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第一夜 『活字中毒』 / 満月連載 夢日記

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ある満月の夜の、夢日記。

ビュンと、黒い塊が目の前に浮かんだので手で払った。手応えはない。目を凝らすとぼんやりと何かが見えた気がした。
勘違いかなと、家のドアを開けた途端。さらにはっきりと見えた。

‘暴力的な朝’

慌てて目を擦る。薄暗いグレーの立体文字が宙に浮いて、角度が変わる度、陽の光でピカピカ光る。
疑問に思いつつ、手を伸ばしても感触はない。

確実にそこに在る実感だけで、そこに無い。

歩いて5分の最寄駅。通学の為電車に乗ると、中吊り広告の前にまた文字が現れた。

‘人の不幸は蜜の味’

おお、さっきの。と、心の中で呟く。

電車の揺れとは無関係にふわふわと漂うそれを、活字と呼ぶことにした。
活動している文字、略して、活字。

活字はその日を境に、生活のそこかしこに現れるようになった。

お洒落ぶった全粒粉のパンには、’健康の押し売り’
友人の下世話な恋愛自慢には、’誇大妄想’

活字が現れるにはどうやら法則があり、それはなんらかの懐疑的な気持ちや、嫌悪感を抱いている時のようだった。
平たくいえば、拒否反応的なことなのかもしれない。

僕は幼い頃から読書が好きだった。

世界とうまく繋がることができなかったし、自分を押し曲げてまで迎合することを望んでなかった。
だから、特に何らかに対しての、毒舌的な切り口で批評をする本が好きというねじ曲がった趣味をしていた。

それは社会学者の現代批判だったり、根暗お笑い芸人の湿ったエッセイだったり。

だから、特に読書家と話しが合うわけでもない。

ただ斜に構えて視ていた世界に対して、代弁してくれる存在。

それを、心の拠り所にしていた。

そんな僕の元へ、’活字’は現れた。今までの人生はプロローグに過ぎない。
本当の人生が始まった。そう感じた。

もしかしたら僕は何かの能力者で、このくだらない世界を変えるキーマンなのかもしれない。
そんな馬鹿げたことを感じてもいいくらいに、活字が漂う景色は現実離れしていた。

昼休み。教室を見渡す。いつものようにスマホで動画を撮ることに夢中な同級生達。

‘馬鹿’ ‘下品’ ‘自己顕示欲’

など、身分相応な活字がいくつか浮かんだ。
心の中で笑う。

くだらない世界は、くだらない活字で溢れている。
選ばれた僕だけが感じる、世界の滑稽さ。まるで高みの見物。心をくすぐられるような感触があった。

謝罪会見をしている芸能人を見ると

‘一時の世間体対策’が飛び出してきたし、

不祥事を起こした政治家を見ると

‘税金泥棒よろしく’が踊り出す。

僕はあらゆる場面から、活字を呼び出すことができるようになった。

そして、どんどん活字の色は濃くなり、存在感を増していった。

電車で席を譲った背中には’精神的自慰行為’が輝いて鬱陶しい。

ボランティアを勧める文化人には’好感度コレクター’がギラギラとこちらを睨んでいる。

学校に行けば’友情風詐欺師’の活字が追いかけて息苦しくなるので、今まで以上に人と言葉を交わさないように努めた

ある時スマホを開くと、眼球が引っ掻かれるような痛みが走った。

必死で目を開くと

‘嫉妬’や’自己顕示欲’、’応援過剰摂取’や’清楚系ビッチ’などが落ちていた。

この頃には、活字はかなりの質量や鋭利さを持つようになっていた。

気づけば活字に段々と追い詰められてくようだった。

まず最初に、電車に乗れなくなった。
いつ現れるかわからない活字から逃げ出す術がないので、パニックを起こすようになった。

強制的に連れて行かれた病院
パニック障害だと診断した医者の顔は、’カモを逃すな’で見えなかった。

‘厄介払い検討中’
母親の頭上に浮かぶ活字。重力に耐えるのが必死と言わんばかりに、鈍重な質感を見せる。

言葉にならない声を叫びながら二階に駆け上がると、僕は部屋の鍵を閉めた。
感情を表現する言葉が見つからない。

あんなにも文字と触れ合い、依存し、活字を見ることのできる能力者である僕なのに。

部屋に引きこもっていても、部屋にある数えきれない活字に襲われる。

窓枠には’監視する世間’がべっとりと張り付いている。
本棚に詰まった’愚者の気休め’に突き飛ばされる。

飛び込んでくる無数の活字に悩まされながら、僕は衝動に任せて部屋のものを片っ端から捨てていった。
そして納戸にあったハケと白ペンキで部屋中を塗りたくった。

無心で塗ろうとするが、上手くいかない。
目に入るものすべてから活字が浮かんでくるので、翻弄されながらも狂ったように作業を続けた。
醜い世界をリセットしたかった。

気が付くと真っ白な世界と、真っ白な本が一冊そこにあった

僕は食い入るように白紙を見つめている

絶対に目を離してはいけない

血眼になり

見つめるという行為以外を捨てる

少しでも本から目を逸らすと、殺される

圧迫され、嬲られ、誘き寄せられ、殺される

僕は絶望している

もうこの活字から逃げられはしないと

それでも圧倒的な白に向き合う

ゆがんだ視界に

‘一雫の希望’を炙り出そうと。

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満月連載 「夢日記」

夢は無縫
夢は奇怪

月が満ちる度紡がれる、奇妙な物語

写真 / 映像 / 音楽 / 美術 / メイク / 短編小説

様々なファクターが絡みあう、全SNS連動型連載

Twitter:https://twitter.com/ta_streetgothic
instagram:https://www.instagram.com/ta_streetgothic/

YouTube:https://youtu.be/aLkCSECBl8Y

DOP / Editor:須藤しぐま
Hairmake : 小夏
Music : Toki(akubi Inc.)
Opening Movie : 大瀬良 匠(THINGS.)
Creative Director / Story:武瑠(akubi Inc.)

Produce : akubi Inc.
https://akubiinc.tokyo/

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