散文集

水たまりがある
ぼくは避けた
あんなにも喜んで遊んだ水たまりを
ぼくは避けた

「僕は見てしまったんだ。
酷く傷ついた動物が、ひっそり丸まってじっとしているところを。
それは祈りだったんだ。それが祈りだったんだ。」
(「誤謬」  エンリケ・マゴーニ より)

わたしは持て余した視線を遊ばせながら考えていた。
(いやしかし、歩いてはいたが。)
わたしの保ちうる理解などその程度なのだ。
果たしてどれだけの人間が「歩いている」のかと。
(「回想録」マルケス・エンゲーニュ)

その紙切れには‥ただ‥そっと‥既に机の上に置かれていた。
あなたは不意に紙切れに心奪われ‥それを手に取ると。
しかし‥裏には「見るな」と書かれていたのだから。
あなたはそっと元に戻す。誰にも「見えない」ように。
すべてのはじまりと全ての終わり。

ばーかばーかと彼女は叫んだ
やまびこがそれに答え
彼女は満足げだ‥

道すがら出会ったお侍さんが
拙者、生まれも育ちもブルターニュでござる
と喚いていた
悔しかったので
僕は、生まれも育ちもリスボンだい。
と叫んでいた。
するとおもむろに棒を携えた怖い人たちがやってきて、僕らを連れ去ろうとするので
己の拳の全てをかけて、私を動かしてみよ
と睨みつけたら五回ほど蹴られた。
泣いた。

ぺこりぺこりぺこり
と言いながら
二度頭を下げた
彼を見た
最後の日に

ここは一発
ドカンと一発
震える拳
リングすれすれからのアッパーカット
勝ち誇ったあいつの
あいつのアゴを砕け

現在のような経済至上主義は一種の宗教的側面を見せている。
というような話をした。
自分の財布の中に入っている百円が
何か暗い過去を背負っているのだとするなら
それは自分の罪にもなるのだろうなと感じた。
それは百円分の罪。
目にも見える罪。

鳥が話しかけてきた。
だからそっぽを向いた。
猫が笑いかけてきた。
だからうつむいた。

夢をみた。
それは不思議な夢だった。
なにもかも
わたしが見ていた。
ただ見ていた。

それが嘘だったとき。そのときは。
私が。私こそが。
それを信じた私に。
責任を問わねばなるまい。

ただなぞらえる。
ただ呪文のように。
ただ放たれたことばが
ただ思い出すように
ただ焦がす。

尻に火がつき鼻毛が燃えて
息もできぬとごほんごほん
閻魔様も嘆いておじゃる
おいこらそこの若人よ
咳の薬は無いものか

後悔?
なんて陳腐な感情なんでしょう。
ケタケタケタと笑っていた。

教師は大声で笑った。
生徒らは右手を差し出し
左手を胸に当てた。

空が落ちたと言う。
水たまりに落ちたと言う。
ぴょんと
飛び越えた。

わらわらと
わらわらと
改札に
一列に

星が見えない。
蛙は呟いた。
星の出る夜。
怯えていた。

ドーナツを被ったリンゴ
恥ずかしそうに。

砕けた氷のひとしずく。
拭いた。

借地権というものが
一晩だな、と。
蜘蛛の家。

星が跳んで雲が回った
笑った蝶が久しく、泣いて散った。
お告げを聞いた象は墓場へ急ぐ。そして、キリンは大地を踏みしめた。
ゴリラは木々を揺らし、蛇は目を回す。
迷子のシマウマは深い眠りに落ち
赤い太陽が白を染めた。
鳥は転げて、草が踊る。
大地が揺れて、空がそれに応じた。
朝が来て、夜が来た。
槍は小さく
射抜いた鷲を攫って行った。

花火を観る人たちの顔はいつだって輝いている。
だって、輝いている。
そして、照らされている。

鶴は。折り鶴は一枚の紙から折られる。
ひらけば、だって一枚の紙なのだ。

踊れ ほら踊れ 線よ踊れ 勝手に踊れ 線が踊れ
溢れた 色が 溢れた あちらにも こちらにも
溺れた 線が 溺れた 踊れ 踊れ

小さな音が霞んで消えた
音から音へ霞んで消えた
とおくに。ずっととおくに

タイヤが泣いた。
ひとつ、命を吹き飛ばして泣いた。

星に尋ねていた。
名前を尋ねていた。
笑っていた。

私は何所を歩いているのか。
蟻が壁を登っている。
あなたはそれをじっと見ている。

どうかあなたの眠りを妨げないよう
妨げないよう
カーテンを閉めましょう。閉めることとしましょう。

つかまえた ほらつかまえた とりをつかまえた

火が消えて、風が止んだ。
もう見えやしない。
見えやしない。
吹かれるまま立っていた。

夢現 蠅と集りて 踊る声
彼女が命を絶つには、たった洗面器一杯の水でこと足りた。
突然に、そんなことを口にしたかと思えば
これはいけないことだ、実にいけないことだ。と呟き
彼女が命を絶つには、たった洗面器二杯の水でこと足りた。
そんなことを口走り泣きはじめた。
洗面器二杯の水とはどういったことなのか。と
僕が問いかけると
ええ、ええ。ひとつは飲み干したんです。
彼はそう答え、泣き崩れた。

「きっと枯れ                                                              
ないでね」
「きっと枯れ
ないでね」

声をかけた 
そのひとは
けっして                                                                    
なにも 
見失わない

だから 
そんな
のみこまれて
しまうような                                                                                                        
ことばを
口にするのは
いよいよ
泣いてし 
まう
ときじゃ
ないかと
はらはら
していると

そのひとは
笑って
いたから

それを
見た
ぼくの目
には
のみこんだ 
はずの
ことばが
あふれでて

それで
それから

そのひとは
そんな
ぼくを見る
なり
困った
ような

をすると

ふいに
泣いて
しまった
から

つまりは

ぼくの
やせがまんと
そのひとの
がまんは
いつだって
ちぐはぐに
こわしあって

だから
例の
ごとく

こまった
ぼくは

やはり

天気の
はなしを
はじめ

そして

つまり

その
ひと

微笑み

もちろん

ぼく
だって
笑った

だって

さっきまで
泣いて
いた
ものだ
から

ただ
ただ
するりと
ぼくらのてから
こぼれおちた


それは直ぐにかたちをまとい、それゆえこわれるのです。
ことばとなったわたくしのこころは
現実に寄り添い、ただくだけるのです。
その音が、その響きが、あまりに悲しいので
わたくしなど涙が流れ落ちてしまうのです。
ただ悲しくて鳴き、可笑しくなり笑うのです。
わたくしが知っていることなど
たったそれぐらいのことなのです。

芥川順平

わたしの手はわたしの手を投げ飛ばそうと躍起になっているのです。
大地を踏みしめ、わたしはつまりしっかりと大地を踏みしめ。
わたしはまたわたし自身の手を投げ飛ばそうと、
こう、構えるのです。
大きく振りかぶって。それはもう大きく振りかぶって。必死に投げているのです。
いったいどうしてどうにかなにがさっぱりわからないのです。
わたしは。つまりわたしは。
それがどんなに滑稽な姿でも。
わたしは、確かに。わたしは投げているのです。

「日が落ちてゆく」
男は影を追っていた。
「日が昇る」
女は影から逃げていた。
「生かされるものか」
老人は嘆きじっと天を仰ぐ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?