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【書評】ビートたけし『弔辞』

私はビートたけしが大好きだ。物心ついて暫くしてからテレビで「言ってはいけない事を口にしてしまう面白いおじさん」として認識してから、たけしが出演するテレビ番組は勿論、北野武名義の監督作品やプロインタビュアーの吉田豪氏曰く「日本のタレント史上一番」と言われる膨大な出版物にも出来るだけ目を通してきた。そんなたけしが"あの"因縁深い講談社から本を出す、しかもタイトルは「弔辞」であるという情報をネットで知り、これは読むしかないとテンションが上がった。

内容は文字通り自分自身、明石家さんまを初めとする同業者、芸能界そして日本社会に対してたけしなりの「弔辞」を語り下ろすという内容で、読者が現在のたけしの心境を伺い知るのに親切な作りになっている。今まで監督作品や著書で散々「死」を取り扱っていたたけしではあるが、本書の前書きで執筆の動機を「俺の人生が、あとどれくらいなんて神様にしか分からないけど、好き勝手、生きてきたわけだから、今のうちに思ってることを吐き出しておくのも悪くないと思った。」と述べていて、こういう事をさらりと述べてしまう処に魅力を感じた。

読みやすい章立てになってはいるものの、相変わらず各方面に対して忖度無く毒を吐きまくっており、一読して最早このような形で自分の意見を述べられる芸能人はビートたけししかいないのではないかという印象を持った。かつて芸能人が雑誌媒体や著書で文章を発表する際、普段公には出さない「本音」を述べる事がある程度許容されている雰囲気があったが、今芸能人が他の芸能人への批判的言説を公にすれば、その人物のファンあるいは匿名の「世間」から「お前が言うな」の大合唱を浴びて終わりである。

本来人間のする行動には賛否があって当然で、それが公の存在であれば尚更なのに、名前を出して相手を批判する緊張感を持った言説があらゆる媒体から消滅してしまっているのが現状だ。そんな中で「一部のバカな視聴者、大してお笑いのセンスもないヤツ、ごく当たり前のヤツが少々文句言ってるからって、スポンサーの意向とかでジャンジャン規制されちゃって、その都合に全部合わせるようなお笑いになってくるんだから、そりゃあ、つまらなくなるに決まってんじゃないか」と述べて世間に容認されているのは、ビートたけしという存在だからこそなのだなと思った。

興味深かったのは文中で、同世代を生きた大物芸人たちへある意味「冷淡」とも取れるような醒めた評価をしていたこと。昨年志村けんが急逝した際にはレギュラー出演しているTBS系『新・情報7DAYS』などで惜別の言葉を口にしていたが、本書でも最後までテレビコントを守り続けた功績を称賛しつつも、いかりや長介から受け継いだ(とたけしが類推する)弟子への接し方に関する問題点はきっちり指摘している。明石家さんまに対しても、誰と絡んでも盛り上げるその話術を「抜群に上手い」と評価する一方で、アカデミックな分野への関心の薄さを「知性がない」と突き放すが、その手加減しない姿勢に私は感心したのだった。

また面白かったのはかなりのページを割いて己の「芸論」を披露しているところ。芸人にとって常識を持つことの大切さ等を真面目に語っているのも興味深く読めたが、師匠と弟子についての話の流れから、たけし軍団は「殴ることのできるエキストラ」を雇ったようなものだと言い切っていたのは苦笑してしまった。AIの進化についての考察や、最近の自身に関する批判に正面から回答していたのも良かった。興味のある方は読んでみてください。

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