見出し画像

エレクトリックギターにRest modという選択肢を 前編

 レストモッド(rest mod、以下RM)とは自動車業界の、とりわけユーズド/ヴィンテージカーの改造修理の手法のひとつである。

  幸いにもWIKIPEDIAに記述があったのでご参照いただきたいが、要は修復・復元(restoration)と改造(modification)の組合せのことである。

 元々は自動車大国にして旧車の修理改造の本場であるUSで起こったムーヴメントらしいが、私は以前からこの手法をエレクトリックギターに応用できないものかと考えるようになっていた。

 今回はギタリストが自身のギターを長く使い続けるための選択肢として、このRMという手法、またはアプローチをご紹介したいと思う。





 といっても、復旧と改造を組み合わせるレストモッドという手法が現在の楽器業界‐正確には日本の中古楽器業界でなぜ普及しないかについて、この前編をまるまる使って述べたいと思う。

 長くなるし、楽器業界の現状に興味関心の無い方には退屈なハナシになってしまうがどうかご了承願いたい。
 私なぞしょせんは一介のギターエンジニア、「主語の大きいハナシ」‐客観性を欠く一般論はなるべく避けたいのだが、さほど大きくないとはいえ楽器業界もギョーカイのひとつ、トレンドやらファッションやら時流やら景気やらの因子ががそれなりに影響する以上はどうしても言及せねばならないこともある。

 なお以下で名の挙がる会社やブランド、およびその製品とそのユーザーの名誉を毀損する意志は無いことを先におことわりしておく。




 ギター、とりわけエレクトリックギターと長く付き合ってきたギタリストの皆さんなら、今まではギターの修理・修復よりも新品へ買い替える機会のほうが多かったものとお察しする。

 他の産業と同様ギターもまた大量生産・大量消費の流れに乗り、市場には常に製品が供給されつづけ、楽器店の店先は商品で埋め尽くされる時代が長く続いた。


 しかし、楽器業界に居た経験から申し上げると、この業界もまた淘汰の繰り返しである。
 具体名は避けるが、かつて国産のギター製造の一角を支えた工場の廃業や規模縮小、海外への拠点移設は決して珍しいことではない。

 また、私が楽器屋で働いていた2000~2010年代でも、楽器の卸会社や工場の倒産や廃業、閉鎖が相次いだ。
 ここでは敢えて名前を出させていただくが、2011年には共和商会と中信楽器が相次いで倒産したし、2018年にはギブソン社も倒産の憂き目にあっている。
 もっとも、その後の立て直しの道筋がつけやすいという点でUSと日本では倒産の意味合いが異なるので、共和や中信とギブソンを同じ文脈で語るのは無理があるのだが…

 他には、それまで個人経営の小規模な卸会社が廃業してしまい、輸入代理していたブランドの供給が途絶えてしまう事例も多く発生した。
 さらに、大手卸会社に輸入代理が移行したものの、しばらくの後に取扱が終了したり、特に告知もないのに商品が入荷しなくなったりするケースも少なからずあった。


 このような業界の変遷を目の当たりにしてきた者としていわせていただければ、今後のギター業界は、質はともかく

量は確実に低下する。


 
 もちろんフェンダー(FENDER)やギブソンの製品は今後も常に市場に供給されるだろうし、最近のマーシャル(MARSHALL)社のようにそれまでの一族経営から他社による買収と経営路線の変更を選ぶ会社・ブランドも出てくるだろうから、楽器店に行っても欲しいものが何ひとつ見つからない、というような状況に陥ることはないだろう。

 しかし、例えば、やっと貯まった15万円を財布に入れて楽器店を訪れたとき、候補として店員が並べてくれるギターの数は、仮に10年前が6台だとしたら、今後はどうだろうか。その半分にも満たないのではなかろうか。

 消費者である購入希望者からみれば玉石混交にみえる数々のギターもギタリストの多様なニーズに応えるために生まれた製品であり、それらが複数存在するさまは文字どおり多様性の縮図である。

 業界の停滞・縮小はそのまま商品の流通量に影響する。
 と同時に、競争力の弱い商品の淘汰が進むことで多様性は失われ、似たような商品ばかりが販売される。
 
 そうなると経済原理のひとつ

悪貨は良貨を駆逐する

のとおり、低品質でも安価な商品ばかりが大量に売れるようになる。

 消費者であるギタリストの中にはお疑いの向きもあるかもしれないが、ギターの製造コストにおけるハードウェア‐マシンヘッドやブリッジ、ピックアップの比率は決して小さくはない。
 また、良質な木材を選んで丁寧な加工を施すことで製品たるギターの耐久性、特に耐候性が向上するのだが、その手間や木材の仕入値は結局のところ製造コストに反映される。

 手をかけた高品質なギターが、しかし、なかなか「売れない」‐少なくともコストに見合った価格で売れてくれない状況は製造者を疲弊させ、商品の供給減少そして製造打切りにつながる。 


 こうして書いているだけで私も気が滅入ってくるが仕方ない、これが現実なのだ。
 それに、業界の規模の変動はともかく、安価な製品の流通による市場の変化はこれまでも楽器業界で何度となく起きたことであり、それが今後も形をかえて顕現することに何の不思議もないのである。





 楽器業界の変遷とは別に、時代の流れとともにギターおよびギタリストにとって追い風となる変化があったのも事実である。

 ひとつはインターネットの一般化による個人での売買のルートの拡充が挙げられる。
 ネットオークションや個人間売買の専門サイト、海外輸入代行等の敷居がぐっと下がったことは、利用の際のリスクを差し引いても大きなメリットがある。

 もうひとつ、これはギターエンジニアリングの視点でのハナシになるが、ハードウェアの品質の向上が挙げられる。
 具体的には
○マシンヘッド
○ブリッジ
○回路パーツ

のみっつである。

 特にギタリストへの恩恵が大きいのはマシンヘッドであろう。
 言いたくはないが80年代までの、主に国産のギターに採用のマシンヘッドは元々の精度と耐久性がイマイチであった。
 そこに経年変化が加わることでさらに精度は低下し、弦の巻き上げ機構としての能力が水準を満たさないものも多く見られる。

 ブリッジにしても、90年代までのスーパーストラトの流行に乗せられて大量に流通したフロイドローズ系のロック式ヴィブラートブリッジの中には、現在では挙動に不安を覚えるものが多くみられる。
 現在ではFローズのパテントやライセンスも整理され、純正パーツの供給も安定している。ゴトーやシャーラー製の、非常に高額だが高品位なリプレイスメントパーツも入手可能である。

 他に挙げるとすればギブソンのチューン・O・マティックに倣ったブリッジでも、鋳造によるスが多く入ったものが使われており、弦の張力に負けて変形しているものも少なくない。
 これもゴトーによる良質な製品への換装という手が使えるし、他にもトーンプロス(TonePros)や、新品のピカピカが苦手なオーナーにはダメージ加工を施したアフターパーツという選択肢もある。


 回路パーツを挙げたが、これはクライオジェニック処理や高音質とされるトーンキャパシタのことではなく、オーディオ機器の技術が転用された高品位な配線材や、流通量が少なく高額になりがちだったUSA規格のパーツのことを指す。

 ポット(potentiometer)でいえばCTSやスタッポール、スイッチでいえばスイッチクラフトやCRL、ジャックでいえばスイッチクラフトといった、US製のギターでは当たり前に用いられているパーツである。

 日本製を含むアジア工場製の量産モデルではこのような回路パーツも安価な、そのぶん耐久性の低いものを長く用いていた。経年による劣化がひときわ大きく、日本製の中古楽器の泣き所のひとつであることをご存じの方も多いだろう。



 このような変化は、経年劣化がみられるギターの、主にパーツのアップグレードによるレストモッドを試みるのに最良といえる状況を生み出している。

 だが、RMを看板に掲げるギターショップや修理改造業者は私が知るかぎり現在のところまだ現れていない。 
 かく言う私も、かりにRM専門の中古楽器店の創業を持ち掛けられても‐真剣に悩んだ末に‐「時期尚早」を理由に断るだろう。


 これは私の楽器屋時代の経験も関係している。

 悲しいかな、USはともかく、こと日本の中古楽器の市場においてはフルオリジナル至上という尺度が厳然として存在する。
 私の楽器屋時代もそうだったし、若干ゆるくなった感はあるが2023年の現在もなお強固なまでに業界を縛り付けている。

 修理調整担当の私はこの「フルオリ」縛りにかなり苦しんだものだ。回路周りのパーツが実用に耐えられないぐらいに劣化していても、パーツに刻印されたデイトや、そもそもハンダ付けの修正跡の有無さえ価値に影響するとなれば簡単にパーツ交換に踏み切るわけにもいかなかった。

 おそらくだが、日本の市場にとってオールド/ヴィンテージギターはどこまで行っても骨董品であり、いつか売却した際に価値が目減りしないように手元に置いて「愛でる」もの、と思われているのだろう。

 また、抽象的な表現をお許しいただきたいが、日本人の心情に強く根付く純粋至上主義も陰に陽に影響しているものと思う。
 「生無垢」‐ギターの場合は工場出荷時の状態ということになるだろうか、無修理・無改造を最良とする価値観は、実用性の向上という明確な目的があったとしてもRMとは相容れないものなのかもしれない。


 こうした要因から、私は専門のギターショップや修理改造業者によるRMもののオールドギターの、エンドユーザーへの販売という手法が一般化するのはまだ先のことだと予想している。

 以上より、現在のエンドユーザーたるギタリスト本人がオールドギターのRMに踏みきるのがもっとも現実的なのである。


 後編では具体例を挙げることでRMのプランニングについての方針をご案内したい。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?