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超獣GIGA後日談:赫木真人プロジェクト

「鷹海にはゾンビがいる」
地下研究所で生まれた小さな生命体。自らの複製を作り出し、他の生命体に取り憑かせることで意思を乗っ取る力。乗っ取られた者達はゾンビのように変異するが、人間だった頃の生活習慣は記憶されており、散歩や買い物に駆り出す白目の住民が目撃されていた。

ただ感染するだけなら大した影響はない。意思疎通が取れなくなるくらいだ、試したことは無いが。
小さな生命体には、自分の意思を信号にして飛ばす【司令塔】と、それをキャッチして行動を起こす【群体】が存在する。司令塔に自らの意思を学ばせ、群体に取り憑かれた市民を兵士として動かし、縄張り争いをさせる。それが、旧秘密結社の幹部達が企てたことだった。

「ここまでは話したっけな?」
その、旧組織が使っていた地下研究所。
複数のモニターが壁に取り付けられた部屋で、現在の責任者・桐野仁蔵が足を組んで椅子に腰掛けている。顔の上半分を覆う、2本角の生えた黒いマスク。本人は気に入っている様子だが、尋問を続ける特殊部隊の越中雄一と室田裕子は呆れ顔をしている。

越中隊長の証言もあって、旧組織の研究者であり、未だにこの地でとある研究を続けていた桐野博士は保護観察下に置かれた。彼が行っていた研究、あらゆる司令塔の信号をものともせず、接種した群体を糧に変える「超獣」の存在が、一連の事件を解決に導いた。

超獣の被験者となった若者だけではない。彼のサポートに回っていた桐野博士も、その身に宿した司令塔の力を行使、文字通り超人的なパワーで特殊部隊らを助けてくれた。
性格に難ありだが、彼等抜きではゾンビ……博士らがトキシムと呼称する怪物達を止められなかった。

今は研究所の中枢・モニタールームで、これまでに起きたことの経緯を聞いている。暖かい緑茶を啜りながら。
お茶と菓子を届けてくれた青年、綾小路メロは、料金を越中隊長から預かってすぐに去ってしまった。急なオーダーが入ったらしい。誰も彼も、もう少し彼と一緒に居たかったが、2度と会えないわけではない。

「で? 他に聞きたいことは?」
カステラを頬張りながら博士が尋ねる。菓子のかけらがポロポロとズボンに落ちるのを見て、越中隊長が溜息をついた。
「食いながら喋るな、汚いな」
『ごめんね〜、後でしっかり注意しておくから』

壁面中央の大きなモニターから女性の声が。
桐野博士が開発した人工知能・ノーラだ。独自に進化を続けたらしく、戦線で活躍する超獣達を援護していたそうだ。

博士の監視、尋問、その他諸々のために1週間はこの施設に滞在しているが、越中はまだノーラとのやり取りに慣れない様子だ。
初めは越中にも敬語で話していたが、博士との口喧嘩を見て態度を変え、この通りタメ口で話してくるようになった。同レベルだと認識されたのだろう。

「しかし、よくお前みたいな奴が超獣システムなんて造れたよな」
「みたいなって何だよ? おい、アンタの隊長にも言ってやってくれよ」
博士が室田隊員に文句を言う。多少距離はあるものの、彼の口から飛び出るカスを見て口をへの字に曲げている。

「超獣システムが完成しなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「俺が止めるつもりだった。アイツらと、幹部と同じやり方でな」
『おい! アタシを忘れんなっての』
確かに、蜘蛛の怪人に変異した博士は強靭な肉体を誇っていた。長い間引きこもっていたせいで、その力もやや劣っていたらしいが、それでもノーラの助けがあれば大概のトラブルは解決出来る。
しかし幹部や、嘗ての同胞だった男も博士が倒せるかと言われれば、可能性はほぼゼロだ。

「あの子で良かった」
室田隊員が呟いた。
「ゾンビ同士のプロレスを見て、止めに入ろうだなんて普通思わない。民間人、しかも成人したばかりの若者よ? それに、同じ状況に巻き込まれたのが彼じゃなくて、もっと血気盛んな人物だったら」

今頃鷹海市は死の町になっていたかもしれない。
自らを危険に晒してでも、メロは人間と、洗脳されたトキシムをも助けようとしていた。
幹部をはじめとする一部の死者を除いて、鷹海市民が元の生活に戻れたのは、超獣システムだけではなく、その力を手にした綾小路メロのおかげだ。

博士もノーラも、初めから彼を被験者として見ていたわけではない。偶然トキシムの戦いに巻き込まれ、重傷を負ったところを救出したのがあの青年だった。
博士もまた、超獣システムの被験者がメロで良かったと心の底から思っている。
「まさに奇跡だな」
ひと言呟いて、菓子の残りを口に詰め込んだ瞬間、

「奇跡、ねぇ」

室内に、その場の誰とも異なる人物の声がした。
やや低めの男性の声。
「そんな安っぽい言葉で片付けられるのは遺憾だな」
声は入口から聞こえる。
全員がそちらを向くと、そこには真っ赤なロングコートを着た男性が立っていた。薄暗い部屋でもわかるほど、チカチカする赤い色。つばの広い黒系のハットを被り、その下からは癖のついた長髪が伸びる。
目元はサングラスで隠しており、髪やレンズとのコントラストから、真っ白な素肌が引き立っている。

「こいつ、確か」
最後の戦場となった、新鷹海総合病院。
突如封鎖された建物の外で、岸本という特殊部隊員が、その場に現れた1人の男を目撃している。彼の言葉を聞いて博士らもその姿を確認した。
トキシムの巣窟にたった1人でやって来た男。
その姿が、今目の前にいる男性と瓜二つなのだ。
男性は、旧組織の大幹部だった笠原総一郎の“宿主”だったはず。笠原はその体を捨て、自身の側近を次の宿主に選んだ。

捨てられた男が、ニヤリと笑みを浮かべて立っている。

「何だ? 見惚れちまったか?」
挑発するような口調。突然のことに全員固まっている。
『あ、アンタ誰?』
最初に沈黙を破ったのはノーラだった。
男はモニターに目を向けると、指をピンと伸ばして画面を指差した。

「お前は人間“だった”」

『へ?』
思わず素っ頓狂な声を上げるノーラに男が歩み寄る。越中らは彼と距離を取り、武器に手をかけている。
「ところが造物主の計らいで、お前は進化したAIとして産み落とされた。どんなインテリだろうが、人間如きに超獣のサポートなんざ無理、だってさ」
『ぞ、造物主って、開発者のことでしょ? アタシの開発者は、嫌だけどこのポンコツ! それに何なの、アタシが人間だったって!?』
「開発者……あぁ、君だな」
赤いコートの男が、椅子に腰を張り付けた博士を見て笑った。

「お前は誰だ? 笠原院長が乗り換えたってことは、あの時点では……」
「死んだ。“人間”としては、な」
両手の指2本を動かして“人間”という部分を強調した。
笠原とは別の進化を遂げた変異体ということか? まだトキシムが残っていたとは。
そんな博士らの考えを見通すかのように、男はクスクス笑い始めた。

「安心しな。俺はトキシムじゃない」
「トキシム? 何故その呼び名を知っている?」
「所謂、カメオ出演ってヤツさ」
博士の言葉を無視して男が語った。
カメオ出演。小説や映画の原作者や著名人が、ひとつの作品に短い時間だけ出演するもの。男の話を聞いても真意が見えてこない。
「もうちょい派手に遊ぼうと思ってたんだが、俺らはゾンビとか、グロいのとか、そういうのが嫌いでね」
「さっきから何を喋っている?」
とうとう越中隊長が銃を引き抜いた。目の前にいるのはただの人間ではない。銃だけで制圧出来るかもわからない。

武器を見せられても男は動じない。博士を見たまま彼に語りかける。
「本当はバチバチやりたかったんだよ、超獣君とも」
「超獣のことまで知ってるとはな。いい加減、何者なのか吐いてもらおうか」
博士が立ち上がって男を睨む。しかし、今の彼に戦う術は無い。司令塔の力を失った彼には。
「うーん、何て説明すりゃあ良いかなぁ。ほいっ」
と、男が博士に手を向けて指を鳴らした。その途端、予想外の事態が起きた。

博士の体が、瞬く間に蜘蛛の怪人へと変異したのだ。
無論、これは博士の意思によるものではない。自分の身に起きたことが理解出来ず、黒い怪人は自分の両手をまじまじと見つめている。

「似合ってるな」

短い言葉が聞こえた次の瞬間、男が博士の目の前に現れ、その首を掴み上げた。博士は背中から生えた蜘蛛の脚で反撃するが、男には効いていない。
「お前らも超獣も、俺達の可愛い子供。お前の葛藤も、成長も、造物主は心打たれてたぞ?」
「そ、その、造物主ってのは、何だ?」
男は飽きたように博士の体を投げ捨てた。人間の姿に戻り、床に這いつくばる博士。男目掛けて糸を射出しようとするが、糸は出ない。あっという間にただの人間に戻ってしまったようだ。

「自己紹介が遅れたな。俺は、赫木真人。“郷”の広報課長をやらされてる」

赫木真人。
聞き覚えの無い名前だ。それに彼が言う“郷”というのもさっぱりわからない。
「手始めにこの世界の編集を任されてね」
『世界の、編集?』
「英雄不在、欲に塗れたフツーの世界に、新しい風を取り入れる。それと……いや、このタイミングで言うのはやめておこう」
「造物主だの世界の編集だの、神様気取りも良いところだな」
「神?」
赫木は立ちあがろうとした博士に瞬時に近づき、彼の真横にしゃがみ込んだ。

「俺達の間では、“神”を名乗っていい存在は限られてるんだが……まぁ良いか。他所は他所、ウチはウチってな」
一時的にでも博士に司令塔の力を戻したのは、まさしく神の所業。
ノーラが元々は人間だったという発言。カメオ出演。
世界の外側から、神様気取りの何かが遊びに来た。信じがたいことだが、博士は赫木の口ぶりからそう感じた。

「さて、と」
赫木はスッと立ち上がり、コートのポケットから何かを取り出した。
小さな円柱型の容器。その中にほんのりと橙色の光が灯っている。
「今日はコレを貰いに来たのさ」
橙色の輝き。忘れもしない。博士の同志、レイラが託した力の証。
メロがその力を解き放ったことで、鷹海市民に感染していた群体は沈静化した。
「どうするつもりだ!?」
「悪いようにはしない」

容器をポケットにしまうと、赫木は再びモニターに目を移した。
「進化したAI、か。やり尽くされたネタだが、今回の業務で面白いもんを見られた。頭の隅っこに入れとくよ」
『ちょっ、失礼じゃない!?』
「ノーラ! 閉じ込めろ!」

博士に言われて、大慌てで防御システムを作動させる。あの大病院ほどではないが、侵入者の行手を阻むくらい容易い。
シャッターで閉鎖される入口を見ても、赫木は焦る様子が無い。
口角を上げたまま博士を見ると、右手で指を大きく鳴らした。

部屋に響く小気味良い音と共に、赫木真人はその場から姿を消した。

辺りを見回す一同だが、やはり彼の姿は無い。
ノーラも敷地内のカメラを軒並みチェックするが、どの映像にも赫木は捉えられていなかった。

「今のは、いったい……」
博士らは、ただ呆然と赫木が消えた場所を見つめるのみだった。



久々に体を貰って、何させられるかと思えば、ジジイの顔した蜂の巣をくっ付けることになるとはな。
造物主もなかなか意地悪だ。俺も虫は嫌いなんだよ、アンタと同じでな。

まぁ良い。一応、最初の業務は完遂した。
英雄不在のつまらない世界に一雫の狂気を垂らし、その結果、【超獣】というヒーローが生まれた。
カメラワークから何から……造物主のワガママには困ったもんだが、ガキの頃からの付き合いだ。目を瞑ろう。

ただ……。

愛しい超獣が、町のみんなを守るために解き放った“コイツ”。
造物主。俺はこの物語の猿とは違い、アンタの望み通りには動かない。
そう簡単に終わらせやしない。

……それもまた一興ってか。

おや、もう次の世界が決まってんのか? 相変わらず人使いが荒い。
今度はジジイのお守りじゃなく、もっと派手な役が欲しいもんだな。
よし、時間が勿体無い。さっさと始めるとしようか。

「これより、世界の編集を開始する」



超獣GIGA第1話〜最終話+怪人イメージはこちらから

読んでくださった皆様……

また遊ぼうや。

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