見出し画像

GIGA・BITE 第1話【後編】

【前回】



【3】



「では、引き続き捜索にあたります」
「宜しくお願い致します」

最後にメロが商品を届けに出てから2週間。
翠は甥の帰宅を待ち続けているが、未だ有力な手掛かりは見つかっていない。

2週間前の午後、近所で大きな爆発音が聞こえたとの通報があった。普段聞かないような轟音が、喫茶店からでも聞こえた。

ところが、現場を捜査しても爆発物の残骸は見つからない。水道管の破裂かとも思われたが、全く損傷は無かった。

ただ、通報があった現場には、不可解なものが幾つも残っていた。

運転手側のドアが外れたグリーンの軽自動車と、歩道に落ちていたそのドア。アスファルトに出来た人間の拳大の無数のへこみ。現在に遺された血痕。それから、停められた自転車。
自転車は喫茶店が所有しているもので、デリバリーサービスのためにメロが使っているものだとわかった。

あの道で何かが起きた。そして、メロがそれに巻き込まれた。

警察が喫茶店に来てから、翠はほぼ一睡も出来ていない。数日は開店していたが、体への負担が大きくなり、喫茶店もここ数日は休業している。

メロは何処にいるのだろう。
無事に帰って来てほしい。翠の願いはただそれだけだった。

◇◇◇

メロが、変貌した老婆と運転手の争いに巻き込まれ、重傷を負ったあの日。

ゾンビの猛攻により瀕死の状態、死を覚悟したが、突如現場が眩い光に包まれた。光の中で轟音を聞きながら、彼は意識を失った。

あの時、現場に数機のドローンがやって来て、閃光弾を放ったのだ。意識を失う直前に聞いた轟音はホバリングの音だった。

撮影用のドローンとは形状も機能も大きく異なる。
1機が閃光弾を投下、ゾンビらに電流を浴びせて牽制している間に、もう2機のドローンが担架を展開。攻撃を終えた1機からアームが伸びてメロを掴み、担架に乗せてその場から飛び去った。

ドローンは現場から少し離れたところにある廃病院に到着。
心霊スポットとして名を馳せていたが、ある時期から警備が強固なものとなり、以来誰も立ち入ることが出来なくなった。

病院の駐車場だった場合でドローンがホバリングしていると、何と地面の一部がスライドドアのように開き、地下へ通じる入口が現れた。
中に入ると、担架の役目を果たす2機が地下のスペースを飛びながらメロを移送、手術室のような部屋まで送り届けた。

そこでメロを待っていたのが、よく喋る姿の見えない女性と、角の意匠がある仮面を着けた白衣の男だった。黒の仮面は目元のみ隠すタイプで、目の下側が赤いラインで縁取られている。
男は運ばれて来た青年、綾小路メロの肉体と脳のデータを確認し、男性はあることを実行した。

そして、現在。

『博士、こういうのって、もっと時間かけてやるもんじゃないんすか?』

手術室の真横の部屋。
壁に取り付けられたモニターから女性の声がする。マイクを通して喋っているかのような、機械的な音声だ。

「ふん、善は急げという言葉があるだろう」
『善は急げ、ね。……ま〜た格好つけちゃって!』
女性の高笑いが部屋に響き渡る。

「うるさい」
『は?』
「うるさいつってんだよ! もう、雰囲気が台無しだ!」
白衣の男は拗ねたように怒鳴ると、黒い仮面を外して耳の付け根を掻いた。

見た目は40代で痩せ型。整った顔つきをしているが、その拗ね方はさながら子供のよう。雰囲気と言っているあたり、黒い仮面に特に意味は無いようだ。

部屋の隅に置いてあった椅子を持って来て、隣の手術室が見える位置に座った。「でも、腕は確かなもんだろ?」
言いながら、男性はニヤリと笑みを浮かべた。

隣の部屋。
医療器具も揃っていて、手術室のように見えるが、実際は別の用途で使用される。

人体改造。

かつて、この施設はある組織の実験に使われていた。
世間に知られていない、いわゆる秘密結社だ。

一時期都市伝説として噂が立ったが、すぐに忘れ去られた。当時からさまざまな陰謀論が囁かれてきたこの世界では、怪しげな噂も消費期限が早い。だが、その甲斐あってこの組織は長期に渡り活動を続けることが出来た。

ここでは科学兵器の研究が行われており、実験台として、病院の患者を連れ去ってもいた。そしてこの白衣の男は、組織の研究チームに所属していた正真正銘の博士であった。

“かつて”。
そう、組織は数年前に壊滅した。誰もいなくなったこの研究室を、今はこの博士1人で利用している。

博士の視線の先。
実験室のベッドに、メロが寝かされている。
上半身は手術のため服を脱がされている。博士の腕前は確かなもので、体のほとんどの傷は癒えている。だが、目の周りがやや黒いのは気のせいだろうか。
また、明らかに不自然な箇所がある。

左胸から腕にかけて、奇怪な装置が取り付けられている。胸の茶色い装置から黄色い線が伸び、メロの体に固定されている。その内2本はメロの右胸に接続されている。その形はさながら心臓を守る鎧のよう。装置の中央には黒い円形の窪みがある。

左腕は薄緑色の装甲のようなもので完全に覆われている。肩の辺りには3本の細長い突起。手首には少し大きめの茶色い器具がはめられている。その形状は牙の突き出た顎のようにも見える。

そう。博士はメロに、人体改造を施したのだ。
「やれば出来るんだよ」
自信満々な博士。女性は大きなため息をついた。
『やれば出来る、ね。この2週間不眠不休で手伝ってあげた、このアタシへの労いの言葉は無いんでしょうかねぇ!?』

どのように手伝ったのかは謎だが、この声の主もメロの人体改造に一役買っていたようだ。

『旧式のマニュアル引っ張って来た時はビビりましたよ! 今時使える訳ないでしょ、そんなもん! それでも博士が頑固だから、アタシが一生懸命再計算して、テストして、それからそれから……あぁもうっ! 身体があったらボッコボコにしてやったのに、このポンコツ博士!』

そう、この女性に実体など無い。

彼女は「ノーラ」と名付けられた人工知能である。
開発したのは博士。名前は英語の“knowledge”から来ている。まだ組織が活動していた頃、データの予測、精度向上のために作ったのだ。
しかし、博士が開発した頃はここまで饒舌ではなかった。考えられるとすれば、ノーラが自己学習を重ねて進化した。

「ぽ、ポンコツは無いだろ! でもまぁ、そうだな。今は俺とお前の2人きり。ありがとう。本当に助かってる」
『お前って言われるのマジ頭に来るんですけど。いつまで奥手なんすか?』
「ちくしょう、昔は“うん”って言ったら“すん”って返すくらいの可愛いヤツだったのに!」
進化した結果、このような珍妙なコンビが出来上がった。

喧嘩は中断。博士が深呼吸して、改めて実験室のメロに視線を移した。
「さて、あと一歩だ」
博士が仮面を着け、実験室に入った。

メロが寝かされている鉄製の、直方体の簡素なベッド。その傍の装置をいじると、頭が置かれている位置の下側、ベッドの側面から何かが出て来た。

小さな引き出し。そこに、円柱形の小さな物体が保管されている。
単一電池2本を縦に並べたくらいの大きさ。本来は透明だが、内部に電気が流れているようで、青く輝いている。物体の両端は円錐形になっており、銀色に塗装されている。
その形状は、小さなヒューズのようだ。

博士が物体を慎重に取り上げ、メロの左側に回った瞬間、

『わあっ!』

ノーラが突然叫んだ。あまりの大声にヒューズを落としそうになる博士。次の瞬間、彼女の笑い声が部屋中に響き渡った。悪ふざけだったらしい。
「ふざけるなよ! いいか、これは世紀の瞬間なんだ」
博士は至って真剣だった。
メロの左手首にはめられた顎型の装置を開け、そこにヒューズを横向きに取り付ける。

《Core fuse, connected》

男性の低い機械音声が装置から鳴った。
音声が鳴ったのを確認すると、博士が装置の上顎にあたる部分を押した。ヒューズは上下の顎と大きな牙でしっかりと固定された。

《BITE!》

短い音声が鳴ると、ヒューズ内の電流が強くなり、上顎で隠れていた左右対称の小さな丸い窪みに光が灯る。
次の瞬間、メロの両目がパッと開き、上半身を起こした。博士は歓喜の悲鳴をあげた。
「よしっ! 遂に実現した! これこそ私の夢見……」
言い終える前に、強い衝撃と共に博士が吹き飛んだ。壁に背中を強打し、その場に倒れ込む。

メロだ。
メロが左手で博士を突き飛ばしたのだ。軽く押しただけで1人の男性が吹き飛ぶ威力。人間業とは思えない。

強烈な痛みに耐えながら、博士がゆっくり立ち上がる。かなりの衝撃だったはずだが、何とか無事らしい。その様子を、メロが冷めた表情で見つめている。その目は酷く充血している。

『あれ? 何で?』
「そんな。私の、私の仮説は正しかったはず」
どうやら、博士が意図していたことと大きく異なる事態が起きているらしい。
メロはベッドから起き上がると博士に歩み寄った。
「拘束するんだ!」

実験室の床と天井からワイヤーが伸び、メロの身体を押さえ込む。被験者が逃走を図ったり、今回のようなアクシデントが起きた場合に備えて、かつての組織が設置したものだ。今はノーラが施設のシステムにアクセス、設備を動かしている。

これで一安心、とはならない。メロは硬いワイヤーをいとも簡単に引きちぎってしまった。ワイヤーは派手に吹き飛び、天井の隅につけられた小さなモニターに直撃した。
『嘘でしょ、あのワイヤーを?』
止められるものは何もない。
メロは博士の首を右手で掴み、軽々と持ち上げた。2週間前、変異したドライバーの男性が老婆を持ち上げた時のようだ。

『博士!』
ノーラが叫ぶ。博士も必死に暴れるが、力が強く抜け出せない。
無感情のまま、改造された左手を構える。この左手に貫かれる。博士は強く目を瞑った。頭を必死に振ると、着けていた仮面が取れて床に落ちた。

すると、事態は急変した。

仮面の取れた博士の顔を見て、メロが目を見開いた。その瞬間、博士を捕らえていた右手が開き、博士は床に落ちた。咳き込む博士の横で、メロが戸惑いの表情を浮かべている。

と、今度は天井付近のモニターから雑音。メロと博士が同時に視線を移す。
音が止むと、そこに映像が表示された。どうやら施設の外の様子らしいが、そこにゾンビらの姿が映っている。合計3人。その中にはメロを襲ったドライバーと老婆の姿も。

「トキシム? 何故ここに?」
『まさか、この子の血の匂いを辿って?』

博士達はゾンビのようになった人間を“トキシム”と呼んでいる。伝承に登場する怪物「タキシム(Taxim)」と、有毒を意味する”toxic”をかけた造語。命名したのは博士だ。

ドローンを飛ばして救助した際、メロは左腕を大きく負傷していた。その血の匂いが彼等を呼び寄せたとノーラは推測する。
あのとき、ドライバーも老婆も人間離れした動きを見せていた。トキシムになった人間は身体能力が向上するのかもしれない。それならば、メロの血液の匂いを追って来たことも納得がいく。

おそらく1体がメロを追跡、戦闘していたもう1体がその個体を追う。そこへ更に別のトキシムが合流して、現在病院の敷地で乱戦を繰り広げている、といった具合だろう。
病院の警備はあくまで人目を避けるためのもの。身体機能が向上したトキシムなら容易に突破出来る。

画面を睨むメロ。次の瞬間、彼は獣のように咆哮し、実験室のドアに突進して部屋から飛び出した。改造により、メロもまた超人的なパワーを身につけていた。

『大丈夫!?』
「この映像、お、お前が?」
息も絶え絶えに博士が尋ねる。
『だって、一大事だし』
「ふっ、なんだ。ありがとよ」
『はぁ? 助けたんじゃなくって! トキシムが入って来ちゃったのを伝えようと思ったの! どうするんですか、あの子も飛び出して行っちゃったし』

部屋の外で大きな音が鳴り響く。メロが壁や警備システムを破壊しながら突き進んでいるに違いない。あの怪力では外に出るのも時間の問題だ。

メロはきっと、モニターに映ったトキシム達を見て飛び出したのだ。今は彼等を探して暴れている最中。もうじき外への出口を見つけるか自分でこじ開けて脱出するだろう。そこでトキシムとニアミスしたら。
「いや」
博士が立ち上がる。その声には熱がこもっている。

「私は、信じる。まだ“彼はいる”」

◇◇◇

事態は深刻だ。

地上と地下はほぼ完全に遮断、駐車場跡のドローンの射出口と非常階段以外に地上と繋がるポイントは無いのだが、散々地下を走り回った後、メロが自身の指を突き立てて壁をよじ登り、天井を拳で幾度も殴り、新しい出口を作ってしまった。

更に酷いことに、メロが飛び出した先は、3体のトキシムが戦っている現場だった。

場所は病院の入口付近。建物を囲うように鉄の壁を設置、その上に有刺鉄線を備え付けていたのだが、鉄線が千切れ、壁の上部も歪んでいる。力任せによじ登ったようだ。

急に現れたメロを見て動きを止めるトキシム達。瞳がそれぞれ異なる色に染まっている。メロも3体の姿を確認、沈黙が訪れた。
ドライバーだった個体が先に吠える。顔中傷だらけで、口を大きく開けると頬に穴が空いていることがわかる。

ドライバーの咆哮を聞くと、メロがキッと睨みつけ、ドライバーよりも大きな声で吠えた。3体が一瞬怖気付く程だ。
その声に呼応するかのように、左手首の装置が電気を帯びる。バチバチと凄まじい音がしており、青白い電流がヒューズから流れ出る。

メロは両腕をクロスさせた。左腕が前側、交差した箇所が、ちょうど胸の黒い窪みの前に来る形だ。
電流はより一層強く激しくなり、青い光となってメロの全身を包んでいく。
そして、再びメロが咆哮し、クロスさせた両腕を勢いよく広げた。

光が消えた。

そこに立っていたのは怪物だった。
怪物が両腕を広げた姿で、肩で息をしていた。

左腕と同じ、薄緑色をした骸骨のような頭部。血のような赤いラインが何本も浮き出て模様を作っている。後頭部は玉ねぎのようなシルエットのプロテクターで守られている。プロテクターの下部には円形の突起が2つ、左右対称に付いている。

上半身右側と脚は筋肉が露出したかのように赤く大きくなっている。腿と膝から下にも薄緑の装甲。腿の装甲は小さく、黄色く太い数本の線が側面から伸びて巻きついている。ノーラが「旧式」「中途半端」と言っていた意味がわかる気がする。

恐ろしいのは、その白く大きな目。人間のそれよりも大きく、変異前と同じく充血している。

メロだったものが3体を見据える。彼等も突如現れた敵を前に身構える。
一瞬の間があり、それぞれが相手目掛けて勢い良く走り出した。
おぞましい鳴き声と共に、怪物達の戦闘が始まった。

【4】


『は、始まっちゃいましたよ?』

実験室の隣、モニタールームに戻って来た博士。外部映像を表示、病院の入口付近で交戦中のメロとトキシム達を見つめている。
戦いは拮抗しているが、改造を施され、肉体も大きく変異しているメロの方がやや優勢だ。まだ戦いに慣れていないのか、別の理由があるのか。

『博士! 何とかしないと! このままじゃ、あの子更に暴走しちゃいますよ!』
博士は答えない。ただじっと、メロを見つめている。
『博士!』

「彼はいる」

博士が口を開いた。
実験室で首を絞められ、仮面が落ちた瞬間。
間違いなく、メロの表情が変わった。

トキシムらの戦闘に割って入った青年。
凶暴化した彼等を見てもなお、争いを止めようとしたあの姿。彼を突き動かしたのは恐怖よりも大きな、「人を守りたい」という思い。

仮面が外れて素顔を晒したことで、メロの中に残された強い思いが呼び起こされた。博士はそう読んでいる。

「暴走したら私が何とかする。だが、私は信じている」
モニターに歩み寄り、じっとメロを見つめる。

「そこにいるんだろう。起きろ。起きてみせろ」

◇◇◇

変異したメロの力は凄まじかった。
彼を殴打した怪力のトキシムが、自慢の拳を構えて襲いかかるも、メロはその拳を右手で簡単に受け止めた。手を右に退け、ガードの無い相手の胸をすかさず左拳で突く。トキシムは吹き飛び、施設の壁に直撃した。その威力はコンクリート製の壁を砕くほどだ。

2体を見つけてついて来たであろう、血に濡れたワイシャツを着た若いトキシム。黄色く瞳を光らせ、彼もメロに飛びかかる。しかし、ドライバーに比べて筋力が劣る彼は、いとも簡単にねじ伏せられてしまう。倒れたトキシムを、メロは容赦なく、何度も踏みつける。

その隙に、砕けたコンクリートから抜け出したドライバーが背後から迫る。トキシムの体は高い再生能力まで持ち合わせている。本当にゾンビのようだ。
不意打ちのつもりだろうが、吠えて飛びかかったために気づかれてしまった。

メロは攻撃を交わすと敵の頭を鷲掴みにし、自身の頭部を強く打ち付けた。動物に近いトキシムの戦闘スタイルとは異なる攻撃だ。ドライバーは頭部を押さえてその場で悶えている。

2体をねじ伏せたメロが次に狙いを定めたのは、あの老婆。
老婆も唸り声を上げると、素早く駆け回ってメロを翻弄する。しかし、その動きも全てメロに読まれている。

タイミングを見極め、目の前に老婆が来たところで強烈なキックを浴びせた。小さな悲鳴と共に老婆が鉄の壁まで飛ばされる。俊敏な動きで体力を消耗していた老婆は立ち上がることが出来ずにいる。

弱っている老婆にメロがジリジリと歩み寄る。
動かなければ。本能的にそう感じるも、老婆は動くことが出来ない。身体能力が向上しても、再生能力を有していても、それを上回る威力の攻撃を食らい、トキシム達は劣勢に回っていた。

情けない唸り声を上げる老婆目掛けてメロが走り出した。一気に距離を縮め、右手に力を込める。ダメージの回復に時間がかかっていることもあるが、元々互いに敵対していた者達だ。他の2体が助けに入ることは無い。

老婆の眼前までメロが迫った、その時。
拳を振り下ろさんと構えた状態で、メロが硬直した。

白く大きな目でメロが捉えていたもの。それは、老婆の顔。

振り上げた腕が、ゆっくりと下がってゆく。
暴走したものの、彼の中には微かに、あの日の老婆の記憶が残っていた。
豹変し、ドライバーに襲いかかる姿を見てもなお、反撃を受けた老婆を助けようと動いたメロ。その記憶が蘇ったというのか。

小さく唸りながら、老婆の元からおぼつかない足取りで引き下がると、メロは上空を見上げ、力の限り吠えた。獣の咆哮というより、人間の怒号のようにも聞こえる。
その様子をモニター越しに博士も見ていた。ノーラも黙って状況を観察している。

これを好奇と捉えたのか、回復した背後の2体がメロに襲いかかった。咄嗟のことで判断に遅れが出る。ワイシャツの青年にはやはり簡単に蹴りを入れられたが、怪力のトキシムの攻撃を避けきれなかった。

必死に抵抗するメロを、今度はトキシムが両手で押さえ、覚えたばかりの頭突きを食らわせた。攻撃ではなく、老婆の記憶によりメロは混乱しているようで、闇雲に攻撃を繰り出すが全く当たらない。

トキシムは更に攻撃を浴びせると、ふらついたメロの右肩を掴み、顔面目掛けて拳を勢い良く突き出した。真っ直ぐ、勢い良く吹き飛ばされるメロ。その先にあったのは、隣のビルの外壁に取り付けられた配電盤。
配電盤に直撃したメロの体に電気が流れる。感電し、ビクビクと動いたあと、メロは頭をがっくりと落とし、動きを止めた。

地下のモニターに、その様子が映し出される。
『えっ! 死んだの?』
「いや、死んじゃいない」
激戦をモニターで見ていた博士が言った。
力のこもった強い目つきでメロを見つめる。

勝ち誇ったように吠えるドライバー。彼は再び、残る2体も始末しようと襲いかかった。
青年のトキシムを無理矢理起こし、首元に噛みつこうとした瞬間、背後から物音が聞こえ、そちらに目をやった。
ゆっくりと体を動かすと、コンクリートが小気味良い音を立てて崩れ落ちる。
頭を摩りながら、怪物が立ち上がった。

「いってぇ〜、な、何があったんだ?」

しかも、言葉を発している。
「あぁ、何かクラクラする……ん? はぁっ!?」
薄緑の装甲を纏った怪物が、傷だらけになった“人間”達を見て驚いている。これほど奇妙な光景があるだろうか。

「えっ、何してるんですか? って言うか、ここどこ?」
体は怪物のままだが、その声、仕草は紛れもなく人間のメロのものだった。
辺りをキョロキョロと見回し、よくよく見ると自分の体にも大きな異変が起きていることに気付き、メロは悲鳴を上げる。

怪力のトキシムが青年から手を離し、メロの方へ走り出す。その恐ろしい形相を見てメロがまた叫ぶ。相手の攻撃を手で受け止め会話を試みるが、相手は人語を話さない。
人間の心が戻っても、体は怪物のまま。不本意ながらその怪力で目の前の男を苦しめてしまい、思わず「すいません!」と謝る。

ここで、自分の左手首から突然声が聞こえ、メロはまた悲鳴を上げた。
『落ち着け! 事情は追って話す』
「腕輪が喋ったぁ! あれ、俺こんな腕輪してたっけ? って、うわぁっ!」
立て続けに驚くことが続き、男を押さえる手の力が緩んだ。その隙に男は攻撃しようともがいている。

『君は今、彼等と戦う力を持っている』
「彼等? ぞ、ゾンビのこと?」
『うぅん、まぁそれで良い。ゾンビだ。今の君は容易に彼等を仕留められる。だが同時に……』

攻撃してきた男の両手を、メロが慌てて掴んで押さえた。男が蹴りを入れようとしているが、メロも両腕を精一杯伸ばしており、ギリギリ攻撃を回避している。
こんな状況では腕輪から聞こえる声に集中出来ない。

『おい! 聞いてるのか?』
「ちょっと、色々渋滞しててわからないんだけど!」
『取り敢えずソイツを蹴飛ばせ!』
言われるがまま腹に蹴りを入れると、男がスッと吹き飛ばされていった。腕輪の声の言う通り、自分にとんでもない力が宿っていることをメロは認識した。

「出来た!」
『いちいち言わなくていい! こっちで確認してるんだから! えーっと、そうだ。今の君なら、ゾンビを弱毒化出来るかもしれない。君に蓄積された……』
「じゃくどくって何!? 難しい言葉わからねぇよ! あっ、もう1人向かって来てる!」

怪力のトキシムに続いて、青年のトキシムも起き上がった。再び休戦し、メロを仕留めるべく一斉に襲いかかる。
腕輪の声に助けを乞おうとすると、

『もう! 博士うるさいっ! ごめんね〜、今から言う通りにやって!』
今度は高めの女性の声が聞こえてくるではないか。

施設の地下。博士の説明では理解出来ないと悟ったノーラが交代したが、余計に混乱させてしまった。しかし、
「よくわからないけど、めっちゃ綺麗な声がする!」
メロは独自の感性で、無意識のうちに混乱を解いたようだ。

こうしている間にも、2人の男達はメロに向かってくる。慌てて男達の攻撃を避け距離を取る。
メロが落ち着いて話を聞ける状態になるのを待っていたかのように、再び腕輪から女性の声が聞こえてきた。それも、先程とは少し違った印象の話し方で。

『え〜? 綺麗な声〜? ありがとう、すっごい嬉しいな! そんな君に、やってもらいたいことがあるから、よ〜く聞いてね?』
「はい!」
『ありがと〜! じゃあ、左手を下に向けて、腕輪を上から2回押してほしいな!』
「腕輪を2回? や、やります!」
向かってきた男達のパンチを躱しつつ彼等から離れると、女性に言われた通り、左手を下げ、腕輪の上部を2回押し込んだ。

《GIGA・BITE!》

機械音声が鳴った。
「何か言ってます!」
『よしっ! じゃあ噛むのと爪を刺すのと、手のひらをぶつけるの、どれが良い?』
「え? じゃ、じゃあ、何か怖いから手のひらで!」

言いながら自分の手のひらを見る。すると、変異した自分の手のひらに、円形の模様があるのが確認出来た。おそらくこれをぶつければ良いのだとメロは理解した。
『オッケー! それじゃあ思いっきり、手のひらぶつけちゃおう!』

前方から向かって来る男達。手前にワイシャツを着た若い男、その少し後ろ、やや右側から怪力の男が向かって来る。

狙いを定めると、メロも2人に向かって駆け出し、右手を若者の胸に、次いで左手を怪力の男の胸に当てた。掌底打ちに似た技だ。「掌底」が何かメロはわからないだろうが。

メロの攻撃を受けたトキシム達は、糸が切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。恐るおそる指でつついてみたが、動きだす気配は無い。
一件落着。安心して力の抜けたメロはそのまま座り込んだ。
安心したのは良いが、メロの体は怪物のまま。このまま元に戻れないのではないかと困り果てていると、

「腕輪の上側を軽く引き上げろ」

背後から聞き覚えのある男性の声が。
取り敢えず、言われるがまま腕輪の上部を引き上げると、怪物の体が元通り、メロの体に戻った。胸部と左腕の装甲以外は。

「おめでとう!」
戸惑っているメロの背後から拍手。振り返ると、白衣を着た男性がメロを見つめて立っていた。目元は黒い仮面に隠れている。
白衣の男……博士は夕日を背に話を続ける。

「君は全ての生物の頂点に立つ存在となった」
「ど、どういうこと?」
一度咳払いすると、博士は声を張ってこう告げた。

「本日只今この時刻をもって、君は“超獣”になったのだ」
「超獣……って、何?」


【次回】

【登場怪人のイメージ画】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?