盛り上がりを作る
巧みさには唸らされます。
ここでピアノ・ソロに渡るわけですが、
意外にも最初は低音部を有効に活用したソロ。
この「重さ」とパーカッションの躍動的なリズムがマッチし、
独特なムードを作ったところにホーン陣が加わって
劇的な「山」を作ります。
と、そこでいったんブレイクが入りソプラノ・サックスのソロに続く。
この「動」と「静」の組み合わせも実によく計算されています。
続いてホーン陣の複雑なかけあいが続くのですが、
パーカッションのリズムを中心に組み立てることで
グルーブが絶えることがない。
ラテンとホーンの組み合わせの中で、
多くの「色」を出した素晴らしいアレンジと言えるでしょう。

② No Siesta
コンサートでも演奏されていた華やかなサンバ。
ホーンによるイントロで勢いがつけられた後、
ピアノで提示される愛らしく楽しいメロディを満喫してください。
その後に同じメロディがホーンで奏でられ、
次第にビッグ・バンド全体がまとまっていく様が気持ちいいです。
ピアノ・トリオとパーカッションという編成の中で提示される
小曽根さんのソロはアルバムの中でもいちばんキャッチーで
ジャズらしい楽しさにあふれています。
巧みな構成のソロができてしまう小曽根さんの場合、
サンバのような「抑えがきかない」リズムのほうが
意外なフレーズが出やすく、
面白い展開になるようです。
次に凝ったアレンジが控えていて、サックス陣による合奏から
リズムの転換と共に今度はがらりとトランペット中心の編成になります。
このあたりのめくるめくような複雑な
アレンジもこのバンドならではでしょう。
ドラムとホーンのかけあいを挟んだ後、
静的なベース・ソロに入り
いったんクール・ダウンした後で
端正なピアノ・ソロになってスムーズにスピードアップ。
そこにホーンが加わって滑らかにビッグ・バンド全体の
スケールの大きい演奏になっていく。
この「わざとらしくない展開」にこそ、
小曽根さんの真骨頂がありそうです。
コンサートでは弦楽器がついたことでメロディに柔らかさが加わって
これも素晴らしい出来でした。

自分の筆力のなさを痛感するほど、
このアルバムやコンサートで聴いた演奏には
様々な「仕掛け」があります。
それでいながら「難解」ではない音楽になっているのが
すごいところです。

私はスタンダードなモダン・ジャズに傾倒しがちで、
現代のものを丁寧にキャッチアップしているわけではありませんが、
今回のコンサートで新たな挑戦を続ける音楽家には
本当に敬意を払いたくなりました。
2019年ももうすぐ終わりますが、
このタイミングで素晴らしい演奏に出会えて
前向きに新しい年を迎えられそうなことに感謝したいと思います。


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