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ガチのブリッジ GOTOH 510FB

 最初にこの画像を見ていただきたい。

 主にギブソンのギターに多く用いられる、トグルスイッチとよばれる機械式スイッチのレバー部分だが、よく見ると黒いゴムのリングが周囲にはめ込まれているのがお分かりいただけると思う。

 このゴムのリング、英語圏ではグロメット(grommet)と称されることが多いが、何のためにギターのスイッチに装備されているかご存じであろうか。

 一般的にはこのグロメット、スイッチのレバーを操作した際の振動で「カタッ」という音が出ないようにするための、いわば防振ゴムとして機能するという。
 ただ、私は最近になってこのグロメットが、弦振動によってトグルスイッチが振動してビーン、ビャーンというノイズを発生させないようにする効果もあるのではないかと思っている。
 実際にフルデプスの、熱形成の合板ではなく単板削りだしのアーチドトップ・エレクトリックギターを弾いてみると、その生鳴りの大きさに驚かされることが多いからである。



  ギターが弦楽器である以上は音を鳴らす際に弦の振動が発生する。当たり前すぎてわざわざ文字に起こすのも気がひける、この事実が大きな、重い意味を持つときがある。

共振の発生である。


 共振と聞いて多くのギタリストが想像するのは

 フェンダーのジャズマスター及びジャガーに搭載のヴィブラートユニットと、及びフローティングフリッジの間に発生するビリつきであろう。
 これは弦の根元であるボールエンド、正確にはそれを保持するヴィブラートユニットと、弦を保持するブリッジサドルの間の弦が長いうえにボディ表に露出しており、それが弦振動と共振することで起きる。

 もっとも、これはブリッジ/ヴィブラートユニットの開発者レオ・フェンダーの名誉のために付け加えておきたいが、このハードウェアが開発された当時のエレクトリックギターの弦のゲージを考慮しておかねばならない。
 50年代中盤当時は現在でいうところのヘヴィ及びエクストラヘヴィゲージ、013~065あたりが主流であり、しかも音のエッジがあまりたたないフラットワウンド弦だったのである。
 実際に太い弦を張って弦高を高めにセッティングすると、多くのギタリストが気にする共振はかなり抑えられる。

 フェンダー社は長年にわたってこのヴィブラートユニットの共振の改善に取り組んできたことが、過去に製造されたモデルを調べると判る。
 だが、他のヴィブラートに換装するとトーンキャラクターが大きく変わってしまうことをフェンダーは理解しているようで、過去の改良はたいていフローティングブリッジ側の変更にとどまっている。




 ここまではアーチドトップとジャズマスター/ジャガーを例に挙げてきたが、現在の主流であるエレクトリックギターでは共振を気にする必要はないのだろうか。
 私としては
 

それほど心配はしなくてもいいが手を打っておくほうが望ましい


という表現がしっくりくる。

 
 まず、ソリッドボディ・エレクトリックギター(以下SEG)の特徴はその名のとおり中空部のほとんど無い一枚板のボディであり、弦に応じて木部やハードウェアが起こす振動が他のギターに比べてそれほど大きくない。
 そのこともあって、言い方は良くないが弦振動の伝達や、もっと言ってしまえば木部及びハードウェアで生じる振動ロスにあまり配慮されていない設計のギターが多いのである。

 それに、これはエレクトリックギターのもう一つの側面というべきであろうが、アンプやエフェクトペダル、プロセッサ類による音色加工の比重が大きいこともある。
 たとえブリッジやマシンヘッド、テイルピース等の換装によるトーンの改善を勧めてみても、その金額に難色を示すギタリストが大半だろうし、そのことに私は特に驚かない。同じ金額で買えるエフェクトペダルやPCソフトがこれだけ多く流通している現状であればなおさらである。


 90年代後半にギブソンがアーツ、カスタム&ヒストリック・ディヴィジョン、いわゆるカスタムショップを設立し、高額で製造台数の少ないヴィンテージレプリカをリリースするようになると、オールドギターに用いられたスペックへの回帰を志向するギタリストが増え、そのニーズに応えるためのリプレイスメントパーツが販売されるようになった。
 ギブソンの、ストップバー・テイルピース(以下STP)及びチューン・オー・マティック・ブリッジ(以下TOM)を搭載した多くのSEGで、50年代の軽量なアルミニウム製STPへの換装がちょっとしたブームになったのをご記憶のギタリストも多いだろう。
 それまでの純正に比べ軽いSTPに換装すると低音が大人しくなり、また強いタッチで弾いたときの音の立ち上がりが抑えられる。
 これによりギター本体の、弦振動への反応がトーンに現れるようになり、結果としてウッディで有機的なキャラクターに変化する。これが多くのギタリストに好意的に受け入れられた‐「ウケた」のである。


 対して、TOMのほうはあまり顧みられることがなかったように思う。
 あえて挙げるとすれば、ブリッジをスタッドに留め付けるロックスクリューを仕込んだTOMタイプを発売したトーンプロス(TonePros)であろうか。
 

 もっとも、同社製品は弦交換の際にブリッジがギター本体から脱落しないことをメリットとしていたように記憶している。音質の積極的な改善にはあまり向いていないのではないだろうか。

 
 2010年代に入るとゴトー社は新開発の技術をふんだんに投入したモデルをラインアップした510シリーズをスタートさせた。
 当初は多くがマシンヘッドだったように記憶しているが、そのうちにギター用ブリッジが加わった。

 今回ご紹介する510FBはその中の、TOM系ブリッジのリプレイスメントモデルである。

 まず、先にふたつほど挙げておかねばならない点がある。
 ひとつ、510FBはギブソンの純正TOMとは互換性が無い

 クラシカルなモデルに採用されるABR-1では矢印のネジをボディに直留めするし、70年代後半以降に定着したナッシュヴィルTOMではネジを受けるアンカーをボディに打ち込むが、510FBはこれらと互換性のない大ぶりなアンカーをボディに打ち込んで固定する必要がある
 この作業は精度が要求されるのでDIYでの加工取付は避け、信頼のおけるギターショップに持ち込むことをお勧めする。
 なお510FBのアンカーは現行のエピフォン製品と互換性があることを付記しておく。

 もうひとつ、510FBにはサイズの異なるアレンスクリュー(イモネジ)が実に5種も使われている。
 

 特に厄介なのが矢印をつけた、スタッドとブリッジを固定する2.5ミリのネジで、ギターによってはテイルピースや弦をいったん外さないと締めこめない場合がある。
 アレンスクリューが手汗の影響で錆びて固着してしまわないよう、定期的にブリッジ及びスタッドを外して清掃する必要があることもお伝えしておくべきだろう。大げさに言えばフロイドローズタイプのブリッジと同等の手間がかかるブリッジなのである。


 リプレイスメントパーツにしてはずいぶんとハードルが高いこの510FBを採りあげたのは、ひとえにそのメリットの大きさである。

 まず、ブリッジの高さ調整=弦高調整をつかさどるスタッドに「スタッドロック(Stud Lock)」が採用されていることが大きい。

 好みの高さにスタッドを調整したのち、内部の細いアレンスクリューをアンカーの底部に届くまで締めこむことで、スタッドとアンカーの間の弦振動のロスが最小限に抑えられる。専用のアンカーをボディに仕込まねばならないのはこの機能を活かすためなのである。
 なお一部のエピフォンギターでは底部が無く単純な筒状のアンカーが存在するが、それに510FBを組み合わせてもスタッドロックは使えないので注意してほしい。

 次にスタッドの頭をブリッジの、先ほど挙げた2.5ミリのスクリューで挟み込むように締めることでブリッジとスタッドの弦振動を抑え込む。
 さらにブリッジサドルの1.27ミリのスクリューを締めこめばサドルのぐらつきが抑えられる。
 
 こうして、理論上は各部の共振が完全に抑え込まれ、弦振動を限りなくピュアに、ストレートにボディに伝達するブリッジとなる。
 もちろんブリッジとサドルの間のスペースやブリッジの素材等が音質に与える影響はゼロではないが、少なくとも弦振動の、ボディへの通過点としてのブリッジの性能はリプレイスメントパーツの中でも最良のものであるといえる。

 


 実物を持ってみて気づいたのだが、一般的なTOMよりも若干重い。おそらくブリッジの土台部分に用いる合金の比重や密度が関係しているのだと想像しているが、ギターに装着してみて鳴らしてみると、思いのほか高音弦の反応が向上する。さらに強いタッチで弾いたときの音の「割れ」感がかなり減少する。
 



 ギブソンのカスタムショップ製品もこの30年近くでかなりの数が流通したし、その影響下のヴィンテージ系SEGもずいぶんと増えた。
 その、オーガニックで素朴なトーンキャラクターを変えたくないというギタリストにはゴトー510FBはお勧めできない。木部加工が伴うし、高音と低音が強化されたサウンドに違和感を持つギタリストも多いだろう。

 また、ボディが薄かったり、軽量化の中空部が設けられたチェンバード(チャンバード)構造だったりすると、ブリッジ交換のメリットは少ないことが予想される。弦振動の伝達経路としてのブリッジを交換しても、その弦振動を受け止めるネックやハードウェアそしてボディが軽いのであればトーンキャラクターの変化はそれほど大きくないはずである。
 
 
 対して、ゴトー510FBへの交換のメリットが大きいケースもいくつか挙げられる。
 その筆頭はやはりセミアコースティックであろう。特にシンラインボディでセンターブロック有りの、ギブソンES-335及び兄弟モデルである。
 さらに言えばそのギブソンが2000年代に相次いでリリースしたスモールサイズのセミアコースティック、CS-336(正確にはホロウボディか)

やES-339

でも有効である。
 CS-336はブリッジ下に木部が大きく残され、ES-339や他のセミアコースティックはセンターブロックが仕込まれているので510FBのアンカーを打ち込むための強度は十分に確保されているはずである。
 エレクトリック・アーチトップから派生していく過程で多くの特徴を受け継いだ、はずのセミアコースティックだが、特に近年の製品では弦振動そのものがおろそかにされている印象がある。
 演奏性やエレクトリシティには納得しているが、もう少しラウドで生々しいサウンドに変化してほしいと望んでいるのであれば、ブリッジの換装は検討する価値があるだろう。


 他には、2010年代以降のヘヴィサウンド、ダウンチューニングの影響下にあるギターが挙げられる。

DRAGONFLY Maroon 666


 ロングまたはスーパーロングスケールにTOM、高出力なピックアップを搭載したモデルを見かけることがあるが、残念ながらブリッジが軽すぎるものが多い。
 エクストリームなヘヴィネスを追求しつつ、鈍重で平板にならないためにはギターじたいの鳴りや響きを意識するべきであり、510FBへの換装はそのきっかけとなるはずだ。



 繰り返しになるがゴトー510FBは換装にあたってアンカーの埋め込みが必要になる。内部のネジ類が多いうえに、価格も決してお手頃とはいえない。
 しかし、それらの代償を払うことでピュアな弦振動の伝達と、それがアクセルとなって起きるギター本体のラウドな鳴りが得られることのメリットもまた非常に大きいことをお伝えできればと思う。

 さらに言えば、あまり気にされることの少ない弦振動が実はギターサウンドの根幹に関わる最重要のファクターであることに気づいてほしい。
 もちろん強要することではないが、もしも覚悟と熱意、そしてもちろん十分な資金があるのであれば、ギタリストならいちどは本気で向かい合ってほしいとも思う。

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